第七話

 季節は夏になっていた。セミの音が森に響く。ロインたちの日課は樹に書かれたカレンダーに日付を刻むことだ、ゆえにベルダーシュは「時の管理者」とも言われている。だから星を読むのも重要な日課になる。

 

 ロインはこの時とうとう強大な魔法を唱えることが出来るようになった。


 特訓からわずか三か月。とうとうロインはここまで出来るようになった。


 「特訓は終了だな」


 (終わりか……)


 「勘違いするなよ、その強大な魔力は自分の実力じゃない。魔石の力のおかげだ」


 「そっか……」


 (そうだよな)


 「いよいよお別れだな……」


 (そっか、俺が本当のベルターシュになるのか)


 「最後の宴を経て俺は村を去ることになっている」


 ザイロはまた悲しい顔をした。


 「もっともまた会うのかもしれんがな」


 「流浪の民だから……?」


 「……」


 ザイロは答えない。


 「さあ、酋長に報告だ」


 酋長は喜びと悲しみを同時に抱えた。


 翌日ベルダーシュのザイロは最後にお前に教えることがあると言った。


 それは化粧法。いかにも女装しましたというベルダーシュはみっともなく周囲の尊敬も得にくい。


 ザイロはロインの艶やかな黒髪を結いあげ化粧で切れ長の瞳に見せる。そしてロインに口紅を塗っていく。ザイロはロインを白面の美少女に見えるようにする。最後に渡されたものが胸のパットだ。


 「サエンが二週間かけてお前のために作ってくれたものだ。胸に付けてみろ」


 胸にパットを付けるともうロインは完全に少年には見えなかった。切れ長の瞳で流し目をしようものなら男性でも見魅ってしまう怪しさをロインは身に着けた。勇壮な男の姿のザイロと違って姿だけならロインはもう超が付く一流のベルダーシュである。馬子にも衣装とはこのことだ。ロインは親を失って自信を無くしていたから出来なかったのだ。情緒を安定させればこんなにも伸びしろがある上に美少女にして美男子である。ザイロはちょっと嫉妬を覚えた。自分はそのようなベルダーシュにはなれなかったからだ。


 「最後にこれが女性ホルモンを増やす薬だ。定期的に飲めよ。道具屋に売ってる。だからといって男性ホルモンを減らす薬は飲むなよ。お前は男でもあるんだからな」


 (女性ホルモン……本当に俺は第三の性になったんだな)


 「これでもうお前に教えることはもう何もない」


 馬に乗るザイロ。


 「さらばだ」


 ザイロは手を振る。


 「お元気で」


 村人のスミンはわざとらしい悲しみ方をしている。いつも川の汲み場で噂話している女性である。


 「本当に……ありがとう」


 ロインは涙ぐんでいる。本当に悲しんでいるのはロインだけだった。


 部族全員がザイロを見送る。


 「また来いよ~」


 カナルが手を振る。


 「道具、安くするから~!」


 ザイロが見えなくなるまで村の全員が見送った。すると村の者たちが一気に豹変した


 ――やっといなくなったよ


 ――ああ、怖かった


 俺はますます村人に不信感を抱いた。


 蝉の声だけが響くように聞こえる……。聞かなかったことにしたい自分の自己防衛だろうか。

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