86 ゲヘナの深層へ!


「あなた達は魔王の居場所を知っているんですか?」


 その質問にハルートとマルートと呼ばれた少女たちは顔を見合わせます。


「って、言ってるけど知ってるハル?」


 ハルと呼ばれた少女は白い髪に同色の翼。


「私は知らないけど、知ってるマル?」


 マルと呼ばれた少女は黒い髪に同色の翼を。


 顔は双子のように瓜二つ、整いつつも幼さなさを残した容姿。


 互いは見つめ合った後、うーんと考え込み。


「「お前は知ってる三下?」」


 と、声を合わせてゲヘナの人に尋ねるのです。


「言うわけねえだろ!ていうかまともに答えようとすんな!」


「あー。コレは嘘をついている匂いだね」


「うん、まがい物の匂いだね」


 そしてハルートとマルートはわたしに向き直り


「「こいつが知ってるみたい」」


「うおおおおおおおいっ!!」


 と、明かしてくれるのでした。


「なるほど、やっぱりその人を懲らしめるしか方法はないようですね」


 なんとなくですが、この二人はわたしを騙すようなことを言はないと思われます。必要性もありませんので。


 魔眼を発動し、足を踏み込むとその臨戦態勢に気付いたゲヘナの人が身を強張らせます。


「おいお前ら!俺達とこの場所を守るのは魔王様の命令だろ!?ちゃんと仕事しろよ!?」


「残念ながら、それは本当だからね」


「ごめんねお姉ちゃんたち」


 二人はぴたりと声を合わせ


「「ここで死んでもらうからね?」」


 両翼をはためかせ、空を滑走すると真っすぐにこちらに向かってくるのです。


 恐ろしいのはその速度。


 眼で視えていても、体が追い付かないのでは意味がっ……!?


石の壁ストーンウォール


 ――ガンッ!!


 わたしの間に展開された防御魔法によって、直撃は避けます。


「大丈夫、エメ?」


「ありがとうございますセシルさん!」


 ――ピキピキ


「……え」


 ですが、セシルさんの強固な防御魔法に亀裂が至るところに走っています。


 これはマズいと直観したわたしはその場に反射的にうずくまりした。


 弾け飛ぶ岩石、屈んだわたしの上を風が吹き抜けていきます。


「……あれ、手ごたえなし」


「あ、転がってるよ。上手く避けたんだね」


 空に浮かんだままわたしを見つける少女たち。


 そのあどけなさと殺傷能力のギャップが恐怖感を感じさせます。


「魔法も使わないでこの威力……ちょっと普通の魔族とは違いますね」


 その言葉に二人はぴくりと眉間に皺が寄ります。


「魔族……私達をそんな一括りで呼ばないで欲しい」


「そう、私達は魔神……。魔族の中でも高位な存在なんだから。敬ってもらわないと」


 魔神……?


 魔族には他にも分類があるようで、しかも彼女達はその中でもかなり強い存在みたいです。


「でも魔王様の命令とは言え、今となってはあの魔人の駒使い……」


「死にたくなるよね」


 かと思えばゲヘナの人を指して魔人と呼んでいるハルートとマルート。


 あの人も、人ではないってことですか……?


「よおおおし!その調子でやっとけよ、俺は中に入ってるからな!!」


 そうこうしている内に、洋館に戻ってしまうゲヘナの人。


「そうはさせません、あなたには魔王の居場所を……!」


 追いかけようと、立ち上がり足に力を込めた時


「「それを私達が許すと思ってる?」」


 魔神が横合いから再びわたしを目掛けて滑走してきます。


「私が許していますわよ」


 その二人の頭上に炎の雨が降り注ぎます。


 リアさんの魔法が直撃していたのです。


 全身を炎に包まれた魔神たちは焼灼されていきます。


 ――バサバサッ!


 その炎の中、両翼が音を立ててはためています。


 最後の足掻きをしているのでしょうか……?


「エメさん、今の内ですわ。先にお行きになって!」


「え、いいんですか!?」


「また強固な結界でも張られたりしましたら厄介ですわ!障壁が再展開されない内に侵入するべきかと!」


 い、いいのでしょうか……。


 ですがリアさんの魔法が直撃していることですし、まだ倒しきれないにしても負ける事はありませんよね。


 わたしはリアさんの言葉を信じる事にしました。


「分かりました!後はお願いします!」


 わたしはそのまま洋館へと走り出します。


「シャルロッテさん、貴女もあの洋館に向かうべきかと」


「え、いいの……?」


「ええ、三人残れば数でこちらが上回ります。それにエメさん一人では心配ですわ、妹の貴女が見守ってあげて下さい」


「じゃあ私もエメを見守る」


「ならミミアも」


「私一人で戦わせるおつもり!?」


「「うん」」


「鬼畜ですの貴女方!?」


 何やら背後でいつもの談話の声が聞こえてくるのですが……。


 気のせいですよね?


        ◇◇◇


 洋館に足を踏み入れると、大広間が広がっていました。


 毛の長い深紅のカーペットが敷かれ、各部屋に伸びていく廊下や、二階に繋がる階段が一望できます。


 ゲヘナの人の姿は見当たりませんが……。


 魔眼では魔力の残滓が視えていました。


 まるで魔獣が通った跡のようです。


 ……人ならば現れるはずのない痕跡。


 これが“魔人”というのに関係があるのでしょうか。


 とにかくその後を追い、廊下を渡って部屋の扉を開けます。


 ――キィィィィン……


 それはアンティークな洋館の雰囲気には不釣り合いな、規則的な機械音。


 そして、その部屋の中は更に異様な光景が広がっていました。


「何ですか、これ……」


 左右に並んでいく水槽のような入れ物。


 ガラスのような材質で中を覗くことのできるそれは、わたしの上背より高く、その中身に目を疑いました。


「なんで、人と魔獣が……?」


 各容器には魔獣と人が収まり、液体に浸されています。


 その背面にはコードとポンプが伸び、血管のように張り巡らされ更に部屋の深層へと伸びていきます。


「げえっ!?なんでお前がここに来るんだよ!?」


 部屋の中央に立っていたのはゲヘナの手下。


 その光景に唖然としていて、気付くのに少し遅れてしまいました。


「なんですか、これ。何をしているんですか……?」


「アイツら、魔王様の命令も遂行できてねえじゃねか!これだから気まぐれな魔神は嫌いなんだ!!」


「答えて下さい!!」


 なにか、見てはいけないモノを見たような気がして。


 わたしはゲヘナの手下に飛び掛かります。


「ちっくしょ、死んどけよお前……!」


 彼の魔法の腕は既に知っています。


 それよりも速く懐に飛び込んで――


「むっ!!」


 わたしは他の気配を察知して足を止めると、背後を振り返ります。


 不意を突いて、飛んできていたのは蹴り。


 わたしはそれを右手で防ぎきると、空いた左手をかざします。


黒弾アーテルバレット!!」


「ッ……!?」


 ――ガンガンッ!!


 放たれた黒弾によってもう一人のゲヘナ、長身の男が吹き飛んでいきました。


「もう一人いたことはちゃんと覚えていますよ!以前は気配を感じ取れませんでしたが……今回はばっちりです!」


 前回も同じように不意打ちされて痛い目に遭いましたからね。


 わたしだって学習しているので、お返しです。


 部屋の扉を突き破り、大広間へと放り出された男はむくりと起き上がります。


 わたしの魔法によって覆われていたローブは破られ、隠されていた容姿が露になります。


 ですが、その姿に自分の目を疑ってしまいました。


「……え、ウソですよね?」


 そこに立っていたのはブラウンの髪に、中性的で綺麗な顔立ち、すらりと伸びる手足の長身の男の子。


 学園主席の優等生。


「あはは。参ったなぁ、バレちゃったか」


 ギルバード・クリステンセンその人なのでした。


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