第32話 意識しないわけがないよ!
モノクロテイストの見慣れたシンプルな室内は落ち着いている。座り心地の良いソファにいつものように腰を下ろしているシオンだが、内心は緊張していた。それもこれもサンゴとカルビィンのせいだった。
断言されてしまい、アデルバートのことを意識してしまったのだ。なんとか表情や態度に出さないように気を付けているけれど、不自然さが出ているかもしれない。
「シオン」
「な、なに!」
「いや、どうかしたのかと」
いつもと様子が違う気がしたんだと言われてシオンは気づかれてしまっていると少しばかり焦る。意識してしまっていますとは言えないので、「そんなことないけど!」といつもの調子で答えてみる。
アデルバートは暫く見つめてきたけれど、「それならいいが」とそれ以上は突いてこなかった。納得したのか、引き下がったのかは分からないけれどシオンはその返答に小さく息をつく。
(落ち着くんだ、あたし)
そう、落ち着くんだ。まだ決まったわけではない、決まったわけでは。ここで慌てては相手を困らせるだけだとシオンは自分に言い聞かせる。なんでもないことを装うように渡された果実水の入ったグラスに口をつける。
(うん、いつもと同じで美味しい)
いつ飲んでもこの果実水は美味しいなとシオンは思いながら少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「やっぱりこの果実水、美味しいよなぁ」
「一般的に売ってるものより良い果実を使っていると母上から聞いているから、それでだろう」
「このまま飲んでたら本当に他の果実水が飲めなくなりそう」
この果実水、高級品なだけあってかなり美味しいので最近、別のものを飲むと物足りないと感じるようになっていた。そんなことをシオンが話せば、アデルバートは「持って帰るか?」と提案してきた。
母親がたくさん送ってくるからと言われてシオンは迷う。林檎や葡萄などの他にも柑橘系の果実水もあると聞いて飲み比べてみたいと思ったのだ。けれど、そうすると普段、飲んでいる果実水が本当に飲めなくなりそうだったので、「此処に来るときだけ飲むことにする」と断る。
「他の果実水が飲めなくなるのちょっと嫌だし」
「そうか……。なぁ、シオン」
「何ー?」
「今度でいいんだが、食事に行かないか」
アデルバートの言葉にシオンは目を瞬かせる。突然の誘いに固まっていると、彼は「日頃のお礼にと思ったんだ」と訳を話した。契約とはいえ、定期的に血を分けてくれているので労いも込めてと。
「迷惑だったら断ってくれて構わない」
「迷惑ではないよ! 大丈夫、行くよ!」
なんとも申し訳なさげに眉を下げるアデルバートにシオンは慌てて返す。迷惑など思っていなかったのは事実で、一緒に食事に行くのは構わなかった。理由はともあれ、誘ってくれたことが嬉しかったので「ありがとう」とお礼を言えば、アデルバートが固まる。
目を少しばかり開いて固まる様子に首を傾げると、アデルバートは「なら、来週でどうだろうか」と何でもないように言う。今の間はなんだったのだろうかとシオンは疑問に思いつつも、言われた日時の予定を確認する。
その日は丁度、孤児院の子供たちと遠足で森林公園に行く日だった。お昼すぎには戻る予定なので大丈夫だろうとシオンは答える。
「孤児院の子供たちと遠足で森林公園に行くから、帰ってきてからなら大丈夫だよ」
「何時ぐらいに森林公園は出る予定なんだ?」
「えっと、お昼すぎかな?」
「なら、迎えに行こう」
「え、大丈夫なのに」
孤児院に戻ってからでも大丈夫なのにとシオンは言うのだが、「人手は多いほうがいいだろう」と返される。確かに孤児院のスタッフというのは少なく、帰りの準備などを手伝ってくれるというのは助かることだった。
けれど、アデルバートも忙しいのではとシオンが思っていると「その日は半日勤務だ」と口にする前に言われてしまう。それならいいのかなとシオンは納得して「じゃあ、お願いしようかな」と返す。
「手伝ってくれるのは助かるからありがたいよ」
「それなら、その時間に迎えに行こう」
「分かったー」
「何かあったら伝達魔法で知らせてくれ」
そう言われてシオンは首から下げていたペンダントに触れて頷く。アデルバートはペンダントを身につけてくれているのを見てゆっくりと目を細めた。
「ちゃんとつけてくれているんだな」
「え、つけてたほうがいいかなぁって」
「そうしてくれると嬉しい」
「嬉しい?」
「よく似合っている」
はいっとシオンは動揺する。アデルバートが嬉しそうに「似合っている」と言ってくるものだから。途端にまた思い出して、意識してしまう。せっかく落ち着いてきていたというのに最初に戻ってしまった。
それでもシオンは何でもないように「ありがとう」とお礼を言っておく。そうするとまたアデルバートが嬉しそうにするものだから、シオンはますます動揺してしまう。
(あー、ほんっと、サンゴとカルビィンを恨む!)
こんなふうに意識してしまうのは二人のせいなのだと、心の中で文句を吐いた。それが届くわけもなく、シオンは気持ちを落ち着けるのに必死だった。
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