6. 惚れた男に掘れた女

 立て続けの殺害予告から数日が経過して、今は梅雨時。

 今日も朝から雨で学校のグラウンドも壊滅的。外の体育会系の部活は全滅に違いない。


「……参ったな」


 放課後を迎えても、まだ朝の悪夢を覚えていた。ここまで来るといよいよ本当の記憶の気がして来るから気が滅入る。


「どうしたんだいゲロ太。悩み事があるなら僕が相談に乗るけど?」


するとさらなる頭痛の種が。義弘が俺の席までやって来た。


「帰れ」

「だったら悩みを相談してよ。じゃないと気になって帰れない」

「お前の存在が今一番の悩みだ。だから帰れ」

「このまま帰したらゲロ太の悩みをあることないこと吹聴するリスクがあるけどいいの?」

「いいわけねえだろ。悩み事を増やそうとするな……」


 どうして俺の周りには脅迫して来るやつしかいないんだ。もしかして俺って交友関係に恵まれてないのか? 


 そうがっくりした俺の様子を軽くスルーして、義弘は呆れたように肩をすくめた。


「まあどうせゲロ太の悩みなんて、あの地雷姉妹になにかされたとかそんなもんでしょ」

「……ってかなんでお前は綾香と静香をそんな煙たがってるんだよ。小学校の時はむしろ寄りつく典型的な悪い虫って感じで積極的に二人に接してたのに」

「嫌だなあ。僕は良い虫だよ」


 虫でいいのか。


「そりゃ敬遠するよ。あの姉妹に拉致られたことがあるんだから」


 その物騒な単語に思わず俺は目をしばたたいた。


「……拉致?」

「昔ゲロ太が寝込んでる間、あの双子が精神的に不安定だったの聞いたことあるでしょ?」

「ああ……なんか時々休んでたって」

「当時の僕はそんな二人が心配で、五年生の教室まで様子を見に行ってたんだよ。まあゲロ太がいなくなった心の穴を、僕で埋めようって邪な考えもちょっとあったけど」

「ちょっとてか、百パーそうだろ。一度でも俺を心配して病院に見舞いに来たか?」

「そりゃ別にゲロ太の心の穴なんて埋めたくないし。むしろ僕はゲロ太が寝ている間に、こっそり穴を掘った方だから」

「テメエエエエェッ! 俺の身体になにしやがったあああああぁ!」


 ゾワゾワッと全身に悪寒が這い上がった。

 ゲスどころじゃなかった。無抵抗な人間の寝込みを襲うなんてド外道だこいつは。非人道的行為、いや非人道的好意だ! おええぇ。胃にまで穴空く……


 しかしそんな憔悴する俺を見て、義弘は辟易した様子でかぶりを振った。


「あー誤解だって。ちょっと略しすぎたね。正確には森にゲロ太のための穴を掘ったんだ」

「……どういうことだってばよ?」

「順を追って説明するけど、僕は休みがちのあの姉妹が心配で放課後に『明日、気晴らしに遊びに行かない?』って二人のいる家に電話をかけたんだ」

「単なるデートの誘いじゃねえか」


 寝込んでいる俺を利用して、精神的に不安定なところにつけ込むとか良心どころか邪心しかない。どうにかして罪でこいつを問えないものか。


「まあ僕もどうせ断られるって前提の軽い冗談のつもりだったんだ。でも電話に出た地雷妹は最初動揺してたけど、「私も二人で話したい」って最後には承諾してくれたんだよ。明日の会う場所と時間を指定してね」

「マ、マジで……?」


 とても信じられない。なんだこのとてつもない敗北感。俺のことを綾香の方が好きだからって断ったくせに……義弘に負けたのか俺と綾香は。


 しかし、義弘の沈んだ顔つきを見ると、どうやらそんな浮ついた話でもないらしい。


「うん。でもあの誘いはハニートラップだったんだ」

「ハニートラップ……? 色仕掛けされたわけでもないのに表現が大げさすぎじゃね」

「違うよ。甘い意味のハニートラップ」

「???」

「まあすぐにわかるよ。次の日、僕が指定された場所に向かったら妹だけじゃなくて姉の方もいたんだ。二人で話したいってのは僕と二人でって意味じゃなくて、姉妹で一緒に話したいって意味だったんだよ。そして、僕は目隠しされて山の森の中に連れて来られた」


「え、なんで!」


 脈絡がなさすぎる。


「当時の僕の心境もそんな感じだったよ。『何も聞かずに目隠ししたままついて来てくれない?』ってアイマスクを渡されてね。まあ僕もここで断ったら好感度が下がりそうだから、特になにも思わずに従ったんだ」


 いや思えよ。怪しすぎるだろ。下がってるのはお前の知能だろ。


「それから僕は一時間近く森の中を歩かされた」

「……長くね?」

「うん……途中から僕もだんだん怖くなって、処刑場に連行される囚人の気分だったよ」

「途中で目隠しを外そうとは思わなかったのか?」

「可愛い女子の頼みだけは絶対に守る男だからね。言われるまで外さないよ」


 そんな人の道を外してる奴がキメ顔で言ってもな。


「ああ、話のオチが読めたぞ。寝たきりの俺を心配して気が参っている時に、無神経なお前がちょっかいかけて来るから、二人がキレて森に放置しようとしたってとこだろ」


 綾香なら本当にやる。そして綾香が提案したら静香も当然それに付き従う。まあ流石に置き去りにするにしてもこっそり見守ってるか、自力で帰って来れる場所だろうけど。

 しかし、義弘は重々しく首を振った。


「そんなレベルじゃないよ。目隠しを外すのが許された時、僕の目の前に何があったと思う?」

「まさか……首つり死体か?」

「それはハードルを上げすぎ。シャベルだよ」

「シャベルゥ?」


 くだらね。長い前振りの割には拍子抜けすぎる。


「それのどこにビビる要素があるんだよ」


 身構えていて損し……


「……彼女たちは森に落とし穴を作って熊を捕まえようとしていたんだ」


 それはヤバい。

 普通なら冗談としか思えない話だが、二人には熊の写真を撮ろうとして平気で森の中に入っていた前科があるからマジでやりかねん。まあそのおかげで俺は助かったんだが。


「なんでも君が目を覚ました時に驚かせようと思ったみたいでね。僕にはその穴堀りに付き合ってほしいって言われたんだ」

「え、じゃあハニートラップって……」

「後で穴に蜂蜜を塗って熊をおびき寄せるつもりだったみたい。甘い罠でハニートラップ」


 作成者に全然甘くねえ……


「女子に付き合ってって言われてこんなに嫌な気持ちにされるなんて思ってもなかったよ」

「断って帰ろうとはしたりは……?」

「したよ。そりゃするよ。でも『じゃあ勝手に帰れば? 確実に遭難して死ぬでしょうけどね』って地雷姉に言われた」


 ひでえ。


「流石にどこかもわからない森の中で、一人で帰るほど僕は馬鹿じゃなかったよ」


 のこのこそんな森の奥深くまで連れて来られた時点で馬鹿でしかない気がするが……流石に俺もそこまでの目に遭わされるとは思えないな。正常性バイアスとはおそろしい。


「元からおかしかったのか、君のせいで病んで正気じゃなくなったのか知らないけど、とにかくそこで僕は二人の異常さに気付いたんだ。うん、今思うと目がヤバかった気がする」

「お前も大概だけどな……それからどうなったんだ?」

「そりゃ穴堀りしかないでしょ。しかも大型の熊を捕まえるつもりだったらしくてさ。体感六時間くらいは掘ってたね」

「そんなに……」

「熊を捕まえる前に熊に食われるって訴えても聞いてもらえないし、「ちょっと用事あるから掘り続けてて」って僕を放置して二人がどっか行った時は流石に殺意が湧いたよ。ゲロ太に」

「え! なんで俺!」

「そりゃゲロ太のために掘らされてるんだから、元凶は君でしょ。歪だけどこんなに思われて羨ましいし、君が目覚めたらこの穴に埋葬してやろうかとすら思った」

「とばっちりだ……」


 義弘に恨みがましく睨まれる。そんな目に遭わされればそりゃ見舞いになんて来ないだろう。まあそれがなくても多分来なかっただろうが。


「堀り終わった時の達成感と解放感は凄まじかったよ。そして、もう二度とあの地雷姉妹に関わらないようにしようって誓ったね」

「だから避けてたのか……あれ、でも俺は捕まった熊を見せてもらった覚えがないぞ?」

「穴掘って蜂蜜塗っただけで熊が捕まるなら誰も困らないよ。アホ?」


 ごもっともで。現実はそんな甘くないわな。


「それに掘ってからゲロ太が目を覚ますまでだいぶ時間が空いたから、多分忘れてるんでしょ。まあ僕はもう二人に関わりたくないから、思い出してもらわなくていいんだけど」

「はあ、まあお前の苦労はよくわかったよ。ご苦労さん」


 俺がそう言うと、義弘は半ばキレ気味に言い返して来た。


「なにその雑なねぎらい方。君のために僕はあんな冬の寒い中休日を穴堀りで潰されたんだよ? 対価を支払うべきじゃないの?」

「知らんがな……あいつらに言えよ」

「言えるわけないからゲロ太に言ってるんじゃないか」


 身に覚えがないのに連帯保証人にされて、借金取りに取り立てられているような気分だ。


「俺にどうしてほしいんだよ」

「傘貸して。急に降って来たから忘れちゃってさ」


 義弘がそうにっこりと手を差し出す。ダラダラ長く喋ってそれが狙いか……


「まあいいよ。折りたたみ持って来てるから、勝手に傘立てから持ってけ」

「おっけー。ありがとゲロ太」


 そう満面の笑顔で義弘は教室を出て行った。それを見送ってからため息をつく。


 ……疲れた。一方的に愚痴を吐かれて傘まで持ってかれたあげく、長話でバスの時刻にも遅れるとか、本当についてなさすぎる。それに……


「殺意が湧いた、か……」


 偶然なんだろうが、義弘の話は夢の内容と関連していた。


「ほんと、どっちが俺を突き落としたんだろうな……」


 突き落としたのが俺のよく知っている少女で、それが誰なのかわからないなら、もうそれは双子だから顔で区別できなかったのだ。


 別に突き落とされたことは構わない。俺の今の人生はあの双子のおかげで成立してる。殺されそうになってもそんな文句を言う気にならない。


 だけど、俺を助けてくれた二人がそんなことをするとはとても思えなかった。


 だから理由を知りたい気持ちはある。でも結局結論は変わらない。どちらにしても俺は義弘のように深掘りする気はなかった。


 ……聞いたら、この居心地の良い時間が全て終わってしまう気がしたから。

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