2-9 チェルカドル、これからの生活にワクワクする

 チェルカドルの言葉に運命は怪訝な顔をした。その反応が答えのようなものだ。魔導具越しに映像を見ていただけなので運命が気づかないのも無理はないとチェルカドルは「分からないならいい」と手をひらりとふった。


「右目に何かあるの?」

「俺様も直接みたわけじゃないから確証はないがな。見立て通りなら珍しいものだな」

「それが何か教えてくれる気は?」

「教えたらつまらないだろう」


 にっこり笑って見せると運命から虫けらを見るような目を向けられた。ゴミを見る目と虫けらを見る目だとどっちが酷いのだろうとどうでも良いことを考える。考えている間も笑みを絶やさずにいると運命があからさまなため息をついた。


「チェルカドル様は白銀の魔女が死んでもどうでも良いのね」

「多少、寂しくはあるぞ。お前らほど生き残っている魔女は少ないし、お前らほどチェルカドル様に遠慮がない奴も珍しい」


 人形のように従順な眷属など面白くない。文句を言われたからといって聞くかは別だが、噛みついてくるくらいの気概がある方が好ましい。しかしながら、契約者と眷属という関係上、遠慮無く噛みついてくる魔女は少ない。


「そうか……リリシアが死ぬとあの悪態が聞けなくなるのか……それは少し惜しいな」

「チェルカドル様はドSなの、ドMなの」

「リリシアの奴がドMなのは間違いないな」


 魔女の多くは人を恨み社会を恨む。他人に自分のすべてを受け渡しても良いと思えるほどの絶望。それを味わわなければ魔女にはならないのだから自然な流れだ。しかしながらリリシアは社会も人も恨まなかった。ただ平穏を望み、逃げ、隠れ、人を傷つけることは何よりの悪だと己に枷をはめた。その姿は滑稽を通り越して美しいとチェルカドルは思う。本人にそれを伝えたら「気色が悪い」と毛虫を見る目で見られるのだろうが。


「ルーカスの目的も気になるし、イクスの小僧が将来どんな魔法使いになるのかも気になる。面白いものが見られるうちはリリシアの奴に協力してやろう」


 これは本心なのだが運命の魔女には胡散臭いものを見る目を向けられた。素直すぎる反応に笑いながら、暴れるのも疲れたのかベッドの上で動かなくなったリリシアに視線を向ける。


「夕食までは自由にしろといっていたが、本当に自由に抜け出したらどういう反応をするんだろうな」

「容赦なく攻撃魔法を放ってくるんじゃない?」

「ありうる!」


 自由にしろと言いつつ、実際のところ自由はない。リリシアに残された選択肢と言えば部屋の中をうろつくか寝るくらいだろう。目が覚めたとはいえ病み上がりだ。夕食までの時間大人しく寝る可能性が高い。

 チェルカドルの思考が伝わったかのようにリリシアはのろのろと起き上がると布団の中に潜りこんだ。表情がやけくそ気味なので考えるのも面倒くさくなったのだろう。

 今後のことを考えて体力と魔力を回復させるのは正しい判断だろうが、見ている側としては面白くない。夕食までの時間、こちらはこちらで時間を潰さねばならぬかと考えていると、「畑仕事終わりました」という元気な声が響いた。


 声を出すと同時にドアを開けたアレクの姿を見て、粗野な言動なわりにノックをしてから入出したイクスの姿を思い出す。妙な違和感があるなと思ったら、平民が無理に貴族のふりをしているようなちぐはぐさがあるのだ。

 

 考え事をしている間意味もなくアレクを見つめてしまったため、アレクが怯えた様子で視線を彷徨わせる。運命の魔女には懐いてきたというのに未だチェルカドルには警戒の色が濃い。

 人間の子供というよりも野生動物みたいだと思ったが、子供二人で生き抜いてきたのだから似たようなものかもしれない。


 アレクの後ろからアネットが顔を出す。固まる兄と兄を見つめるチェルカドルを交互にみて首をかしげる姿はあどけない。兄のアレクよりも幼い故か、本人の気質か、アネットの方はアレクよりもチェルカドルを恐れていなかった。


「チェルカドル様、大きな芋がとれました! 見てください!」


 アレクの横をすり抜けてアネットが駆け寄ってきた。抱えた籠の中にはゴロゴロとした芋がいくつも入っている。

 百年引きこもっていただけあってリリシアが作った家庭菜園はよく手入れされていた。魔導具を使って温度を調節しているため、季節関係なく野菜がとれ種類も多い。大きさも十分、旨みも凝縮されており、市場に下ろせば高値が付きそうな出来具合。凝り性だということは知っていたが、ここまでかとチェルカドルは驚いた。

 今は土で汚れている芋も洗って調理すれば美味しい料理に化けるだろう。その味を想像して喉をならす。


「でかしたアネット! ご褒美に頭をなでてやろう」


 そう言って髪をなでるとアネットは嬉しそうにはにかんだ。初日は大きな角に怯えていたのがウソのように、あっさりチェルカドルに懐いた姿は無邪気そのものだ。

 一方、アレクの方はチェルカドルがなでようとしても逃げるし、アネットがなでられる姿を見て不安そうにしている。兄妹だというのに反応が真逆で面白い。

 

「そういえば、リリシアの奴にお前らのことを伝え忘れたな」


 嬉しそうにしているアネットを構いながらチェルカドルは鏡へと視線を戻した。

 リリシアは先程まで唸っていたのが嘘のように眠りについている。精神的疲労もあるだろうが、体も回復しきっていなかったのだろう。黙って眠っていると白すぎる肌が目立つ。


「リリシア?」

「ああ、白銀の魔女のことだ」

「目が覚めたんですか!?」


 アネットの疑問に答えるとアレクが慌てた様子で近づいてきた。運命の魔女の隣から鏡を覗き込み、寝入っているリリシアを見ると眉を寄せた。騙されたと思ったのか剣呑な視線でチェルカドルを見つめる。怯えていたと思ったら睨んでくる。人間の子供は臆病なのか豪胆なのか分からない。


「さっきまでは起きていたんだ。なあ、運命」

「これは本当。さっき疲れて寝た。話したかった?」

 運命の言葉にアレクは少し考えて首を左右に振った。


「お礼をいいたかったし、謝りたかったですけど、今はそれどころじゃないだろうから」


 そういって目を伏せるアレクはリリシアは自分のせいでシルフォード家に捕まったと思っている。運命がリリシアの運が悪すぎただけだと説明したのだが納得していないようだ。

 足手まといでしかないだろう妹を必死に守ってきただけあって、人よりも情が深いのだろう。

 

 アレクはアネットと共に残ることを選んだ。食事と睡眠をとって回復したら、金になりそうなものを持って出ていけばいいと言ったのだが、そんなの一時しのぎにしかならないと固い顔で答えた。

 アレクの言う通り、ここを出たところで魔力持ちの少女と子供だけで生きていくのは難しい。持っていった金目のものを換金できるかすら分からない。

 

 状況を考えればここに残るのは冷静な判断だ。運命に魔法について聞いているのを見るとアネットの今後も考えているのだろう。

 とはいえ、魔族と魔女との共同生活を受け入れるとは思わなかった。面白い人間が好きなチェルカドルからすれば兄妹がいてくれた方が退屈せずにすむ。ついでに掃除や洗濯といった身の回りのことも任せられるのだから万々歳ではあるが、お前らはそれで本当に良いのかとも聞きたくなる。

 人間の考えることはいくら生きても分からない。だからこそ面白いのかとチェルカドルは一人納得してうなずいた。


「急がずとも機会はあるだろう。長丁場になりそうだしな」


 今のところリリシアを観察する以上に面白いことはないので、しばらくはリリシアの隠れ家に留まる予定だ。それがどのくらいの月日になるかは分からないが、数千年生きている身としては数年だろうと数十年だろうと問題はない。

 その間、友人が心配な運命はここにいるだろうし、行き場のないアレクとアネットも出て行きたくなるまではいるだろう。少なくともチェルカドルに追い出す気はない。

 つまり、人間の兄妹と魔族と魔女による奇妙な性活がもうしばらくは続くということだ。


「リリシアにはなにか褒美をあげなければいけないな。こんな面白い状況を作り出してくれるとは思わなかった!」


 ウキウキしながらアネットの髪を撫でる。数日前と違って指通りの良くなった髪は撫で心地が良い。不思議そうな顔でチェルカドルを見上げる姿に怯えがないのも新鮮だった。

 アレクは微妙な顔で、運命は相変わらずゴミを見る目でチェルカドルを見つめているが全く気にならない。

 一人の魔女の不幸が生み出した現状をチェルカドルは心底楽しんでいた。




「第二話 白銀の魔女、無茶振りされる」 終

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