第4話 落ちこぼれ

「こんなこと、あなたに話しても意味は無いのにね。あなたが、話してくれたから。私も話さないと、フェアじゃないかなって、思ってしまったわ。忘れてね。どうせ、あいつには勝てない。もう賭けるものも無いから、決闘も受けてくれないと思うけど」






□□□






 その日は午後の訓練を丸々全てサボって。

 フォルトは寮の自室に籠もって、ベッドに仰向けになっていた。


「………………」


 彼女は、どんな気持ちでこの学校に来たのだろうか。

 ミークス大虐殺から5年。どんな生活だったのだろうか。

 家族を全て、一度に失って。

 再起できるのだろうか。


 そんな家族を馬鹿にされて。大切な形見を奪われて。


 彼女は立ち向かったのだ。


「……何を、悩んでんだ俺は。俺に関係無いことと……。俺より深刻なことだろ。おこがましい。一丁前に、何を他人のことで悩んでやがる。まず自分の悩みをなんとかしろボケ」


 自責。

 フォルトは今、自分の感情が分からなかった。とにかく自分を貶さないと、平静を保つ自信が無かった。


「……ほら見ろ。あいつのが強い。俺は馬鹿にされようが、結局は無気力だ。そりゃそうだろ。どうでも良い。バカにされても知らねえ。……俺に期待なんかすんなよ」


 下級生。

 士官学校に年齢での区別や制限は無いが、明らかに年下だろうと思う。小柄な少女が。


「………………明日は、『祈兵装プレアルマ』実践訓練か」


 魔剣を取り出す。精密機械である。中には『魔法』という、特殊なデータが入っている。それを挿し込み、『祈兵装』は起動する。入っている魔法を扱える。


「…………その通りだ。俺が聞いたからなんだってんだよな。マジで。……あの子は」


 もしかしたら。

 自分以上に悩んで。苦しんで。辛いのかもしれない。否。

 恐らくそうだ。見ず知らずの、その日会ったばかりの自分に話す内容じゃない。誰でも良いから、聞いて欲しかったに違いない。


「………………」






□□□






 次の日。


「よし。全員配置に着いたな? では号令で一斉に起動せよ」


 大運動場にて。黒いジャケット――『祈兵装プレアルマ』を纏った生徒が並ぶ。壮年の教師が合図をする。


「『起動フリューエント』!」


 その号令と同時に、各生徒は自身の『祈兵装プレアルマ』に、『魔剣』を挿し込む。丁度胸中央の位置に、差込口があるのだ。

 『魔剣』が挿し込まれた『祈兵装』は、その真価を発揮する。形を変えていくのだ。使用者の体型に合せて、ジャケットから鎧へと再構築されていく。数秒後には、ガルデニア連邦正規兵『祈士きし』の姿になっている。右手には標準装備の鉄剣が握られている。


 ……フォルト以外。


「…………なんで起動しねえんだよ」


 フォルトは『祈兵装プレアルマ』にきちんと、『魔剣』を挿している。父の形見である『魔剣』を。しかし、うんともすんとも。黒いジャケットから変わらない。

 そこへ教師がやってくる。


「『祈兵装プレアルマ』の起動には、強い意志が必要だ。専門用語で『祈り』と呼んでいる。『魔剣』に代表される、古代のテクノロジー『祈械きかい』とは、人の精神的なエネルギーが引金となっている。……フォルト。一般祈士の『魔剣』を使ってみろ。これなら、ある程度誰でも使えるように、必要な『祈り』の力を抑えてある」

「…………はい」


 受け取る。青く光る父の『魔剣』と違い、真っ黒の『魔剣』だ。今度はそれを挿し込み、息を整える。


「……『起動フリューエント』」


 正確には、差し込んでから右回りに半分回すのだ。それによって、『魔剣』に刻まれた情報が『祈兵装プレアルマ』へと伝わる。

 のだが。


「…………無理すね……」


 フォルトはいつも通り、起動できない。分かっていたとしても、凹んでしまう。


「何か無いのか? 強い意志は。何かを成し遂げてやろうとか。何かを守るとか」

「…………無い……っすね」

「何のためにこの学校へ来たのだ」

「………………すみません」

「はぁ……。とにかく、これが出来なければ話にならん。その悔しい気持ちを力に変えてみせろ」

「…………はぁ」


 教師は、フォルトの成績が芳しくないことは知っている。そして、やる気がいまいち感じられないことも。

 そんな生徒ひとりに構っている暇も無い。教師は他の生徒達への指導へと向かっていった。


「…………毎回、これだ。俺の『精神』って、マジでゴミなんだと、全員の前で晒される時間。精神論とかマジで意味分からん。……早く終われ」


 彼も、やりたくてこうなっている訳では無い。運良く上手く行っていれば、もう少しモチベーションがあっただろう。

 目的も無く。家族も無く。やる気も無い。将来のことも、どうでも良い。軍人になれなければどこかで働くだけだ。それも無理なら、野垂れ死ぬ。……別にそれでも良いとすら、思ってしまっている。


 ぽつりと。

 じっと。


 『祈兵装プレアルマ』を中途半端に羽織ったまま。フォルトは動かなくなってしまった。






□□□






「フォルト? 終わったぞ授業」

「…………あー……」


 しばらくして。

 ダンクがやってくる。彼はフォルトよりひとつサイズの大きい『祈兵装プレアルマ』を着用している。勿論、彼は起動もできる。


「まあそんなに、落ち込むなよ。思い詰めるなって。メシだぞ。食おう。メシ食ったら元気になるぞ。な?」

「…………あー……。先、行っててくれ。この『魔剣』、先生に返却しねえと」

「分かった。早く来いよ。いつもの席な」


 ダンクは、フォルトへ対して差別も偏見も無い。陰口もしないし、馬鹿にもしていない。対等な友人として接してくれている。

 それには、感謝をしなければならない。彼のお掛けで少し心が救われている。フォルトはそう思っている。


 ひとり残った、大運動場にて。


「今日はここだな。来いよ『お嬢様』。ラストチャンスだぜ」

「…………どうして闘技台でなく、ここなの? 昨日までと同じ、竹刀での決闘でしょう?」


 誰かが、やってきた。会話をしている。険悪そうな会話だ。男と、女。


「…………?」


 あの上級生と。その取り巻きと。

 ミセリアだった。

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