第3話 お互いの話
生まれ付き肌が白い――民族ではない。
だが『白い』。そう感じた。制服の上を脱いでおり、シャツの下は短パンだった。その太腿が露わになっている。包帯で隠れてはいるものの、それは一部だ。
程良い太さの綺麗な脚。
「またあなた……。どこ見てるの? 怪我自体は心配しなくてもそんなに酷くないわよ」
「えっ。あっ。……すまん。というか、どうした。…………また、上級生と決闘か」
ミセリアに言われて、視線を外したフォルト。彼女は彼の煩悩には気付いて居ないようだ。
逆に。
フォルトはミセリアとまともに目を合わせられない為、彼女の目が腫れていることにも気付かない。
「……だからなに? あなたもやめろって言うの?」
「…………誰かに言われたのか」
「っ! ……失言ね。私もまだまだ脇が甘い」
明らかに先程より怪我が増えている。今日の決闘で付いたのだ。そしてそれを、治療しに医務室に居る。
「(……正当に、ここに来てるんだろうな。サボり目的の俺と違って)」
その瞳。視線。フォルトは少し苦手に感じた。真っ直ぐなのだ。何も曲がっていない。
自分と違って。
「……隣、使いなさいよ。あなたも敗けて怪我してここへ来たんでしょ」
「…………あー……」
ミセリアは、フォルトの右腕を見た。包帯に巻かれているが、その奥から血が滲んでいた。フォルトはそれを隠すようにして、隣のベッドへ座った。
「あなたも弱いのね。2年生からある『
「…………」
ミセリアから、話題が振られた。少し意外に思ったフォルトだが、このまま無言で気まずいよりマシだと思った。
「違うな」
「は?」
「弱いのは俺だけだ。あんたは……。上級生に立ち向かえる強さがある。……目も」
「…………あなた、前期の体術の総合評価は?」
「……雑魚だぞ。Cマイナスの46点だ」
「私はEの22点。『雑魚』のあなたの半分の成績よ。私の方が『雑魚』。分かった?」
「…………関係無えよ。その弱さで『立ち向かう』のが強さなんだって俺は言ってんだ。心の有り様だよ。学校の基準なんざ関係無え」
「………………ふぅん」
何の事情があるのか知らないが。フォルトからすれば、彼女は既に尊敬に値していた。その小柄で。その筋力で。
そんなに怪我を負ってまで。
まだ『折れていない』からだ。
「…………ねえ、『
話題が変わった。ミセリアはフォルトに目を合せて話そうとするが、彼は目を合わせられない。
そも、女子とふたりでまともに話した経験があまり無いのだ。
「……ああ。つまらんぞ。体術の訓練よりつまらん。あんなもん動かせる訳ねえだろ。俺は落第だよ。来年はあんたと同級生だ。さっき俺がボコられた授業は『
「そうなの? 今の量産型は誰でも扱えるって聞いたわよ」
「……『キチンと訓練して勉強して覚悟した奴なら』誰でも、だな」
「あなたがやる気無いだけね」
「…………まあな」
「肯定するの? どうして? このウェントゥス士官学校に通うだけでも、学費は馬鹿にならないのに。あなたどこの貴族? そう言えば名前――」
「親の遺産だ。俺の金じゃないし、俺は元々ここへ通うつもりはなかった」
「!」
遺産。
その言葉で、ミセリアは黙ってしまった。自身と、重ねた。
「だが……。俺の親父を知る大人達は俺を期待して……。いきなり兵士とか言われても準備もしてねえしやる気ねえのに……。毎日疲れて帰ってすぐ眠っちまって。朝早くから訓練つって。あいつらにボコボコにされて……」
「………………」
つらつらと、言い出して。
「あっ。……いや、忘れてくれ」
そこで留まった。こんなこと。後輩の前で言うことではない。まだお互い自己紹介していない相手に、『甘えそう』になった自分を恥じた。
「(……自分を恥じてばっかりだな、俺は)」
その間も、ミセリアの真っ直ぐな黒眼がフォルトを捉える。
「……あなた、他にやりたいことがあったの?」
「………………さあな。忘れた。なんかあったようか気がするけど」
この回答に、またしても恥じた。ひと言余計だったと。まるでこの、後輩の少女が。
話を聞いてくれるような勘違いを。
「…………私のこと、知ってるんだよね」
「えっ。……ああ、まあ」
続いて。ようやく視線を切ったミセリアは、膝を抱えて三角形に座り込んだ。
フォルトは恐る恐る、彼女へ顔を向ける。
「『魔剣』。……座学でやったでしょ? サボってた?」
「いや……。『祈兵装』の起動キーだろ。持ってるぞ。流石に」
「見せて」
「……?」
フォルトは、ポケットから小さな鍵を取り出した。鍵だが、形状は剣だった。金属のような質感の、両刃剣……の、ミニチュア。
「『
「……親父の遺品だ。そんな大層なモンじゃねえよ」
「入ってる魔法は?」
「……確か、冷気だ。『凍結魔法』? 起動できたことねえけど」
「ふぅん。見たことあるの?」
「無い。俺は戦ってる親父を見たことは無え」
フォルトから受け取ったミセリアは、それを天井の電球に翳したり、端を持って振ってみたり。手遊びをした。
「And……re、o……。アンドレオね。あなたの名前?」
「……まあ、そうだ。家名」
「流石に知らないわね」
「だから貴族なんかじゃねえって」
「周りが期待……って。兵士として凄いお父さまだったの?」
「知らねえ。俺は軍人だった親父を知らねえから。大人達から聞いた話しか」
「どんな?」
「…………戦場でいつも平時みてえに冷静でリラックスしてたとか。部下を誰ひとり見捨てなかったとか。敵に対しては味方が怖がるほど激しかったとか」
「ふぅん。良いじゃない。格好良いお父さま」
「……ヤクザ顔の、キレ所がよく分からん意味不明なオッサンだったよ。結局お袋に逃げられて」
「…………私はね」
「ん」
魔剣を、フォルトへ返す。その際指が触れたが、ミセリアは全く気にしていないようだった。フォルトだけが、少し手汗を気にした。
「自慢じゃないけど、愛されてた。家族全員で、お父さまを応援してた。お兄さまも。いつも、出撃の時、私は怖くて泣いていたけど。いつも、無事に帰ってきて。……お兄さまの『電撃魔法』で敵の『祈兵装』の機能を破壊して、お父さまの『灼熱魔法』で一掃。シンプルに、最強と言われた」
「…………」
ミセリアは抱えた膝を。さらに抱き締めるように。
「些細なこと。家族をバカにされて……。昨日、『電撃』を。今日、さっき……。『燃焼』を奪われた。…………勝てないって分かってるのに。決闘を受けずにはいられなかった。生徒間の個人的な私闘は禁止。ましてや賭け事なんて……。立ち向かいたくて立ち向かってる訳じゃない。絶対に、退学になる訳にはいかない。先生には頼れないの」
「………………!」
そこで。
ミセリアも、はっとした。
「ごめんなさい。あなたに話すことじゃなかった。……忘れて。もう、どうしようもないし。明日……いえ。何でもない。何もないわ」
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