1-8 ケニー、魔女とは何だろうと考える
ロープを解こうと暴れている男をルーカスは無言で見下ろしていた。やがて乱暴に男の猿ぐつわを解く。解放されたと分かった途端、男はわめき散らした。
「なんで俺が捕まらなきゃいけねえんだ! 魔力持ちのガキに試して何が悪い! 女で魔力持ちってだけで悪なんだ! 魔女になる前に殺してやった方が世界のためだろうが!」
ツバを飛ばしながら男がわめく。汚らしい声に嫌悪が這い上がり、今すぐその頭を蹴り飛ばしてやりたい衝動にかられたがぐっと堪えた。
「お前、子供で試そうとしたのか」
「だったら何だ。なにが悪いんだ。子供っつっても魔力持ちだぞ」
男はまるで悪びれた様子がない。むしろ拘束されている現状がおかしい。理不尽だと騒ぎ立てる。耳障りな声にケニーの頭に痛みが走った。
「この魔導具の性能は知ってるんだよな。子供相手に使ったらどうなるか、想像つかないわけじゃないだろ」
「死んだとして何が問題なんだ。魔女だぞ」
男はケニーを見上げた。ケニーがなにを言っているのか分からないという怪訝そうな顔を見ていると、どんどん気分が悪くなってくる。自分が罪のない子供の命を奪おうとしたとは少しも考えていない反応だった。
「魔女じゃない。ただの子供だ」
ルーカスの静かな声が響く。薄暗い路地裏には不釣り合いな清廉された空気はひんやりとしていて、周囲の空気が一度下がったような気がした。それを感じたのはケニーだけではなかったようで、先ほどまで騒いでいた男は石になったように固まっている。ガクガクと男の体が震え、ケニーも意識を集中しなければ無様に膝をつきそうだった。
上から押さえつけられるような圧の中、一人ルーカスは平然と歩いていた。男の前にしゃがみ込み、顔をのぞき込む。そこには笑みすら浮かべていたが、内から膨大な魔力があふれていた。
人間は生まれ持って魔力を許容できる量が決まっている。許容量が大きければ多くの魔法を使え、小さければ一つの魔法でも満足に扱えない。非正規の魔女狩りである男の許容量が大きいはずがなく、器に収まりきらない魔力を浴びせかけられるのは魔力持ちにとって毒になる。それをルーカスが知らないはずもない。
「魔女はこんなものじゃない。それも分からない君が魔女を語るなんておこがましいとは思わないかい?」
場違いにルーカスは微笑んでいる。男はただ震えて何も言えない。噛み合わない男の歯がガチガチと音を立てた。
「違法武器所持容疑と一般人に向けた魔力行使、暴力行為で捕まえろ。魔女狩りだと名乗りたく無くなるくらいにきっちり扱いてやるといい」
「承知いたしました」
ケニーに向けられた言葉だと認識すると、慌てて通信機で部下を呼ぶ。押しつぶされるような圧は消えていたが、周囲の温度は未だ低く感じる。チラリと男を見れば気絶していた。ケニーでもきつい魔力を浴びせられたのだ、一般人に毛の生えたくらいの魔女狩りが耐えられるはずがない。
部下に場所を告げてから通信を切る。ルーカスは男から回収した魔導具を眺めていた。その表情は険しく、憂いを帯びている。
「まさか、こんな魔導具がうちの領土内でばらまかれるとは……」
「うちの領土内だからだろう。たまたま魔女が現れなければ、私達が気づくのももっと遅かったはずだ」
魔導具をばらまいた連中は結果が分かればいい。その間に罪のない子供が何人犠牲になろうと関係がない。
シルフォード領が選ばれたのは平和であり、魔女の目撃情報が極端に少ない地域だからだ。巡回ルートも固定化されており、平和ボケしていると言っていい騎士団なら気づかれないと思ったのだろう。
事実、魔女が現れなければ気づかなかったのだから怒りやら悔しさやらでケニーは歯がみした。
「まさか魔女に助けられるなんて……」
「魔女からすれば不運だろうね。白銀の魔女であったら、本当にたまたま通りかかっただけだろうし」
ルーカスはケニーに魔導具を渡しながら眉を寄せた。それは魔女に同情しているようでもある。
「白銀の魔女って、人間に危害を加えたことがない魔女ですよね?」
「人を助けた記録はあっても人を傷つけた記録は一切無い。目撃情報も少ないし、ここ百年あまりは噂すら聞かなかった。死んだのかと思っていたけど、どこかに隠れていたのかもしれないね」
通り名がついている魔女の情報は全員頭に入っている。白銀の魔女はルーカスが言ったとおり、目撃情報が極端に少ない魔女の一人だ。記録は千年以上前から残っているというのに、回復魔法、転移魔法以外はどういった魔法を使うのかも分からない。魔女狩りから逃げる時ですら攻撃魔法をほとんど使わないという点から魔女の中で一番の臆病者とも言われているが、ケニーからすれば攻撃魔法を使わずとも逃げられる実力者という印象だ。
白銀の魔女が得意とする回復魔法、転移魔法はどちらも難易度が高い。多くの魔力と精細なコントロールを必要とする。それらを簡単に使えるということは習得がしやすい攻撃魔法など目をつぶってでも発動出来るだろう。
それをしないという点に強いプライドと頑なさを感じる。魔女になったことを拒絶しているようだ。
「本当に白銀の魔女なら、もう近くにはいないだろう」
魔女が逃げた方角を見ながらルーカスが目を細めた。
白銀の魔女の通り名は転移魔法を発動するときに発動する魔方陣の光と、魔方陣の中で輝く銀髪があまりにも美しいため、転移を阻害するのも忘れて見とれてしまうという逸話から来ている。通り名になるほど目撃者が多いともいえるため、今回に限って準備していないとは思えない。
「追っていった騎士団員に帰還命令を出しますか?」
「一応、周囲の探索と警戒だけさせておいて。あまりに簡単に逃がしても騎士団の威厳に関わる。ギリギリまで追い詰めたけれど、命からがら相手が逃げ出した。ということにしておこう。民には改めて私から謝罪するよ」
「……ルーカス様が頭を下げるようなことじゃ……」
「罪無き子供を救ってくれた魔女の首をさらすことになるより気楽だよ。なにが悪でなにが善なのか分からなくなる」
ルーカスはそういいながら遠くを見た。その横顔は何年か前、騎士団をやめる直前と同じものだった。それに気づいたケニーはなにもいえない。
「……魔導具の出所を探ります」
「そうしてくれ。あと白銀の魔女が保護した子供たちも探しておいて。安全なところに転移させたか、逃げた森付近に逃がしているか……」
「全力で探します」
ケニーの返事にルーカスは微笑んだ。先ほどまでの固いものに比べると気が抜けた笑顔にケニーはほっとする。固い顔をするルーカスを見ていると古傷がうずいて仕方ない。
「しかし、新人にどう説明しましょうかね……」
「適当に誤魔化して、それっぽいこと言っておいて。白銀の魔女は良い魔女だから逃がせといっても納得しないだろうからね」
魔女には人に害をなす魔女となさない魔女がいる。熟練の魔法使いは知っていることだ。けれど一律に魔女は悪い者として扱われている。良い魔女と悪い魔女の見分けがつかないということもあるが、魔女という共通の敵がいることで国がまとまっているという事実もあるからだ。
魔女は魔族にそそのかされて人間ではなくなった可哀想な少女たち。そう今更国民に言ったところでどうにもならない。魔女は契約によって魔族に縛られており、魔女になった少女を普通の人間に戻す術はない。だから魔女の真実を知っても魔法使いは口を閉ざす。国の安定を、多くの民の平和を優先して、殺すことが魔族からの解放であり救いだと言い訳する。
「魔女が全員、こいつらみたいな悪だったら悩まなくていいのにね……」
気絶した男たちを見下ろしてルーカスはつぶやいた。ケニーは黙って視線をそらした。ルーカスのつぶやきは聞こえなかったふりをしなければいけない。内心はルーカスと同じ気持ちだったとしても。
魔女から人間を守る立場にいる魔法使いが、魔女に同情してはいけない。魔女が悪でないなら、魔法使いはただの人殺しだ。
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