第2話 情報屋

 拓真は街にある、公園のベンチに座り込んでいた。

 ポプラで囲まれた広場には、子供を遊ばせている主婦の姿が見える。

 子供は楽しげな声を上げ、それを見ている母親の表情は嬉しげにしていた。

 拓真は、そんな光景を見ながら、由紀恵のことを考えていた。

 金を工面することができない自分が、できる最大限のことを考えると、もうソレしか無かった。たとえソレが、どんなに間違っていてもだ。

 拓真が思い悩んでいると、誰かがベンチの裏に座るのを感じた。

「待たせたな」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 その男は、砥粉色のジャケトとサファリハットを目深く被った男だ。

 髪もヒゲは伸び放題で、ボサボサになっている。

 まるでホームレスのような風貌の男だ。

 男の名前は、山田太郎と言った。

 本名なのか偽名なのか拓真は知らないが、情報屋であることは知っていた。

「情報は?」

 拓真は、切羽詰まったような口調で訊く。

 すると、太郎は口元をニヤッと歪ませて言う。

 その笑みは、どこか小馬鹿にしているような印象を受けるものだった。そんな態度に、拓真は苛立った様子を見せる。

 すると、太郎はこう言った。

「佐枝由紀恵が借りているのは、『いつもファイナンス社』だ」

 それは、由紀恵が借金している中堅規模の金融会社の名だった。

 しかも、今の金利は15%だという。

 貸金業法で定められた上限金利は元本が100万円以上の場合、年利にして15%になっているので貸金業法は守られているが、借入時は5%から始まっているので3倍の金利となっている。

 しかも、その金利は単利ではなく、複利という罠まであった。

 複利は元本だけでなく、利子にも利息がついていく方式。この単利と複利の2つを比較すると当然ながら支払額は複利が大きくなる。

 徐々に金利を上げて、そんな金利で金を貸すなんて普通では考えられないことだ。返済前に債務者が死ぬことになる。

 拓真は、太郎が持ってきた情報を疑う。

「おいおい。俺の情報を疑うのかよ。なら、とっておきの情報を教えてやろうか?」

 太郎は、含みを持たせて言い、拓真は耳を近づけて訊く。

「『いつもファイナンス社』は裏では地上げ屋に繋がてるってことだ」

「なに? じゃあ佐枝さんは初めから追い詰めるために計画されていたってことなのか」

 拓真は、その内容を聞いて驚く。

 それは、あまりにも非人道的な方法だからだ。低金利で貸付、真綿で首を締めるように徐々に金利を上げて経営難にし、最終的には土地と建物を奪い取る算段というものだ。

 何か裏があると思ったが、拓真は納得した。

 なお、地上げとは、建物の用地を確保するため、地主や借地人と買い取り額や立ち退きを交渉して土地を買収する行為のこと。 街区中に“虫食い”状態で点在する土地を買収して大きな土地に変えるのが代表例だ。

 しかも路頭に迷った男は、カニ漁船に乗船させられ、体が売れそうな女は風俗で働かせられているという。

「佐枝由紀恵の次の就職先もあいつらは決めているとさ。見た目以上に若く見えるからな。歳をサバ読みさせて売るらしい。聞きたいかい?」

 太郎が言うと、拓真は睨む。

 揶揄するように太郎は笑う。

「ちくしょう。汚え……」

 拓真は、怒りの声を上げる。

「そうだよな。ということで、佐枝由紀恵を助ける方法があるんだが、どうする? 木鼠の旦那」

 太郎は冷静な声で言い、茶封筒をベンチの隙間から見せた。

「その情報を売ってくれ」

 拓真は、迷わずに答えた。

 由紀恵の店を出た後、拓真は公園のベンチに座り込んでいた。

 太郎は、拓真に情報を渡した後、すぐに去っていったのだ。

 渡された茶封筒の中には、1枚の紙が入っていた。

 そこには、住所と地図の他、見取り図が書かれている。

 それは、由紀恵が借金をしている金融会社だった。

 拓真は、それを見て決心した。

 由紀恵の店を救おうと。

 そして、由紀恵のことも助けたいと。

 拓真はベンチから立ち上がると、歩き出していた。

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