第1話 (その2)
元々整頓の行き届いてない書庫なのに、彼女が立ち入って本を倒したとなれば、私が兄に渋い顔をされてしまう。それで屋敷の立ち入りを禁じるほどに兄は度量の狭い人物ではないはずだったが、屋敷に出入りを許されて、書庫の本を自由に閲覧してもよいなどという事は、そうそうあることではないのだ。なるべく印象を悪くするのは避けたいところだった。
個人収集にしてはそれなりに膨大、床に無造作に積まれている本の山の中に町の図書館でもまず見つけられないような希少本が平然と混ざっているような、そんな書庫なのだ。夏期休暇の課題のレポートぐらいで利用させてもらうのは逆に勿体ないくらいの環境だった。
……ただし、彼女の存在は別にして、だったけれど。
そもそも、兄は屋敷に私が出入りすること自体を普段からあまり快く思ってはいなかった。そんな私が休暇の間この屋敷に滞在する代わりに、仕事で留守がちになる兄に代わって彼女が面倒を起こさないように見張っている、というのが兄が私に屋敷への出入りを許可した条件だったので、私としては否も応もなかったのだ。
普段の彼女に手を焼くということはほとんど無かったのだけれど、四六時中常に目を光らせているというのはそれはそれで難儀だった。どれだけ言い聞かせても書庫に入ってくるのは、この場所がそんなに気になるのか、それとも私がここにいるからか。
その日も、いい加減レポートの骨組みを組み立てて下書きを終わらせてしまいたかったのだけれど、結局は彼女に邪魔されてしまった。
私は書架から書架へ、間の通路を順番に見て回る。
向こう側で、何かが動く気配。
ひょいと覗いてみると、人影が書架の間をゆっくりと横切っていくのが見えた。となりの通路に回り込むと、そこに彼女が呆然と立ち尽くしているのが分かった。
「……どうしたの、メアリーアン?」
問いかけても答えはなかった。もちろん、彼女が私の問いかけに何か返事をしてくれるわけはないとは知っていたのだが……次の瞬間、私は彼女が何故私の元にやってきたのかを理解した。私が見ている今この場で、唐突に左腕がふっと肩から抜け落ちたかと思うと、床の上にごとりと音を立てて転がったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます