第255話 忘れてた


 学、麗生に続いて、とうとう煌良までもが負けた。


 そのあまりの壮絶さに、その場にいる誰もが呆然としている中、


 「は、ハハ、勝っちまったよ」


 と、ギルバートは乾いた笑い声をこぼしながらそう呟いた。


 しかし、誰一人その呟きに反応する者はいなかった。


 何故なら、


 「……ハル、なの?」


 そう言ったリアナの……いや、リアナだけでない、その場にいる人達全員の目の前にいる人物が、春風とはだったからだ。


 その人物の背格好や手に持っている刀ーー彼岸花は、確かに春風のもので、顔付きも春風そっくりなのだが、髪は長く色は彼岸花と同じように真っ赤で、右目は髪の色と同じ炎に包まれていた。


 その姿を見て、誰もが「怖い」と感じていたが、同時に「美しい」と見惚れてもいた。


 すると、


 「どうしたの、みんな?」


 という声がして、その声に全員が「え?」となった瞬間、目の前にいる春風そっくりの長い赤髪の人物は消え、そこには春風本人がいた。


 頭上に「?」を浮かべて首を傾げる春風の姿を確認すると、


 「は、ハルゥーッ!」


 「ハル様ぁーっ!」


 と、リアナとイブリーヌが春風に駆け寄り、ガバッと抱き付いた。


 「うわっ! え、何!?」


 突然の事に春風が戸惑っていると、


 「うわーん、ハルの馬鹿ぁ! 馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!」


 と、リアナはそう叫びながらポカポカと春風を叩いた。イブリーヌに至っては春風に抱き付いたままわんわんと泣いていた。


 「えぇ? な、何? 何この状況?」


 春風はあまりの状況に混乱していると、


 「コォラァアア、ハルゥウウウウウ!」


 と、今度は鉄雄が駆け寄ってきた。そしてそれに続くように、恵樹や美羽らクラスメイト達や、アデル達七色の綺羅星メンバー、も集まってきた。


 「えぇ!? 何何何ぃ!?」


 集まってきた仲間達を見て、春風が更に混乱していると、


 「この、馬鹿野郎!」


 と、鉄雄はそう言いながら春風の頭を拳でぐりぐりしてきた。


 「い、痛い! 痛いってテツ!」


 訳がわからないといった感じで春風が痛がっていると、


 「はぁあるぅうかぁあさぁまぁあああああ」


 と、黒いオーラのようなものを纏ったジゼルが、ゆらりゆらりと近づいてきた。


 「じ、ジゼルさん、どしたんですか?」


 春風は恐る恐るそう尋ねると、


 「あなたという人はぁ! あれほど無茶はしないでくださいと言ったではありませんかぁーっ!」


 と、ジゼルは春風に向かって思いっきり怒鳴った。


 「ええぇ!? 俺そんなに無茶したぁ!?」


 春風は「心外です!」と言わんばかりの表情でそう言うと、


 「ああ。思いっきり無茶したよ」


 と、気絶している学を重そうに引きずる水音がそう返した。その隣には、同じく重そうに麗生を担ぐ歩夢の姿もあった。


 「水音、ユメちゃん」


 「……」


 歩夢は春風に近づくと、担いでいた麗生を地面に下ろし、静かに春風に抱き付くと、


 「……フーちゃんの馬鹿」


 と言って、抱き締める力を強めた。


 その言葉を聞いて、春風は漸く自分がしたことを理解すると、


 「……ごめん、みんな」


 と、仲間達に向かって謝罪した。


 その時、


 「う、うーん……」


 と、気絶していた学が意識を取り戻した。それと同時に、麗生も少しずつ目を覚ました。


 「あ、あれ? 僕は、一体……」


 学と麗生はまだ完全に目覚めていないのか、ゆっくりと辺りを見回すと、


 「あ、煌良!」


 と、倒れている煌良に気付いてハッとなり、2人はその勢いで飛び起きて煌良に駆け寄った。


 その後、春風と仲間達も煌良のもとに近づいた。


 未だ意識を失ってる煌良に、


 「ま、まさか、死んだりしてないよね?」


 と、恵樹が不謹慎なことを言うと、


 「勝手に殺すな」


 と、気を失ってる筈の煌良がはっきりと答えた。


 それを聞いて春風を除く面々が「うわぁ!」と驚くと、煌良はゆっくりと体を起こした。


 そんな煌良を見て、


 「……あー、大丈夫?」


 と、春風が尋ねると、


 「人をこれだけ酷い目に遭わせた人間が何言ってるんだ? 流石に死ぬかと思ったぞ」


 と、煌良は春風に文句を言った。


 「えっとぉ、ごめん」


 「謝るな。俺達はお互い全力を出し合ったんだ。で、結果俺が負けた。それだけだ」


 「そうなるのかな?」


 「なるんだ。今回は負けたが、次は俺が勝つからな」


 真っ直ぐな眼差しを向けてそう言い放った煌良を見て、春風はポカンとなったが、すぐに「フ」と笑って、


 「悪いけど、俺も負ける気はないからね」


 と、渾身のドヤ顔でそう返した。


 そのやり取りを見て、仲間達が「やれやれ」と苦笑いを浮かべた、まさにその時、


 「ヌオオオオオオっ! 何故だぁあああああ!? 何故勇者達が負けたぁあああああ!?」


 突然の叫び声に驚いた春風達は、「何事か!?」と一斉に声がした方に向くと、そこには息を切らして取り乱した様子のモーゼスがいた。


 そんなモーゼスの姿を見た春風は、


 「あ、忘れてた!」


 と、ついさっき思い出したかのようにそう言った。


 モーゼスはその言葉を聞いて、


 「ハゲゲェエエエエエエエッ!」


 と、悲鳴をあげて吹っ飛ばされた。

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