59 見たことのない場所を探してみましょう!
「さて、フェルスと言っていましたよね。リアさん」
聞き慣れない土地ですが、そこにゲヘナがあるかもしれないとのこと。
今すぐにでも飛び込みたい所ですが何も知らない状態で行くのはあまりに危険です。
事前準備をしないといけないでしょう。
放課後の図書室に訪れます。
地図や土地の解説書のような物がないか探しに来たのです。
本棚を見て回ります。
意外、と言ったら失礼になるかもしれませんが学園の図書室はかなり広いです。
2階も併設され魔法の専門書から一般教養まで幅広い本が並んでいます。
普段あまり図書室を使用しないわたしにはこの広さだと目的の本を探すのも一苦労です。
「——何しているのエメ?」
落ち着きのある声がわたしを呼びます。
図書室で声を掛けてくれる方は、知り合いに一人しかいません。
「セシルさん。いらっしゃったんですね」
小脇にいくつかの本を抱えて不思議そうにわたしを見つめているのは青髪の少女、セシルさんでした。
「筆記試験があるわけでもないのに、エメが図書室にいるのは珍しい」
いえ、セシルさんが図書室にいるだろうことは当然想定していたのですが、あえて声を掛けなかったのです。
フェルスを調べていることを知られて、それかを根掘り葉掘り聞かれたら上手く誤魔化せる気がしなかったので……。
お話してくれる間柄で、ゲヘナについて知らないのはセシルさんだけです。
危険が及ぶ可能性がありますので、黙っておいた方がいいのです。
「あ、あはは……ちょっと調べ物をしていまして」
「いいよ、探す。何の本?」
や、優しい……。
セシルさんがわたしのために率先して本を探してくれるなんて……。嬉しいです。
まあ、地図の本を探してもらうくらいなら問題ないですよね?
むしろそれを隠す方が不自然というものです。
「ちょっと地図を見たかったんです」
「それならこっち」
セシルさんが先を歩いて案内してくれます。
心なしかルンルンと小躍りしているようにも見えます。
「セシルさん、何かいいことでもありました?」
「い、いいこと……?いや別にっ」
慌てて顔を左右に振るセシルさん。
わたしの気のせいみたいです。
「この辺り」
セシルさんが案内してくれたのは図書室の中でも最も奥まった場所でした。
窓がないので薄暗く、しかも本棚の下段を指差しています。
これ、わたし一人では見つけられなかったかもしれません。誰も使わないのでしょうか?
「ここの生徒は外のことより、まず自分」
わたしの疑問を察したように、先に答えてくれました。
魔法士として一人前になることが最優先で、外に気を配るのはその後という意味でしょう。
「使わない物は奥にしまう事になりますよね」
こくん、とセシルさんは頷きます。
「それで……?どうしてエメは地図に興味があるの?」
「え、それは、その……」
あ、いけません。
どうやらこれはセシルさんの疑問の前振りだったようです。
「ほら、わたし田舎者じゃないですか?あまり外のこと知らないので、調べたいなって」
「アルマンの学生は帝都出身がほとんどだけど、みんな帝都しか知らない。それでも外のことはあまり気にしてない」
田舎者とかは関係ない、と言いたいんですね……。
「具体的にどこを調べたいの?」
にじり寄るセシルさん。
わたしは本棚を背にしているので行き止まり、セシルさんとの距離は近づくばかりです。
「い、いえ……さらっとこの周囲のことを知りたかっただけですけど……」
「エメは自分の目的に貪欲。そんなふわっとした目的じゃ動かない」
何か見透かされたようでドキッとしてしまいます。
「いやいや!そんなことないですよ!わたしは気分で動く子ですよ、むしろそんなことばかりかもっ?」
そんな動揺が伝わらないように、言葉をまくしたてます。
ジーっとセシルさんはわたしを見つめ続けるので息が詰まりそうになります。
ですが、それも長くは続きません。
はあ、とため息を吐くとセシルさんは一歩引くのでした。
「確かに、そういうこともある」
納得してくれたのかセシルさんは踵を返します。
「わたしはいつもの場所にいる、もしまた用があったら言って」
それだけ言い残すと、背を向けて歩き出すのでした。
「あ、はいっ。ありがとうございますっ」
わたしはセシルさんの背中に一礼をするのでした。
……あぶない、危ない。またボロを出すところでした。
ですが、今回は上手く誤魔化せたので良しとしましょう。
「さて……。どれにしましょうか」
比較的新しそうで分かりやすそうな大き目な本を選んで開きます。
大陸の全体像、その中心には【帝都クラルヴァイン】が描かれています。
そこから北東へ200kmほど先に【フェルス】の文字が書かれていました。
「200キロメートルですか……」
思っていたよりは近いような気もしますが、距離としては結構あります。
フェルスのページに飛んでみます。
途中でいくつかの町を経由できるようですが、残り100kmからは人間の生活圏ではないようです。
草と砂だけが描かれた簡素な絵だけが描かれています。
備考の欄には、【詳細不明】とだけ表記されていました。
「うーん……。道はこれで何となく分かりましたが、他の情報は全くないですね」
ですが、それでも構いません。
魔王に近づくチャンスがあるのなら、そこに飛び込むしかありません。
「とりあえず、学園で分かることは調べられましたかね」
わたしは本を閉じて、棚に戻します。
「……なんか、ちょっと冷えますね」
ひやっと背筋に寒気が走ります。
冬にもなると一番暖房から遠くて暗い部屋は気温が下がるようです。
セシルさんの所に顔を出そうか迷いましたが、また疑問を抱かれるのも怖かったのでそのまま出口へ向かうのでした。
◇◇◇
【セシル視点】
「
わたしは氷を極限に薄く引き延ばし、鏡のように映る魔法を展開する。
いくつも出現させ、光を反射させる。
見たいのはエメの手元。
幸いにしてエメが本を選んでいる場所は薄暗い。氷面鏡を影に忍ばせる。
エメは全体の地図を見た後、ページをめくる。
「……フェルス?」
聞いたこともない土地を見ていた。
そんな所に用がある人間などいるのだろうか……?
そんな疑問を抱いていると、エメは本を閉じた。
「あ、まずいっ」
振り返られては魔法に気付かれる。
「
氷面鏡を解除する、だが急ぎ過ぎたせいで氷がわずかに飛び散ってしまう。
エメはぶるっと身を震わせていた。
「バレた……?」
不安になったが、エメはそのまま図書室を後にしていた。
どうやら気付かなかったようだ。
ほっと一安心しつつ、すぐに疑問が頭をよぎる。
「フェルス……。フェルスに何があるの……?」
何の意味もなしにあんなページを開くことなんてありえない。
何もない土地だったからこそ、エメが見たのには絶対に理由があるはずだ。
エメは何かを隠している。
気になって仕方ない、でもきっとエメは聞いても答えてくれない。
彼女は自分の話になると途端にはぐらかすのだ。下手糞な演技をしながら。
「だけど、ここまでする必要もない」
しかし、エメの行動を盗み見しようとするのは別問題。おかしいのは自分だと分かっている。
逆の立場だったなら軽いホラーに感じるだろう。知らない所で見られているなんて気持ちのいいものじゃない。
「……エメの、せいだからね」
それでも、いけないことをしているとは分かっていても止める事はできない。
色々な感情を押し殺してきたけれど。
どういうわけか、これだけは殺せそうにない。
エメを意識してしまう自分の心に、嘘はつけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます