87 すっごい嫌なことを言ってきます!


 ジンジンと、蹴りを防いだ右腕に痛みが走ります。


 魔術で身体強化はしていました。それでもこれだけ痛みを伴う打撃を打ち込めるのは並大抵の人ではありません……。


 これが、学園主席の実力ということでしょうか。


「ギルバード君、あなたはどうしてここにいるんですか?」


 それに対してギルバード君は何食わぬ顔で首を傾げます。


 お願いですから、間違いであって欲しいのです。


 魔法士の仲間、それも学園一の存在が反魔法士組織の一員だと思いたくないのです。


「どうしてここにと尋ねられると、それは……」


 ――バンッ!


 ギルバード君の言葉を遮るように、正面玄関の扉が力強く開きます。


「ちょっと!あんた!早まったことしてないでしょう……ね」


 そこに現れたのはシャルなのでした。


「やあ。本当に姉妹揃って仲がいいんだね」


「……ギルバード」


 スマイルを見せるギルバード君に対し、ポーカーフェイスを装いつつも動揺を隠しきれずにいるシャル。


 ……はっ!?


 い、いけません。この状況はいけません!


 今まで何だかんだとはぐらかされてきましたが、わたしはシャルの初恋の相手はギルバード君なのではないかと睨んでいたのです。


 恐らく、あの動揺はそこから起因するもの……!


 そんな淡い恋心が、こんな幕引きをしていいわけがありません。


 もっとオブラートに包んであげないと……!


「シャル、これは違うのっ!きっとギルバード君もゲヘナの秘密を暴こうとして……」


 そうです、そうです。そうに違いありません。


「んなわけないでしょ!?なんでこいつの肩持つのよ!?」


 一蹴されました。


「いや、だって……」


「言いなさい!この状況でこいつに味方する理由を……!」


 おお……シャルの憤怒がわたしにまで……。


 シャルは大股で歩き出すと大広間とギルバード君を横切り、わたしの隣に来て肩を力いっぱい掴んできました。


「……まだギルバード君が悪者と決まったわけじゃ」


「外ではあいつらが得体の知れない魔神と戦ってくれてんのに、そんなテキトーな発言は許さないわ!ほら、吐け……!」


 ガクガクと体を揺すってくるシャル。


 し、知らないからね……。


 本人目の前にいるのに、知らないからね……。


「だってシャル、ギルバード君が好きなんでしょ……?」


「……は?」

 

 知らなくてもいい事実だって、きっとあるのに……。


「あれ、そうだったの?」


 それに驚いたように目を丸くするギルバード君。


「そんなわけないでしょ!お前みたいな男をわたしが好きになるかっ!!」


 出ましたよ。シャルの照れ隠し。


「シャル、そんな恥ずかしいからって大声出して……」


「そっか。何だか僕まで照れちゃうな」


「こっ、こいつら……!!」


 その反応にシャルは頭を掻きむしっていました。


「違うから!……わたしが好きなのはこいつ!」


 シャルはそのまま何かを吹っ切るように指差しているのです。


 わたしの方を。


「え……?シャル……?」


 その、今話している“好き”は完全に恋人の話であって、LOVEなのであって、性的な意味も含まれているのであって……。


「あ、いや……そ、その……っ」


 わたしの視線から目を泳がせているシャルは、みるみる内に頬を染めていて。


 それはまるで本当に恋心を抱いている少女のようで……。


「あ、あのお姉ちゃんちょっとビックリで、何て言ったらいいのか……」


 その言葉にシャルはぶる、と身を震わせていました。


「それも違うからっ!“わたしが好きなのはこいつが知ってるわけない”って意味よ!!」


「ええ……?」


 なんか、それ、ちょっと言葉がムチャクチャな気が……。


「そんなわけないでしょ!?ギルバードは論外だけど、あんたもそういう意味で好きとかあるわけないでしょ!?姉妹よ、わたしたち姉妹よ!?」


 まくしたてるシャル。


 あ、まあ……そうだよね。そりゃそうだ。


「あ、あはは……そっか。そうだよね、姉妹だもんね。そんなのあるわけないのに、ちょっとビックリしちゃった」


「そ、そうよ……ないでしょ、そんなの……」


 あれ、シャルの言葉に同意してるのにちょっとずつ落ち込んでるのは何故でしょうか……。


「こんな誤解を招いたのもあんたのせいよギルバード。ゲヘナなんでしょ、さっさと吐け」


 あ、これ多分八つ当たりです。


 何となく分かりました。


「そうだね。僕はゲヘナに所属している」


 あっけらかんと認めてしまうギルバード君。


 ……何かの間違いであった欲しかったのですが。


「ゲオルグさんの記憶を消したのは貴方だったのですか?」


 わたしは意を決して、ギルバード君に事の経緯を追求します。


「うん、アレは僕がやった。彼ね、魔人にしてあげたら自分の力を誇示することに躍起になり始めちゃってさ。フェンリルは勝手に持ち出すし……あのまま放っておくと、ここの秘密を洩らされると思って口封じすることにしたんだ」


 にこやかに話す彼の表情は、爽やかなギルバード君そのものです。


 ですが、その笑顔の裏にある出来事が辛辣すぎて、そのギャップが異様にしか感じられません。


「魔人にしてあげた……?ここの秘密……?」


「さっきの部屋見たでしょ。人間に魔族の遺伝子を配合させて、より強い存在に昇華させたのが“魔人”、ゲオルグやそこにいるガビも人工的な魔人だよ」


 小柄な男の人はガビと言うみたいです。


「……分かりません。どうして、そんなことするんですか?」


「だって、人間の組織力って強固でしょ?だから魔王様は外部じゃなくて内部から破壊しようって考えたのさ。それで僕に白羽の矢が立ったってわけ」


 人間としての存在を歪めているのも驚きですが、それにもまして“魔王”という単語がここでもやはり出て来ます。


「やはりゲヘナは魔王に繋がっているんですね!?」


 それにガビという人は眉をひそめます。


「おい、ギルバート!何でそんな根掘り葉掘り教えんだよ!!さっさと殺せよ、その女!!」


「……もう、事を急ぐなよ。僕はちゃんと意図があって教えてるんだ」


「部外者に情報を漏らす意味なんてねえだろうが!!」


「そうだね、部外者ならね。でも彼女は僕たちの仲間になれる存在だからね」


 そう言ってギルバード君はわたしに満面の笑みを向けるのです。


「え、それって、どういう意味ですか……」


「ゲヘナはね、基本的に魔族の……魔人しか入れないんだ。だから君にはその資格がある」


「言っていることが全然わかりません……」


 ギルバード君が言おうとしている言葉に、悪寒が走ります。


 聞きたくない台詞、その恐怖に今にも息が詰まりそうになります。


 そんなわたしの気持ちなんて露も知らず、ギルバード君はいつもの表情のままで。





「――だって、君も魔人でしょ?」





 一瞬、頭が真っ白になりそうになったのを必死で食い止めます。


 このまま黙ってしまっては、それを認める事になりそうで。


「なにを言ってるんですか……?わたしは人間です、だからこうして魔法学園に通って……」


「ゲオルグ先輩だって魔人だけど魔法学園に通えていたよ。それは証明にならない」


「ではギルバード君は何を根拠にそんなこと言ってるんですか……わたし、わたしは……」


「その眼」


「……っ」


「魔王様が持つ“可視の魔眼”、そんなものを保有している存在を人間とは呼ばないよ。その証拠に君は闇魔法しかまともに使えない。体の一部でも魔族の遺伝子が組み込まれているのなら、立派な魔人。君は魔族側の存在だよ」


 聞きたくない、聞きたくないです。


 そんなの、嫌です。


「だから人間のふりをしていないで、君はこっちに来るべきなんだ」


 わたしは、そうならない為にここまで――

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