第13話 結果発表
「…………というわけです。犯人は他の参加者と同じ地図を見ながら、自分だけがターゲットの位置を把握していた。このトリックは四色型色覚で三色型と比べて多くの色を区別可能です。犯人候補の目に映る光景の描写をそれぞれ変えることで……」
三人目の作者が『死角の色は?』の解説をしている。流石本職というべきか。俺たちよりも堂々としたものだった。
『死角の色は?』は野外オリエンテーリングが舞台の殺人事件だ。参加者の一人が殺される。オリエンテーリングではドローンで次のポイントが指示されていたのだが、事件後ドローンの担当者が被害者に強い恨みを持っていたことが分かる。
ただし、この担当者にはアリバイがある。被害者以外の五人の参加者から実行犯を当てるフーダニットの王道。
オリエンテーリングのタイムや経路が重要なアリバイ崩しだと思わせて、実際にはドローンに示された”同じ画像”をみた五人の中で一人だけが担当者からターゲットの位置を得ていた。というのが真相だ。
犯人候補が見た景色の色彩的な描写から特別な色覚を持った犯人を当てる、読者への直接要素がある。
スマホと交通アプリによって滅びたトラベルミステリを彷彿とさせる精緻なもの。光景の絶妙な色彩描写に関しては彼女ではなく、共著者の手腕だろう。
もう一人は深淵有希か。うん、聞いたことのない
最終話公開から一週間後、俺は『TFX本格ミステリコンテスト』の最終結果発表会の席上にいた。会場はTFX日本支社ビル。輪のような円テーブルと三百六十度カメラという凝ったものだ。映画の制作発表会なんかに使われるらしい。
招かれたのは上位三作の作者だ。『死のフローチャート』の宮本胡狼、『毒と薬』の俺、そして『死角の色は?』の
前髪で目が隠れた二十歳くらいの青年が胡狼、ウェーブのかかった黒髪のミステリアスな化粧の二十代半ばの女性が黒須、そしてくたびれた三十半ばのおっさんが俺だ。今停電が起きて、明かりがついた時に司会が死んでいたとする。三人の中に犯人がいるとしたら俺だ。一番人畜無害そうだから。
「宮本先生、海野先生、そして黒須先生。ありがとうございました。それでは順位発表の前に弊社日本代表である、松野義之より本コンテストの目的を説明させていただきます」
離れた席に座っていたストライプのスーツを着た中年男性が司会の言葉に立ち上がった。司会が警部だとしたら警視正くらいの貫禄がある。さっきのミステリ、被害者はこの男にすべきだったな。
「様々なジャンルがある小説の中で、本コンテストがあえて本格ミステリを選択した理由。それは不思議が論理的に解決されることは、人種や文化的な背景を越えた人類共通の快感であるからです。TFX日本はその設立以来、本邦発のコンテンツを世界に発信することを使命としており、漫画やアニメーションといった視覚的な共通性を持たせることが難しい小説においても…………」
なるほどこのコンペには主催者のTFXにとっての理由がちゃんとあったらしい。コンテストの形式から、潜在的な読者へのアプローチまでTFXが力を尽くしたわけだ。そりゃそうか、VIAはもちろんViCもTFXに比べれば小さな企業だ。
「それでは順位の発表です」
司会の言葉を合図に、オリンピックの表彰台のようなホログラムが中央に表示された。太文字のタイトルと二名の著者が三組、くるくると回転し、そしてあるべき場所に収まった。
九重女史の予想通りの順位だった。
「『死のフローチャート』は斬新な設定と特徴的な探偵が織りなすデスゲームのような展開で、最初から最後まで手に汗握るものでした。宮本胡狼先生にとっては初挑戦の小説で快挙といっていいのではないでしょうか。やはりAI執筆補助を上手く使いこなした結果と考えてもよろしいですか」
顔を伏せて肩を震わせている青年に司会が振った。作者より
「納得いかない。中間発表はもちろん、ネット上の評価だって最後まで僕がダントツだったはずだ。『死のフローチャート』は僕の傑作だ。こいつらみたいに説明だらけの地味な話じゃない」
震えていた胡狼がばっと顔を上げた。どうやら面目が潰れたと思っているらしい。まあ挑戦者を迎え撃つチャンピオン的立場でもあったからな。
「宮本先生には結果に不満があるようですが…………。そうですね今回はAIとの共同執筆という形でしたから。海野先生はどうお考えでしょうか」
一瞬顔をひきつらせた後、司会が笑顔で俺に振った。これはアレか、ViCとVIAの争いなんだからそちらでやれってことか。予定されていたアリスとリリーのAI対談も、VIAからの土壇場キャンセルで潰れたらしいからな。
俺も巻き込まれた口なんだが仕方ない、蛇足を承知で説明の一つもするか。小説家の先輩として。
「確かに『死のフローチャート』は一話ごとしっかりとした起承転結と、それに支えられたインパクトがあった。多分だが動画投稿者の経験を活かして、海外ドラマ的な構成を意識したんだろう。読者は毎話楽しんで読んでいたと思う」
「ああそうだよ。あんたらみたいに長々と解説してたらネット視聴者は次に行っちまうんだ」
予想通りか、まあこれに関しちゃお世辞抜きで大したものだと思うよ。だけどこれは文章媒体である小説であり、本格ミステリのコンペだった。時間軸が違うんだ。
「その代償として小説全体としては平坦な印象になってしまった。最後に探偵と犯人の一対一の対決に持っていったのはこれまで以上のインパクトを用意する方法が他になかったからかな。犯人を今まで探偵がいた安楽椅子に座らせるっていう絵的には綺麗だった。だけど本格ミステリというより漫画やアニメの頭脳バトルになっている」
「それは…………っ」
「小説は一綴りの世界なんだ。まして本格ミステリでは読者は最後の最後である解決編に期待して読む。それまでの長々とした説明もその大事な一部として。そこにカタストロフィーが生まれるんだ」
俺とアリスの『毒と薬』は最後の最後で大どんでん返しを成功させた。解決編のインパクトという意味でははっきり上だった。本格ミステリとしての全体的な完成度もこちらの方が良かったしな。
何しろ当の俺とアリスが予想できなかった結末だ。
それでも、これが本格ミステリのコンペじゃなかったら、あるいは累積評価だったら、胡狼が勝っていただろう。だがこのコンペは最後まで読んだ読者の投票だけで決まる。それも本格ミステリ愛好者層が大多数を占めるに至った状態で。
「…………次は絶対にお前らなんかに負けないのを書いてやる。小説の書き方はもうわかったんだからな」
机の上でこぶしを握った新人作家が絞り出すように言った。
「ああ、期待しているよ」
若者は怖いもの知らずでうらやましい。次は大変だぞ。お前が勝たなくちゃいけない相手は俺たちじゃない。お前が今回示した
老婆心は口にしない。これは自分で気が付くしかないことだ。大体、俺はこいつの小説の先生じゃないしな。そうそう、勝負は成立しないぞ。俺が本格ミステリにかかわるなんて金輪際ないだろうから。
「お二方が盛り上げてくれたところで。最後は一位を獲得された黒須先生にマイクを振りましょう。さて、見事コンテスト優勝を果たした黒須先生から見て、AIとの共同制作の二作はどうだったでしょうか」
黒髪の女性は司会の言葉にふっと笑った。
「そうですね。私としては今回の結果は妥当なものだと考えています。誤解なさらないように。AIはとても良い仕事をしたと思います。この差を生んだのは間違いなく
「ほう。どういうことでしょうか」
「『死のフローチャート』に関しては海野さんが指摘したので、私は『毒と薬』にしましょう。倒叙と思わせて探偵が信頼できない語り手、そして主犯すら知らなかった共犯者。確かにミステリとして凝っていました。解決編のインパクトは三作中一番だったかも。ですが惜しむらくは伏線の貼り方に問題ありです」
「ほうほう。私なんかはヒロインの真理亜の豹変に度肝を抜かれた口ですが」
「前半にあるべき情報が不自然に後半に詰め込まれていました。特に時系列を大胆にいじっているにもかかわらず、あまりにヒントが足りない」
そこまで言うと黒須文美は犯人を見る目で俺を見た。
「これ途中でプロットを変えましたよね。多分八話あたりでしょう」
「どうですか海野先生。黒須先生のご推理は?」
まるで警察を差し置いて事件の真相を語る探偵だ。っていうか何でこの女もこんなに攻撃的なんだ? 司会は司会でもはやそう言う場だと押し切ることにしているし。
「まさに名推理ですね。小説家ではなく探偵になった方がいいのでは?」
俺は両手を小さく挙げて降参の意を示した。
「トリックを手段に使うようじゃ本格ミステリとは言えません。お二方がもし今後『本格ミステリ』をお書きになるつもりなら、もう少し勉強されるといいですね」
本格ミステリ作家黒須文美は改めて部外者を睥睨した。胡狼はぶすっとした顔でそっぽを向いた。
御説ごもっともである。プロットを変えたタイミングまでぴったりとは本職は恐ろしい。『死角の色は?』は本格性と、色彩描写のセンスが見事にかみ合った、機能美ともいうべき出色の作品だった。
ただ一つ文句を言わせてもらいたい。最終話まで姿を見せなかった
まあ本格ミステリじゃあるまいし、現実なんてこんなものか。
俺の仕事は蛇足を含めて完全に終わりだ。アリスは小説の執筆というものが作ることではなく、育てることだということを、これ以上ないほど知っただろう。それで良しとしよう。
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