第1話 (その3)
「……!」
私は思わず息を呑んだ。
けれど、悲鳴は上げなかった。
悲鳴はすでに、右腕がそうなった時に一度上げていたから、それで充分だった。
とはいえさすがにぎょっとしないではいられない。私は席を立つと、恐る恐る床に転がるその腕を拾い上げた。それを小脇にかかえたまま、彼女を叱責するように促して、書庫の外へと追い立てた。
腕をどうしたものか、と思いあぐねていたところで、階下で玄関の扉が開く音が聞こえた。吹き抜けの廊下から下の玄関の広間をみやると、戸口に兄の姿があった。
「兄さま!」
「ローズマリー、どうしたのだ?」
兄は私が小脇に抱えた腕を見やると、状況を察知した様子で、何食わぬ落ち着いた態度で呟いた。
「今度は左腕か。思ったよりも早かったな」
彼女を研究室に連れてくるように、と兄は言う。私はメアリーアンの残る右腕を引いて一緒に階段を下りていく。階下で待っていた兄は、さあおいで、と優しげな声をかけて、私には出入りを許したことのない地下の研究室へと彼女を連れていくのだった。
「他に何か、私の留守の間に変わったことはあったかい?」
「何もないわ。メアリーアンはずっと大人しかったわよ?」
私がそういうと、兄はやれやれ、と言いたげに首を横に振った。
「そうじゃない、ローズマリー。彼女は《メアリーアン》じゃない。クライアントがつけた名前がちゃんとあるのだから、勝手に別の名前を付けてはいけないよ」
「この屋敷に私と一緒にいる間は、彼女は《メアリーアン》なのよ」
私はそっぽを向いてそう反論したが、兄は人から依頼を受けて彼女を「造って」いるのだから、いかにも分が悪いのは私の方だった。兄は少し肩をすくめただけで、それ以上は何も言わなかった。
さあこちらにおいで、イゼルキュロス――そう言って、兄は彼女とともに研究室の扉の向こうへと消えていく。
(第2話につづく)
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