1-6 ケニー、魔女が消えた広場を訪れる
魔女の出現で混乱する町をケニーは歩いていた。歩く度揺れるマントには国認定の魔法使いの証である記章がついている。魔法使いに多い長髪をなびかせて歩く様は片足が義足、片目に眼帯をつけていることを踏まえても独特の風格があった。
ケニーはざわつく町の人々をざっと見渡した。魔女が現れたという広場に人が集まっている。本来なら家の中に隠れていた方がいいのだが、閉じこもっているのが不安だという気持ちも理解できた。小さな子供を抱き上げた母親たちが硬い表情でささやきあい、男たちには武器を手に持ち険しい顔で話し合っている。子供たちは固まって不安そうに顔を見合わせていた。
「あんた! 騎士団の団長だよな!」
張り詰めた空気の中、その声はやけに響いた。被害状況を確認している部下たちと平民の視線が集まる。声を上げた者にも同じくらい視線が集まるが、男は気にした様子がなく転がるようにしてケニーの前にひざまづいた。
民をいじめる趣味はない。勘違いされては困ると男と目線を合わせるようにケニーも膝を折る。身なりからすると商人のようだが顔色は悪く、ガタガタと震えていた。
「そうですが、なにかありましたか?」
落ち着かせるために優しい声を意識する。周囲からの視線もある。適当な扱いをして騎士団の評判が落ちては領主に顔向けができない。
国から認定された魔法使いにも階級が存在する。特に優秀な者たちは魔法騎士の称号を与えられ、平民出であっても貴族と同等の地位を得る。仕事は魔女を狩り、魔女の脅威から国と民を守ること。各地に存在する騎士団に配属され、そこで魔女の出現、襲撃に備えることが義務付けられる。
多くの平民はどんな人間が騎士団に所属し、誰が団長であるか知らないが、街を行き来する商人は確認していたようだ。魔女が現れた時、その地を管理する騎士団の技量によって生死がわかれる。商人からすればもしものときの命綱と言える存在だ。
「騎士団長様……お、俺は魔女と話してしまった……」
男の震える声に周囲がざわめいた。様子をうかがっていた騎士団員、集まっていた平民たちの視線がするどくなる。母親たちは我が子をかばうように抱きしめた。
「どんな魔女でしたか?」
ケニーの問いに他の団員が聞き耳を立てる。魔女は確認されているだけでも数百人。確認されていない魔女もいると言われている。確認されている魔女であれば今後の対策も立てやすい。
「普通の娘にしか見えなかったんだ! 田舎から出てきたって祖母のものだっていう古いローブを着てた! あのとき気づくべきだった! 祖母のものだっていうのは嘘だったんだ!!」
商人はそういうと頭を抱えて震え始めた。初めて魔女に遭遇したのだろう。魔女は異端であり悪であると教えてこまれて生きてきた平民の中で、実際に魔女と遭遇するのは少数。魔女と戦うべく魔法使いになったものでも、魔女と会わないまま現役を引退するものも多い。
「話してしまった! 俺は呪われる!」
「落ち着いてください。すべての魔女が人を呪うわけではありません」
ケニーは男の肩を優しく撫でながら優しい声で
魔女と関わると呪われる。そんな噂がまことしやかに流れているがそんなことはない。呪術が得意な魔女もいるが、そういう魔女は人前に姿を現さない。現したとしても目撃者はすぐに殺してしまう。商人が無事で、普通の娘だと思うほど会話が成立したことを考えても人に危害を加えたがらない魔女だろう。
さて、誰だろうと頭に入っている魔女のリストを思い浮かべる。
隠れ住むものが多い温厚派の中で、昼間に堂々と町にやってくる魔女。しかもシルフォード家のお膝元となれば、正体がバレない自信。いざとなれば逃げられる実力のある魔女だろう。そうなると数はだいぶ絞られる。
「髪は何色でしたか?」
震えていた商人はケニーの問いに目を丸くした。優しい表情を意識しながら再度問いかける。商人は記憶を探るような間を開けてから答えた。
「銀髪だった」
「こちらで聞いた話とも一致する。おそらく白銀の魔女だね」
ケニーが商人に返事をする前に背後から声が聞こえた。穏やかでありながら強い意志を感じる声音。昔より険がとれたが聞き間違えようがない。
「隊長、わざわざお越しくださったんですか」
「もう隊長じゃないって何度言えばいいんだろうね」
ため息交じりに答えたのは金髪碧眼の男性。素人目にも仕立てが良いと分かる衣服に品位を感じる立ち振る舞い。平民出の自分とは違い、生まれ持っての貴族だと分かる存在感にケニーは目を細める。昔は日常的に目にしていたのが嘘のように、その姿はまぶしく見えた。
「では、ルーカス・シルフォード様。わざわざご足労ありがとうございます」
そういってケニーは金髪碧眼の男性――ルーカスの足下にひざまづき、頭を下げた。一瞬見えたルーカスの顔には苦笑が浮かんでいる。魔法騎士をやめたのに隊長と呼ばれるのも嫌だが、
ケニーがひざまづいたことで周囲がざわめく。近くで事情聴取をしていた部下たちも慌てて集まってきて、ケニーの後ろに同じようにひざまづいて頭を下げた。呆けたまま動かない商人が「ルーカス・シルフォード……」と魂が抜けたような声を出す。
「領主様! 領主様がいらっしゃったぞ!」
ルーカス・シルフォードという名に平民たちがざわめきだした。実際に姿を見たことがなくても、このシルフォード領を管理している一族の名前は知っているし、その一族が金髪碧眼だということも知っている。
魔女の襲来に怯えていた空気は消え去り、歓喜と安堵が広場を包み込んだ。たった一人でここまで民に安心を与えられる存在は他にいないとケニーは思う。
「正確にいうと領主代理で、まだ継いでいないのだが……」
ルーカスの困ったような言葉をちゃんと聞いていたのはケニーと背後に並ぶ部下たちだけだろう。平民たちは「これで助かる」「ルーカス様がいらっしゃったなら魔女なんて一ひねりだ」と喜んでいる。
先ほどまでの暗い空気を思えば水を差すのも悪いと思ったのだろう、ルーカスは困った顔を引っ込めるとゴホンと咳払いをした。
「皆様、まずは謝罪いたします。魔女の侵入を許してしまったのは私どもの落ち度です。恐ろしい思いをした方々に心からお詫び申し上げます」
ルーカスが広場に響くような凛とした声で告げ、一礼する。それに平民たちは驚き、口々に「そんなことはない」と否定の声を上げた。
「我が一族は魔女狩り名門。そんな我々が管理する土地、しかも我が家のすぐ近くに現れる魔女などいないだろうという
高らかに告げたルーカスはぐるりと広場に集まる平民たちを見渡してから優雅に礼をして見せた。ルーカスの口上を唖然と聞いていた民たちは頬を高揚させ、表情を明るくし拍手を送る。
「ルーカス様万歳!」
「私たちを守ってくださってありがとうございます!」
「ルーカス様がいれば魔女なんて怖くない!」
口々にあがる民の声にルーカスは笑顔で応えた。さらなる歓声が上がり、暗い空気が立ちこめた広場はお祭りのような熱狂を見せる。
頭を下げたままケニーはその変化を肌で感じていた。目の前にいる上司は改めて恐ろしい人だと思う。実力は元々抜きん出ていたが、騎士団をやめてからと言うもの人を魅了する力を身につけた。チラリと見上げた横顔には人畜無害そうな笑顔がある。騎士団時代、冷たい目をして魔女を追いかけていた頃の面影は感じられない。
一通り民にアピールしたルーカスは改めてケニーと向き直り、ケニーのすぐ横であっけにとられて動けずにいる商人へと視線を向けた。
「後は君の部下に任せて、私たちは私たちの仕事をしようか」
小さな笑みを浮かべたルーカスにケニーはただ頷いた。民に向けたのと同じ穏やかな笑みを浮かべているが瞳の奥は冷え切っている。魔女を追いかけていたあの頃と変わらぬ温度が見え、ケニーは引きつった笑みを浮かべた。
「人を騙くらかすのが上手くなりましたね……」
「人聞きの悪いことをいうなあ」
間延びした口調で笑う姿はただの好青年にしか見えない。それだけに恐ろしかった。
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