第33話 犯人は何処へ


「ここ近年で入ってきた魔族? ガルディアの人よ、そんなの沢山いるに決まってるだろ」



 山羊の角を生やした白毛の年配の男性獣人が返す。中央街から少し離れた街を繋ぐ東外門の傍で商店を営んでいる年配の山羊獣人の男は「ここは首都だぞ」と荷物の入った箱を地面に置いた。



「首都なんだから田舎町よりも人の出入りが激しいのはあんたが一番、よく分かってるだろ」


「それは承知の上で聞いているんだ、すまない」

「アデルバートさんだっけ? あんたも大変だね、分かっていながら聞き込みしないといけないなんて」



 山羊獣人の男はアデルバートに「お疲れ様だよ」と彼の気持ちを察したように声をかけた。アデルバートは今、連続女性吸血殺人事件の調査をしている。自身の魔物対策課の仕事の合間にやっているのだが、なかなか有力な情報というのは入らない。


 この事件の調査をしている同僚たちも「手かがり無しだ」と頭を悩ませている。それほどまでに情報というのがないのだ。最後の事件が五年前ということもあってか、記憶力に長けていない魔族は忘れてしまっている。


 この街を繋ぐ外門近くというのは人の出入りが多いので何かしら情報が手に入ると思ったのだが、どうやら当ては外れてしまったようだ。



「なら、五年前後で新しく雇った従業員などはいるだろうか?」

「うーん、うちの商店は身内しか雇わんからなぁ。新入りを雇うってことはないね」

「なら、知り合いはどうだろうか?」

「知り合い? あー、いくつかの店が雇ったって聞いてるよ」

「身元が分からない魔族を雇ったという話は?」

「それは聞かねぇなぁ。でも、親を亡くしてとか訳アリを雇ったっていうのは聞いたぞ」



 変身魔術と気配遮断が得意とする犯人ならば、口上手く紛れ込んでいるかもしれない。アデルバートは「その店を教えてくれないだろうか」と問うと、「あぁいいよ」といくつかの店を教えてくれた。


 何処に潜んでいるのか、それともこの街から出て行ったのか。この街にいないのならば探すことは難しくなるだろうなとアデルバートは考えながら、山羊獣人の男に礼を言ってその場を後にした。


 メモしていた教えられた店の名前をアデルバートは眺める。飲食店やアクセサリーショップ、風俗店や民宿など統一性はない。身元が分からない魔族というのはあまり表にでないことが多いが確証はない。


(次の獲物を手に入れるならば、多くの魔族を人間を観察できる場所にいる)


 まだ、犯人がこの街にいるのならばという前提ではあるが、連続で女性を吸血し、殺害しているのでまた犯行に手を染める可能性はあった。


(飲食店やアクセサリーショップなら女性を観察することはできるか……)


 アクセサリーショップなど特に女性の客というのは多いだろう。女性を狙っている犯人からすれば、獲物を品定めするには丁度いい。あくまでも予想なので、別の職種に紛れているかもしれないのだが、一先ずはこの辺りから聞き込みをしようとアデルバートは決める。


 連続女性吸血殺人事件の被害者の死因はばらばらだ。血を吸われた後に首を掻き切られて、首を絞められて、胸を刺されてと決まった殺され方をしていない。血を吸いつくすといった行為での殺害はなかった。


(共通点は血を吸われていることだけ。吸血鬼の反応が僅かにあった……やはり、変身魔術か……)


 変身魔術は厄介なものだ。上手い者になれば誰が見てもその種族にしか見えない感じない疑わない。気配遮断だけでなく、その種族の気配すら纏うことができる。吸血鬼など一部の魔族というのは変身魔術に長けていた。


(変身魔術は得意ではない部類だ……)


 アデルバートは変身魔術が得意ではない。基本的に戦闘特化である彼は補助技などが苦手なのだ。変身魔術に長けていれば見破るコツなども理解できるだろうが、そうではないので吸血鬼の元々の勘で探すしかない。


 吸血鬼は吸血鬼を見分けることができる、それは同族故に魔力が惹かれ合うからだ。とはいえ、変身魔術や気配遮断などを組み合わせられてはそれも難しくなってしまう。


(これは同僚たちが頭を悩ませるわけだ)


 彼らが手こずっているのも無理はないなとアデルバートは溜息を吐いた。考えているだけでは事件は解決しないので、アデルバートは教えられたいくつかの店の情報を捜査員と共有するべく一度、ガルディアへと戻ることにする。


 メモ紙をなんとなしに眺めてふと一つの店に目が留まった。それは二つある民宿のうちの一つ、どこかで見たことがあったようなとアデルバートは記憶を辿る。けれど、ぱっと浮かぶことはなかった。



「どこかで……」

「あー、アデルー!」



 呼ぶ声に顔を上げればバッカスが走ってきた。周囲を見渡せば、中央街の一番街まで戻ってきていたようで賑わう人々が目に入る。立ち止まっているアデルバートを魔族たちが気にする様子も見せずに通り過ぎていく。


 賑やかな声を耳にアデルバートは随分と考え込んでいたのだなと気づいた。そんなことなど知らないバッカスは「どうしたよ」と首を傾げている。



「なんでもない。バッカスは巡回か?」

「そうそう、これから西外門の外で巡回。だから、お前を呼び戻そうと思ってたんだわ」



 巡回の当番である時間になっていたのに気づいて、アデルバートは「わかった」と返事をしてからメモ紙をコートのポケットにしまう。その仕草にバッカスは気づいていたけれど察したようでそれについて何か問うようなことはしなかった。

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