4. 身近なホラーが一番怖い

『話は以上です。引き留めてしまってすみません。本当にありがとうございました』


 そう黒子に改めて礼を言われて、自然と屋上から俺が先に退出する流れになった。

 まあ頼み事の内容からして、彼女が俺と一緒に階段を降りることはなかっただろうけど。


(しっかし、大丈夫かあの子……)


 まだ入学して一か月なのに、もう教室に居場所がないようだった。

 孤高の一匹狼的ななにか強い信念があって一人を選んでるならまだ放っておけるんだが、あの暗い様子を見るとどうも好きでいるわけじゃないように見える。


(……困ってるなら力になりたいけど、朝に余計なおせっかいをして失敗したばかりだからなあ……)


『削り戻り』は便利な力だが、デメリットを考えると乱用はできない。もしそれで万が一死んだらあの双子に申しわけがなさすぎる。


 昔俺が自殺を図ろうとしたのを間近に止めたせいか、あの二人は俺に対して心配症な面がある。寝たきりになっただけであんな心配されるなら、死んだ時の精神的負担はどれくらいになるかも想像できない。


 とにかく俺だけの命じゃない。

 助けられたのに、そのせいで助けた人を苦しめるなんては絶対にあっちゃいけない。

 だから『削り戻り』の能力を使うにしても、リスクを最小限に。ガンガンいこうぜじゃガンガンあの世行きだ。いのちだいじに慎重に気をつけて……


「あれ、ケイ君。どうして四階から降りて来たの?」


 全然気をつけてなかった。

 屋上から四階までの間だけ注意すればいいと思って油断した。考え事に没頭していたせいで、三階の廊下から現れた静香に気づけなかった。


 やっぱり理由もないのに二年が一年のクラスのある階から降りて来るのは、不自然に思われたか。訝しげに静香が俺を見つめている。


 と、とにかく誤魔化さねば。流石にこんな数分もしない内に約束を破るのは論外すぎる。


「い、いやちょっと朝に目の前で吐いちゃった光って子に謝ろうかなって思ってさ。でもいなかったからもう帰ろうとしたんだよ」

「……謝るのはやめた方がいいんじゃない? 多分本人は思い出したくもないだろうし、顔を覚えられてることに逆に恐怖を覚えられそうだよ。冗談じゃなくマジで」

「ですよね……」


 すっかり犯罪者扱いですよね……

 俺も思い出したくなかった。もっと違う言い訳にすればよかった。そこまで真剣な顔で注意されると流石にへこむ。


「ってか光……? なんで名前知ってるの?」

「うぐ」


 ぬかった。そういや、光の名前を呼ばれてたのは鳥のフンが落ちたのがきっかけかで、俺が吐いた時は名前を呼ばれてなかったのか。


「ははーん。さてはケイ君。あらかじめ名前を知ってて、仲良くなるきっかけを作るためにわざと目の前で吐いたんでしょ」


 なんだそのしたり顔。全然当たってねえよ。

 義弘といい静香といい、俺のことなめてんのか。


「違うわ。義弘が光って呼んでたんだよ。いつか僕があの子を口説こうと思ってたのに先に顔を覚えられやがって、とか俺に訳のわからない嫉妬してたんだ」

「ああやっぱり。確かに言いそうだしね。それ以外ありえないもんね」


 納得したように静香がうんうんと頷く。

 危ねえ、こんな適当な言い訳が通じるほどあいつに対する興味と好感度がなくて助かった。


「で、お前の方はなんで三階にいたんだよ」

「ケイ君の教室で新聞部の集まりがあったんだよ。で、今ちょうど終わったとこ」

「そういや担任がそんなこと言ってたな。何の話してたんだ?」

「掲示板の新聞に載せる内容を話しあってたんだよ。ケイ君も見たことあるんじゃない?」

「あー、そういや」


 確かに廊下に貼り出されていたような。でも印象薄いから普通に素通りしていた。


「言われて思い出すレベルならたいしたこと書いてないんじゃねえの」

「あ、ひっどー。でも安心して。今回はみんな目を引く内容だから」

「へえ、そりゃたいそうな自信だな。どんな感じの見出しなんだ?」

「『怪奇! 溶解人間ゲロ現る! 貴方は上履きを履く前にガチ吐きに遭う……!』 みたいなホラー」

「そりゃ目を引くわ! 俺が引かれるわッ! やめて!」


 その見出しが俺にとって最大のホラーだわ。

 ただでさえLIMEで拡散されて打ちのめされてるのにどんだけ死体蹴りする気だよ。俺の生首でサッカーでもする気か。


「大丈夫、半分冗談だって。『校門前の不審人物に警戒を』って注意喚起で留まってるから」

「結局朝の件を取り上げてるじゃねえか! クソッ、汚い真似しやがって……」

「それは吐いたケイ君でしょ」

「……」


 その禁止カード切るのほんとやめて。ツッコミにしては切れ味鋭すぎて死ぬんで。


「はあ……俺は帰るぞ」


 削り戻りもしてないのに心身ともにすり減らされた。そうぐったり階段を降りようとすると、


「待って!」


 なぜか静香が急に声を荒げて、俺の前に回り込んで立ちふさがった。

 どこか表情が険しい。「ここを通るなら私を倒してからにしろ」とでも言わんばかりだ。そんなシリアスな場面でもなかろうに。


「な、なんだよ。急に大声出して」

「……ケイ君さ。二度とやらかさないでくれる?」

「やらかさないで……? ああ、まだ朝のこと言ってんのか。しつこいな。俺だって吐きたくて吐いてるわけじゃ……」

「そうじゃなくて昼休みのことだよ。ケイ君が頭打った時のこと持ち出してお姉ちゃんを怒らせてたじゃん」

「あー、そっちか」


 眉間にしわを寄せた静香も大概不機嫌になってるように見えたが口にはしないでおく。これ以上機嫌を悪化させたら本当に記事に本名で出されかねない。


「前から何回も何回も言ってるけど、お姉ちゃんその話題を出されると本当に不機嫌になるから、もう二度と言わないでね。次言ったらマジでぶち殺すから」

「殺すって……」


 殺害予告されるの今日これで二度目だぞおい。

 殺すってそんな挨拶みたいに気軽に言えるもんだったっけ? いや軽いのは俺の命か?


「あとごめん。ケイ君と二人で一緒に帰るところを見られるとなんか変な噂流されそうだから、今日は帰りのバスの時間私とずらしてね。それじゃ!」


 そう一方的に言い残して静香は階段を駆け下りていった。急すぎるし勝手すぎる。せっかく開き直って帰ろうと思ってたのに、最後の言葉のせいで心の傷の方が開いた。


「でも……なんか様子がおかしかったような……」 

                  

 ●     

                           

 周囲を警戒しながら中央階段をゆっくり降りていく。


「う……」


 とにかく吐き気を堪えるので精一杯だった。

 今誰かと会えば様子を怪しまれそうで怖い。


 普段から嫌でも顔を合わせているのに、どうして今日に限って思い出すんだろう。不意の遭遇だったせいだろうか。


『俺……静香のことが好きなのかもしれねえ』


 小学校の時の苦い記憶。忘れたくても消えない忌々しい過去。

 始めて男子から受けた告白は、いや蛙屋啓太の告白は私にとって最悪なものだった。


 もしかしたらあの日から全ての歯車は狂ったのかもしれない。


 どれだけ無かったことにしたいと願っただろう。

 どれだけこの狂った日常を一秒でも早く終わらせたかっただろう。


 だけど、絶対に正しちゃいけない。

 間違いだとわかっていても、この地獄で踊り続けなければ……

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