第245話 イブリーヌを追って
謁見の間を出ていったイブリーヌを追う春風。
きっと部屋に戻っているのだろうと思い、彼女の部屋の前まで近づくと、部屋の中から小さな泣き声が聞こえた。
僅かに空いていた部屋の扉の隙間を覗くと、ベッドの上でうつ伏せの状態のイブリーヌを見つけた。
その姿を確認すると、春風は部屋の扉をトントンとノックした。
「……どなた、ですか?」
泣き声混じりに尋ねてくるイブリーヌに対して、
「春風です。入ってよろしいでしょうか?」
と、落ち着いた口調でそう返した。
「帰ってください」と拒絶されるかもしれないと思っていたのだが、
「……どうぞ」
と、意外な返事が来たので、春風は一言、
「失礼します」
と言うと、静かに扉を開けて中に入った。
「……イブリーヌ様」
春風はうつ伏せの状態のイブリーヌに話しかけると、イブリーヌはスッと起き上がってベッドから降りて、
「ハル様、この度は我が国の騎士が、あなたにとんでもない事をしでかしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
と、春風に向かって深々と頭を下げて謝罪した。
春風はそれを見て少しギョッとなったが、すぐに真面目な表情になって、
「顔を上げてくださいイブリーヌ様」
と、優しく話しかけた。
しかし、
「いいえ、そうはいきません! ただでさえハル様を暗殺しようとしたというだけでも許されない事なのに、ハル様に対してあのような暴言を吐くなんて……」
と、イブリーヌは体を小さく震わせながらも、頑なに顔を上げようとしなかった。
(えぇ? そう言われてもな……)
春風は「うーん」と唸ってどう答えようかと迷ったが、
(うん。ここは正直に話すか)
と、意を決したように口を開く。
「イブリーヌ様、ルイーズさんが言ってた事でしたら、俺は特に気にしてません」
その言葉を聞いてイブリーヌは、
「そ、そんな!」
と、顔を上げた。そんなイブリーヌに向かって、春風は説明する。
「正直言いますと、あんな風に言われても仕方ない事をしたっていう自覚はあるんですよ。現に俺は、あの人の弟さんを傷つけたわけですし。あの人の言うように、俺は『勇者』の称号を持ってませんし、『悪魔』って呼ばれてる固有職保持者ですから。それに……」
「?」
「暴言っていったら、俺、あなたとあなたの家族にもっと酷い暴言吐いてますし、ダメージの深さでいったら、俺が言った暴言の方が間違いなく深いですよ、いやホントに」
「な! そ、それは、ハル様と勇者様方の故郷を危険に晒したコチラが悪いのです! ハル様が気にするほどの事ではありません!」
「いや、ですが……」
「それに、ハル様の暴言は強烈でしたが、同時に
「な、なんて事言うんですかあなたは!?」
「それにクラリッサお姉様も、口ではハル様の事を『許さない』と言ってましたが、実はハル様から受けた暴言を思い出しては、その時の快楽に溺れないように必死になって抗っていたのです!」
「頑張って! クラリッサ様頑張ってぇ!」
まさかのとんでもない暴露を聞いて、春風は思わずこの場にいないイブリーヌの姉君にエールを送った。その後、すぐにハッとなって「コホン」と咳き込むと、
「あー、うん。とにかく、今日の出来事につきましては俺はそれ程怒っていませんので、イブリーヌ様は何も気にする必要はありません」
と、イブリーヌを優しく慰めた。
だが、
「そ、そうはいきません! このような形で許されるなど、ハル様が良くてもわたくしが許さないのです! お願いしますハル様、どうかこのわたくしを罰してください!」
「は、はいぃ!?」
まさか、お姫様から「自分を罰してくれ」と懇願されるとは思わず、春風は返答に困ってしまった。
(オイオイ、こんなのそうすれば良いんだよぉ!)
と心の中で情けなくそう叫びながら、春風はどうすれば良いのか考えた。
「……ああ、もう! だったら……!」
頭の中がごちゃごちゃな状態の春風はそう叫ぶと、イブリーヌを前に両腕をバッと広げて、
「俺の胸に飛び込め! これは、
と言い放った。
それから両者は少しの間沈黙すると、
(何を言ってるんだ俺はぁ!?)
と、春風は心の中で悲鳴を上げながら、自身の発言を後悔した。
だが、
「うぅっ! ハル様ぁあああああっ!」
「え……ぐえっ!?」
なんと、イブリーヌは本当に春風の胸に飛び込んだ。
まさかの事に驚いた春風は、その勢いで後ろに倒れ込んだ。
「いたた。い、イブリーヌ、様?」
「ハル様ぁ! ハル様ぁあああああっ!」
春風の胸の中で泣き叫ぶイブリーヌを見て、春風は「ど、どうしよう」と考えたが、
(ま、いいか)
と、心の中でそう呟くと、優しくイブリーヌの頭を撫でた。
だがその時、背後から鋭い視線を感じた春風は、恐る恐る後ろを振り向くと、
『じぃー……』
そこには、自分達を見つめるリアナや歩夢を含めた仲間達の姿があった。
その後、もの凄い修羅場が展開されたのだが、それはまた、別のお話。
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