第2話

第2話 (その1)

 そもそも、やはり女の子に《イゼルキュロス》というのは変だとは思うのだ。

 イゼルキュロスと言えば、そもそもは王国の南、クロッカリア地方に伝わる伝承に登場する王子様の名前だ。王国で生まれ育った子供なら、誰だって一度はその名前を耳にしているに違いないくらい、おとぎ話の有名な主人公だった。

 だから、そもそもその名前を女の子につけるのはおかしいし、男の子にしたって少し大げさな名前だとは思う。でも兄に言わせれば、それは子供向けに改変されて広まった話の方で、元々の伝承を辿っていけば、イゼルキュロスというのは説話ごとに時には王子として、時には姫として登場するため、伝承の研究家の間でも諸説さまざまで、両性具有の存在だとすら主張する者もいるのだという。

「……だからといって、変でしょう。それが女の子の名前としてぴったりだ、という理由になっているとは思わないけど」

 そういった事もあって、私はあまり彼女をその名前では呼びたくはなかったのだ。

 ではなぜメアリーアンなのか……これも正直、あまり人に言いたくない話ではあったのだけれど、ともあれ私にとってはイゼルキュロスといえば、メアリーアンということにどうしてもならざるをえないのだった。

 そう――それは私がまだ、家族でカーマインシティに住んでいた頃の話だった。

 当時はまだ母と妹が健在で、私達一家は叔父……死んだ父の弟にあたる人物の元に身を寄せていた。叔父は父と一緒に兄弟で工場を共同経営していた資産家で、辺境で長く続いていた国境紛争のおかげで王国軍向けの仕事が好調だったこともあり、私達はそれなりに裕福な暮らしを送っていた。

 そんな当時、私達姉妹が通っていた幼年学級の学芸会で演じたお芝居の演目が、「イゼルキュロス王子とサラエサラス」というものだった。

 それは、放浪を続ける王子が、旅の途中で遭遇した霧の怪物サラエサラスを退治する、という筋書きだった。

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