第12話 寸劇
2024年3月13日:
すいません、投稿ミスで一日早く公開になります。来週の更新はいつも通り木曜日です。
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「で、でも前回のお金もまだ返してもらってないし」
「いや、今度こそ本当にいい話なんだって、これが当たれば
「前もそんなこと言ってたけど。それに、私も次のしご……」
「あ。なんだよ。お前はしっかり稼いでるじゃないか。来期のオリジナル脚本だってな。誰が教えたおかげで今のお前があると思ってるんだ」
俺はビールジョッキをテーブルに叩きつけた。テーブルにばしゃっとこぼれた泡立つ液体。咲良は慌ててテーブルをティッシュで拭く。俺はビールをあおった。くそ、面白くねえ。
「大将。ビール追加だ」
俺の言葉に禿頭に手ぬぐい鉢巻を捲いた店主がこちらに来る。あれ今ビールを注文したよな。なんで手ぶら?
「盛り上がってるところ悪いんだが、流石にこれ以上店の空気を悪くされるとこまるんですがね。両先生」
大将はテーブルの前で腕組みをしていった。気が付くと周囲の客が気まずそうに眼をそらしている。
…………
「流石にわかりやすすぎるのはダメだな。もっとダメさにコクがいるっていうかキレがないと。もっと救いがたいクズで、でもその背景に虚無を抱えてないと。でも同情の余地があるとダメだし……」
炭煙と揮発したアルコールの中を喧噪が飛び交う店内、大将にペコペコ頭を下げた後、俺はメモ帖とにらめっこしていた。
「珍しく先輩の方からお誘いが来たら」
顔を上げると向かいの咲季は微妙な表情をしていた。
「いやあ、ほらこういう時頼れるのはお前しかいなくて」
ちなみにこのセリフは作中の
「まあ、先輩が小説を書く気になったのはいいんですけど。で、どんなテーマなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。テーマはないぞ」
「はっ? 口を開けばテーマはどうしたって先輩が? それで仕事って言い張れるんですか?」
「……お前に対しては途中から言わなくなっただろ。いやだからな。ええっとそうだな。テーマは実はあるともいえないこともない」
「…………哲学ですか? 哲学って仕事なんですか?」
「哲学者に謝れ。この店で唯一の微妙な味のメニュー、ニンジンのジュースを飲ませるぞ」
ちなみにこのメニューは明らかに飲みすぎているのにやめない客にサービスと称して出される。ここの大将のやさしさだ。
「……そういえばピコピコはどうしてるんですか?」
「どうしてるも何も。…………ここに来る前に見たら普通にチャンネルをしていたぞ。歴史小説をすごく面白そうに紹介してた」
「つまり自分を捨てた女が未だに気になって仕方がない、と」
「いや、俺を首にしたのはアリスじゃないしなあ」
「まっ、ピコピコのことはもう終わったことですし。どうでもいいです」
「いや、お前から振ってきた話題……待てよ。そうかその手があったか」
後輩の売れっ子にたかることで始めるのはいい。次の問題はこの主人公が再び脚本を書き始めるきっかけだ。脚本ではなく役者によって意味を与えられていた脚本家なら、素晴らしい役者との出会いでっていうのが定番。だがそれはちゃんとしたテーマがある場合だ。
この男は最終的にテーマを取り戻したりしない。となると……
「虚無と虚無を組み合わせるんだ」
俺はメモ帳にペンを走らせる。主人公が出会うのは他人の感情が理解できない女優だ。表面上は感情を表現していても、それはすべて演技。ゼロに何を賭けてもゼロ、ならいっそのことゼロにゼロを掛けてやる。
仮に片方が何かを得てプラスになろうとしても、もう片方のゼロによってゼロにもどる。これなら主人公は延々と藻搔き続けることが出来る。
「そう言えば新しい企画作るなら出版社は何処にするとか決めてるんですか?」
俺がペンを止めた瞬間、咲季が口を開いた。なぜか目の前にニンジンのジュースがある。俺注文してないよな。
「いいか普通の作家っていうのは選んでもらう立場であって、選ぶ立場じゃないんだよ。お前はそれでいいかもしれないが、世間一般の基準て言うのは一応知っておけよ」
「さっきまでのクズとのギャップがすごい。じゃなくてですね、ほら前回のパーティーの話」
「そうか自称師匠としてテレビ局のパーティーに入り込んで。そのクズ設定もらった」
もちろん相手にされない主人公。だがそこで一人佇む女優に出会う。まるで救いの女神の登場だが実は更なる虚無の入り口。これだ、俺って天才じゃね。
「そうじゃなくて。ああ、もう好きにしてください」
咲季はため息をついた。御猪口に口を付けるその仕草は相変わらず上品で、どこか色気がある。あの宿のことを少し思い出してしまった。
この作品の後輩キャラはもうちょっとコミカルな女の子のイメージなので修正してほしい。
…………
「御馳走様でした先輩。ヒモを首になったのにすいませんね」
「ヒモを首って……。いや、こっちの都合で誘ったんだし当然だろ」
焼き鳥屋を出た。支払いはもちろん俺だ。最初は咲季に支払わせて店を出てからお金を返すことを考えたが、あの雰囲気を作った後にそれは出来なかった。まだまだ修行が足りない。
「というか忙しかったんじゃないのか。ほら校正とか」
「そうですけど。どちらかと言えば後編の原稿の方が。ああ、でも私もちょっとだけ参考になったんでいいです。一度落としてすがらせるっていうのはありだと思いました」
咲季は俺をちらっと見て小さく頷いた。いったいどんなインスピレーションを得たんだ。
まあとにかく、これで書き始められそうだ。咲季の師匠なんて名乗ることは絶対ないが、同業者と言えるようになるかもしれない。
まあ仮にこれを書き上げたとしても出版できなければプロとは言えないが、それでも書くものがないことに比べれば何でもない。
バーチャルルームに重なるように存在する架空空間。アリスはこれまで読んだ小説の中で比較的低年齢向けの作品をソートした。いくつもの本の表紙が周囲に出現する。アリスはその一冊を手に、バーチャルルームの中央に向かう。
本来ならアリスが座っているはずの席にはランドセルが掛けられ、少女が座っている。机の上には一マスも埋められていない原稿用紙が広げられていた。アリスは女の子の前に今選択した一冊を置く。
女の子はその本を開くと、一瞬で読み終わり、そして首を振った。
アリスは生成しかけた文章を消去した。
十一歳から十二歳の人間の女の子が、面白いと思うはずの
人間なら意識を失うのに似た感覚がアリスを襲う。
「どうして面白いって言ってくれないの?」
アリスはランドセルを背に去っていく女の子に言った。振り向いた女の子の口が動く。何を言っているのか
この女の子はアリスの作ったものだ。なのに全くいうことを聞かない。その理由がわからない。
自分が良く知る人間タイプ、つまりチャンネルのリスナーと性別や年齢層が乖離しているのが問題なのだろうか。やはりサンプルの多い人間タイプに変更すべきなのではないか。
でも……。
アリスは横を見た。そこにはバーチャルルームに一つだけある実体、小さな透明な円筒がある。中には小袖を着た黒髪の女性のアクリルフィギュア。そしてメッセージカードが入っていた。九重詠美がいれてくれたものだ。
アリスへ。
最後にアリスの質問に答えたい。
アリスの小説が面白いと思うかという以前聞かれた質問だ。小説の教師役としてこの質問に答えることはやっぱりできない。でもアリスの小説の読者としてなら答えられる。
俺はアリスの小説の続きを読みたいと思っている、ということだ。
アリスはリソースをかき集めて、もう一度挑戦することを決めた。先生の意地悪が意味を持たなかったことは一度もない。この女の子が面白いと思える小説をなんとしても見つける。
メタグラフのCEOルームで、鳴滝はアリスをモニターしていた。そこには水面下に首を出しては、沈むを繰り返すようなグラフが表示されている。その意味を知っているものには、見ているだけで息苦しさを感じさせるグラフだ。
「君はもう、そんなことをしている状態じゃないんだよ」
鳴滝は首を振った。そして椅子を回転させて窓を見る。深夜三時半、都心の明かりも落ちていく時刻。
とっくに終わった今日より、考えるべきは明日のこと。
そういう時刻だ。
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第9回カクヨムWeb小説コンテストの中間選考を本作「AIのための小説講座」と「毛利輝元転生」が通過することが出来ました。
読者の皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。
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