1-7 ケニー、謎の魔導具の存在を知る
「ここだと話しにくいから場所を変えよう」
ルーカスはそういってケニーに背を向ける。ケニーは慌てて未だひざまづいたままの部下たちに今後のことを頼むと声をかけた。呆けたままの商人をチラリと見てから、ルーカスの登場により落ち着いた広場を見渡す。ルーカスが歩くたびにキャーキャーと若い女性の歓声が上がっている他はいつも通りの空気に戻っていた。母親たちは家に、男たちは武器を片付けて仕事へ向かう。
言葉だけで民の不安を取り除けたのは、今までに築きあげたシルフォード家の実績と信頼が大きい。シルフォード家がこの地を治めるようになってから百年ほど。魔女が領土内で目撃されたのは初めてのことである。
シルフォード家は魔女狩りとしての実績以外にも領主としての信頼も厚い。地域によってはきな臭い噂も聞くが、シルフォード領は平和そのもの。活気にあふれ、平和に平等に庇護の元で生きている。それは現在、他領に出向いている現当主の力であり、当主不在中に領を治めているルーカスの力でもある。
「魔法の才能だけでなく領主の才能まであるとは、才能ある人は何でも出来るんですね」
「父の仕事を手伝っている優秀な執事たちの力だよ。私は書類に判子を押すだけ」
隣に並んで軽口をたたけばルーカスは笑みを浮かべて世辞を否定した。そんなわけがないとケニーだって知っている。しかし、これ以上追求してものらりくらりと
「じゃあ、判子押すだけの人が何でわざわざ出てきたんですか。騎士団では不安でした?」
シルフォード家の名は人間だけでなく魔女の中でもとどろいている。わざわざ天敵が治めめる領土にやってくる魔女などいないため、ケニーが団長を務めるシルフォード騎士団は新人が多い。魔法使いになりたての新人にみっちり稽古をつけ、才能がある者は魔女の出現率が高い場所へ。実力に不安があるものは研究職や教育者、比較的安全な区域に送る。新人研修として使われることが多い、少々変わった騎士団である。
訓練には定期的にルーカスも顔を出すため団員の実力は分かっている。つい最近、魔法学校を卒業したばかりの新人を迎え入れたので、不安になったのかもしれないとケニーは考えた。
「君の部下たちは真面目に励んでいる。今回だって初めての実践に怯えることなく冷静に対処していたようだ。不安はないよ」
「じゃあ、なんでわざわざ出てきたんですか。血でも騒いだんですか」
穏やかな笑みを浮かべるルーカスの真意がわからずケニーは眉を寄せた。騎士団に所属していた時の方が怖かったが、考えていることはわかりやすかった。人付き合いがよくなったのか、癖が強くなったのか分からないルーカスにケニーは内心ため息をつく。
「子供がさらわれたという話を聞いたのと、わざわざ我が領土に出向いた魔女がどんな魔女が知りたくなってね」
顔は笑っているが声が冷たい。思い出したように覗かせる現役時代の貫禄にケニーの背中に冷や汗が流れた。いつも通りに見えるが自分の庭を荒らされて怒らないわけがない。
「だけど、様子を見に来たらもっと興味のわく話をきいてね」
ルーカスはそういって足を止めた。ルーカスはケニーよりも長身だ。現役時代に鍛えた体格は衰えておらず、目の前にいると視界が塞がれてかなわない。
いつのまにか広場から離れて人通りが少ない路地に入り込んでいた。広場からの道のりから現在地を把握したケニーは、一番最初に狼煙が上がった場所はこのあたりだったと思い出す。
「……ルーカスさん。騎士団より先に現場確認しないでくださいよ」
狼煙を上げたのは非正規の魔女狩り。狼煙を見て偶然居合わせた別の魔女狩りが魔女を追ったという報告が入っている。一度広場に現れたらしい魔女は住人に対して攻撃することもなく子供二人を抱えて逃げ出したという話だ。
あげられた報告から人間を襲う意志は薄いとみて、騎士団は住人の安全確保を優先した。下手に追って魔女を追い詰めれば、大規模魔法で街全体に被害を受ける危険が増える。騎士団の何人かと非正規の魔女狩りが後を追ったと報告がきているので、手に余るようであれば応援要請が入るだろう。
そういった事情から狼煙が上がった場所への確認は後回しになっていた。後回しにしていた方が悪いと言われればその通りだが、書類上は魔女狩りではない領主様が直々に出向くとは思わなかったのだ。
「現場は自分の目で確かめる主義だから。おかげで面白いもの見つけたんだよ」
そういってルーカスが振り返る。意味深に路地の方へ視線を向けたルーカスにうながされ、ケニーがそこをのぞき込むと三人の男がロープで縛られていた。服装から見て魔女狩りだろうが、縛られている理由が分からない。二人は気絶しているようだが、一人は猿ぐつわまをかまされ殺気だった顔でルーカスをにらみつけている。
「えっ、何ですか。この人たち」
「現場に倒れてた。魔女にやられたのかと思って事情を聞こうとしたら、側に知らない魔導具が落ちててね」
そういってルーカスが路地の一角から拾い上げたのは弓矢だった。わざわざ男たちから離れた場所に置いておいたのは、回収されないようにだろう。ロープは絶対に解けないよう魔法をかけているだろうに心配性だとケニーはあきれた。
放り投げられた弓矢を受け取ってしげしげと眺める。それなりに複雑な術式が埋め込まれているように感じるのと、ルーカスが言うとおり騎士団が把握していない魔導具であることぐらいしか分からない。
魔法の研究が大好きなルーカスの弟であったらもう少し分かっただろうかと思いながらケニーはルーカスを見つめた。
「この魔導具とそこの男たちにどういう関係が?」
「この魔導具の試運転をする名目で非正規の魔女狩りがこの街に集まっていたことは知っていたかい?」
初耳だとケニーは眉を寄せた。
出来たばかりの魔導具の試運転を魔法使い、非正規の魔女狩りに頼むことは珍しいことではないが、騎士団に何の連絡も来ていないというのはおかしい。騎士団を通しての方が簡単に優秀な魔法使いが集められるし、そのまま宣伝にもなる。魔女を狩るための武器となれば取り扱いが難しいため、騎士団、研究所や国に許可を得なければ流通させられない。それなのに騎士団に一切の報告がないということは……。
「これ、認可が降りてない魔導具ですか?」
「そうだろうね。そこの人から教えて貰った性能を考えても、気軽に試運転許可が下りるとは思えない」
ルーカスは血走った目でにらみつけてくる男をチラリと見た。猿ぐつわでしゃべれないというのにうなり声を上げ続ける男にケニーは冷たい視線を向ける。
「どんな魔法がかかってるんですか?」
「弓矢が刺さった相手から魔力を吸い上げて、弓矢に取り付けてある魔石に魔力を蓄積する仕組みになっているらしい」
予想外の性能にケニーは目を丸くした。魔女に対する武器としては高性能だろう。魔女の強みは桁外れの魔力量だ。人間であれば複数人で行わなければいけない転移魔法を魔女は一人で発動出来る。それだけ体に蓄えられる魔力の量が違うのだ。
その魔力を吸い取ることが出来るとなれば、魔女との戦いは今より楽なものになるだろう。しかし、この魔導具が一般流通するには大きな壁がある。
「試運転って、魔女に試すつもりだったんですか?」
ケニーは自分でいいながら、それはないだろうと思った。非正規の魔女狩りは魔女狩りであるということを笠に着て、一般市民から小銭を巻き上げる小悪党が多い。魔女の出没が多い地域に非正規の魔女狩りはほとんどいない。魔法の一つ二つ使えるくらいでは魔女には全く歯が立たないからだ。
そんな非正規の魔女狩りに対魔女専用の魔導具を渡して、どうやって試運転するというのか。嫌な予感にケニーはうなる男をにらみつけた。
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