第237話 交渉決裂


 お互いの想いを言い合った後、それぞれ武器を構えて睨み合う春風とラルフ。


 謁見の間が緊張に包まれると、出入り口の方から、


 「おやめなさい!」


 という声が響き渡り、その場にいる者達が一斉に出入り口の方を見ると、


 「お二方、武器を納めてください!」


 そこには、凛とした佇まいのイブリーヌがいた。


 「おぉ、イブリーヌ様!」


 その姿にモーゼスが驚いていると、イブリーヌは彼に目もくれず謁見の間に入り、春風とラルフに近づいた。


 「……イブリーヌ様」


 「お久しぶりです、ラルフ様。まことに勝手ながら、お話は全て聞かせてもらいました。それ故に貴方のお気持ちは理解しています。ですが、今はどうかその武器を納めてください。なにせここは、他国の謁見の間、しかも皇帝陛下の御前ですので」


 真っ直ぐラルフを見てそう話すイブリーヌ。そんな彼女を見て、「いや、俺は別に……」とギルバートが何か言おうとしたが、音もなく素早く近づいてきたエリノーラに足を踏まれたので、それ以上は何も言わなかった。


 ラルフも何か言おうとしたが、その前にイブリーヌは春風の方を見て、


 「ハル様もお願いします。どうか、武器を納めてください」


 とお願いしてきたので、春風は無言で彼岸花を鞘に納めると、


 「すみませんイブリーヌ様」


 と、イブリーヌに向かって頭を下げて謝罪した。


 それを見てラルフも何かを感じたのか、彼も槍を背中に背負い直すと、


 「申し訳ありませんでした、イブリーヌ様」


 と、春風同じようにイブリーヌに向かって頭を下げて謝罪した。


 周囲の人達は緊張から解放されたのか、皆ホッと胸を撫で下ろすと、


 「いやぁ、流石ですイブリーヌ様、見事にこの場を納めるとは!」


 と、モーゼスが拍手をしながらイブリーヌを褒めた。


 するとイブリーヌは、


 「ああ、いたのですかモーゼス教主様」


 と、たった今気づいたかのようにモーゼスに冷ややかな視線を送りながらそう言った。


 その言葉を聞いて、モーゼスが「うぐっ!」と唸ると、


 「あらやだ。イブりんちゃん、なんか冷たくありませんか?」


 「きっと、扱いされたこと、怒ってんじゃねぇか?」


 と、ギルバートとエリノーラがひそひそと話しているのが聞こえた。


 しかし、そんな話に突っ込みを入れる余裕がないのか、モーゼスはギルバート達を見ずに、


 「これは手厳しい。と、挨拶が遅くなりましたが、お久しぶりですイブリーヌ様」


 と、若干焦ってはいるが、穏やかな笑みを浮かべてイブリーヌに話しかけた。


 だが、イブリーヌは冷ややかな視線を向けるのをやめず、


 「モーゼス教主様、わたくしは言いましたよね? ここでの会話は聞かせてもらいましたと。当然、それは貴方のお話も含まれていますよ」


 と、「全て」の部分を強調するように話すと、モーゼスは再び「うぐっ!」と唸った。


 イブリーヌはそんなモーゼスに構うことなく話を続ける。


 「申し訳ありませんが、わたくしは今、セイクリア王国に戻るわけにはいきません」


 「し、しかし、ウィルフレッド陛下とマーガレット王妃様、そしてクラリッサ様も、貴方の帰りを待っているのですよ?」


 「ですが、今回貴方がここに来たのはお父様とは関係ないと言っていたではありませんか。そんな話を聞いた後でそう言われましても、全く説得力がありません」


 ズバッと言い返されてたじろぐモーゼス。


 しかし、それでもモーゼスは諦めずに何か言おうとすると、


 「というより、先程春風様は、貴方の要求に対して『お断りします』と仰ったではありませんか。でしたら、その時点でもうお話は終了したのではありませんか?」


 と、モーゼスを遮る様にイブリーヌがそう尋ねてきた。


 流石にこの状況はやばいと感じたモーゼスは、どうにかしなければと周囲を見回すと、


 「おお、ゆ、勇者様方! 皆様からも、なんとかイブリーヌ様と春風殿を説得してくれませんか!?」


 と、美羽達に助けを求めた。


 だが、


 『無理でーす』


 と、美羽達は一斉に首を横に振るって断った。


 それを聞いたモーゼスはショックを受けたが、すぐに立て直すと、


 「さ、桜庭水音殿! 貴方からも何か言ってください! 今、私に協力すれば、女神マール様に逆らった事をどうにかしますよ!?」


 と、今度は水音に助けを求めてきた。


 だが、


 「お断りします。そんなことしたら、僕がセレスティア様に殺されてしまいます」


 と、水音も首を横に振るって断った。それと同時に、セレスティアが顔を赤くして照れているのが見えたが、皆スルーした。


 「そ、そんな」


 最早打つ手なしと思い、モーゼスは顔を真っ青にすると、


 「そういうわけだ。ほら、話が終わったってんなら、そいつら連れてとっとと帰んな」


 と、ギルバートが「しっし!」と手を振ってモーゼス達に「帰れ」と促した。


 「……失礼しました」


 意気消沈したモーゼスはそう言うと、信者達とラルフを連れて謁見の間を後にした。春風達は、全員黙って彼らを見送った。


 しかし、彼らは知らない。


 謁見の間を出た時のモーゼスの表情は、とても聖職者とは思えない程、激しい怒りと憎悪に満ちていたことを。

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