第34話 消えた幼子の罠
雲一つない晴天、穏やかな風が吹く。良い天気にこれは遠足日和だなとシオンは空を見上げて思った。シオンは孤児院の子供たちを引率して森林公園へとやってきている。
緑豊かな森林が遠くに見え、手入れのされた芝生の上では子供たちが駆けっこをして遊んでいた。今は皆で昼食を食べ終えて子供たちを遊ばせているところだ。シオンだけでなく、サンゴやカルビィン、他の孤児院のスタッフ、院長も一緒だ。
その中にガロードもいた。お弁当を用意してくれた民宿の女将に「あんたも手伝ってきな」と言われたのだという。人手が多いのは有難いことなので、彼にも手伝ってもらっている。
ガロードは背も高く力もあるからなのか、子供たちから肩車などをせがまれていた。彼は嫌な顔せずに子供たちをおぶっては遊んでいて、子供好きなんだろうなと見ていて感じる。
「シオンお姉ちゃん、あたし人魚姫の話、嫌い!」
シオンは集まってきた女の子たちに自分がいた世界での御伽噺を話していたのだが、一つの話に子供たちが眉を下げる。それは人魚姫の物語、バッドエンドで終わるその御伽噺を女の子たちは気に入らなかったようだ。
「なんで泡になって消えちゃうの! 幸せにならないの!」
「うーん、そればっかりは作者に聞かないと分かんないかなぁ……」
「この物語を考えた作家さん、歪んでない?」
傍で話を聞いていたサンゴが突っ込む。彼女は物語に登場する人魚と同じ種族なので、なんとも言えない気分になったようだ。シオンが「ごめんね」と謝ると、サンゴは気にしているわけではないようで、「大丈夫よ」と笑う。
「サンゴお姉ちゃんは泡になって消えちゃうの?」
「消えないから安心してね」
サンゴが答えれば子供たちは安堵したように息をつく。そうか、子供だから信じてしまうかもしれないのかとシオンは気づいて「これは物語だから本当になるとは限らないんだよ」と教えた。
「うーん、でも、この話は嫌! 幸せじゃないもん!」
「そうだね。やっぱり、、シンデレラとか白雪姫のほうがいいかな」
「そっちのほうが夢があるものねぇ」
シオンの提案にうんうんと頷くサンゴもハッピーエンドの話がいいようだ。
(本当のシンデレラと白雪姫の話はしないほうがいいね、これ)
本来のシンデレラと白雪姫の物語は子供たちに聞かせたものとは少し違っている。子供向け絵本の内容をシオンは話しているだけで、本家の話はしていないのだ。サンゴや子供たちの反応にこれは黙っていようと思う。
「恋物語っていうのはやっぱり良いものよ!」
「サンゴが好きそうだもんね」
「好きってもんじゃないわよ!」
恋というのは良いものなのよと語り出すサンゴにシオンはあぁ、これは長くなるぞと話を振ったことを後悔する。子供たちもその勢いに目を丸くさせているので止めなくてはと考えていると、カルビィンが「そろそろ帰る準備だってよー」と声をかけてきた。
これはチャンスだとシオンは「ほら、みんな集めるよ」とサンゴの肩を叩いて話を止める。サンゴはむーっとしながらも子供たちに声をかけていた。よし、話を止められたぞとシオンは息をついて、集まってきた子供たちの点呼を取っていく。
「あれ、ミーニャンは?」
「え! いないの!」
集まってきた子供たちをサンゴとスタッフたちで確認するも、ミーニャンの姿がない。カルビィンやガロードに「ミーニャンは?」と聞くも、二人とも見かけていないようだ。
これはミーニャンの勝手に動き回る癖が出てしまったのか。あれだけ気にかけていたというのにとシオンが焦っていると、スタッフであるエルフの女性、ラールが「ごめんなさい、わたしが少し目を離した隙に」と涙目で謝罪する。
「つい、さっきまでは此処にいたの」
「じゃあ、まだ近くにいるかもしれない!」
手分けして探そうというシオンに皆が賛成すると、ガロードが「じゃあ、ペアを決めましょう」と提案した。一人で探し回っては何かあった時に対応ができないので、二人一組になるのがいいと。
「私とシオンさんで森林のほうへ、サンゴさんとカルビィンさんで遊具のほうへと手分けしましょう」
「それでいこう」
反対する人はおらず、スヴェート院長とスタッフがこの場に残り、あとのメンバーはミーニャンの捜索に行くことになった。まだ日暮れには遠いけれど、幼子一人で歩き回らせるのは危険だ。
シオンはガロードの後を追うように森林のほうへと向かう。森林は途中まで遊歩道が通っているのだが、人の姿はほとんどない。陽が木々の枝葉から零れるが少しばかり薄暗くて静かだ。
シオンが「ミーニャン」と呼ぶが返事はない。こっちには来ていないのだろうか、そう口にするとガロードが「森林の中に入ってしまったのでは」と話す。
「遊歩道を逸れれば簡単に奥へと入れますから、もしかしたら……」
「それはありえるかも……」
「少し、中に入って確認してみましょう」
「え、でも……」
危ないのではとシオンが言おうとするもガロードは遊歩道から逸れて森林の中へと歩いていってしまう。彼を一人で行かせるわけにもいかず、シオンも着いていくことにした。
森林の中は舗装されているわけでもないので足元には落ち葉が積もり、石ころが転がっていて足場が悪い。躓いて転ばないようにしながらシオンは周囲を見渡してみた。
天気が良いというのに少しじめっとしている。さらに薄暗さを感じてどこか不気味さを覚えた。それでもミーニャンがいるかもしれないからと彼女の名前を呼ぶ。けれど、その声は森林の奥へ響くだけだ。
ここにミーニャンはいるのだろうかとシオンは思った。いないという確証があるわけではないけれど、それに自分たちだけでこの森林の中を探すのは困難ではないかと。ガロードに一度、戻ることを提案しようとして前を向くと彼はいない。
あれっと目を瞬かせるとふと、背後に気配を感じた。振り返るといつもと変わらず優しい表情のガロードがそこに立っていた。
「ガロード、さん?」
だが、シオンは彼がいつもと違うように感じた。確かにいつもの優しい表情をしているのだが、どこか違和感がある。なんだろうかとじっと観察して気づいた――目が笑っていないのだ。
「おや、どうかしましたか、シオンさん」
「え、いや……ガロードさん、何かありましたか?」
「何かとは?」
「その……いつもと違うなって……」
勘違いだったら申し訳ないけれどとシオンは感じたままを口にする。すると彼は目を少しばかり開いてからゆっくりと細めた。
「いえ、嬉しいもので」
「はぁ?」
「これほど、嬉しいことはないですよ」
「ミーニャンがいなくなったのに!」
「あぁ、あの娘なら大丈夫ですよ」
淡々と話すガロードにシオンは一歩、引く。ミーニャンが大丈夫とはどういうことだろうかと。ガロードは「まぁ、もうそろそろ見つかるんじゃないでしょうかね」と笑ってない眼を向けた。
「それ、どういう……」
「シオンさんはご自身の心配をしたほうがいいですよ」
貴女は〝魔界から落ちた人間〟なのですから。その一言を聞いてシオンは駆けだした、彼から逃げるために。
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