58 リアさんの情緒が不安定です!


「……それで、君たちが結界を破ったわけではないんだね?」


 逃走を図ったリアさんとわたしは何とか犯行現場は押さえられずに済みました。


 ですがその後、紛れ込むように合流してみるとヘルマン先生がいの一番にこちらに話しかけに来たのです。


 どうやらかなり疑われていたようです。


「は、はい……わたしたちは何も知りません……」


「ほんとにぃ~?」


 ヘルマン先生の視線が痛いです。


「ね、リアさん?」


 苦しくなって思わずリアさんにパスしてしまいます。


「上級魔法ではないと破れない結界なのでしょう?それでしたら私には不可能ですわ。私は中級魔法までしか使えませんから」


「……まあ、そうなんだけどさ。君たちならワンチャンあるような気がして」


「買い被りすぎですわ」


「だとすると上級生の悪戯?進級が掛かってるこの時期にそんな内申点落とすようなことするかなぁ……?」


 先生はブツブツ言いながら去って行くのでした。


 ちなみにエヴィルボアはちゃんと持ち帰っているので課題はクリアしています。


「ごめんなさいリアさん。わたしの嘘に付き合ってもらって」


「いいえ、本当のことを言っただけですわ。私が中級魔法までしか使えないのは事実ですし、エメさんの事は聞かれていないので答えなかっただけのこと」


 ああ……なるほど。そういう解釈もアリなんですね。


 さすがはリアさんです。


        ◇◇◇

 

 課題を終えたわたしたちは教室へと戻ることにします。


 その道中、リアさんが口を開きます。


「ゲヘナの事が知りたいんでしたわよね?」


「あ、はいっ。教えてくれるんですか?」


「そういう条件で負けたのです、素直に教えますわ」


「ありがとうございます!」


「……ですが、その前に一つ先に聞いておきたいことがありますの」


 改めて聞いて来るリアさんの表情はいつも以上に真剣な様子でした。


「なんでしょうか?」


「さきほどの魔法は何だったのです?」


「ああ……」


 やっぱりそうなっちゃいますよね。


 見られた手前、下手な誤魔化しをしても仕方ありません。


「闇魔法と呼ばれる魔族専用の魔法がわたしには抵抗なく使えるみたいなんです」


「そんなことがありますの……?」


「魔眼の影響でしょうね」


 わたしもどこか他人事のように返事をしてしまいます。確たる事実は分かりません、誰も魔眼なんて持ってはいないのですから。


 リアさんはとりあえずは納得してくれたようで、話を進めます。


「エメさんはゲヘナの何を知りたいのですか?」


「ゲヘナの居場所を知りたいんです」


 その返答にリアさんは面を食らったようでした。


「そんなことを知ってどうするつもりですの?」


 魔王を倒しに行くんです!


 とは言えないですよねぇ……。


「いえ、リアさんも話していたフェンリルの件なのですが。どうもゲヘナが絡んでいたみたいでして。どこにいる人達なんだろう、と単純に気になったんです」


 そうですか……と、リアさんは曖昧な相槌を打ちながら説明を続けます。


「正直な話、居場所までは分かりません。それが分かっていれば魔法協会も少なからず手を打つでしょうから。今はほとんど放任状態なのが実状です」


「あ、そうなんですね……」


 残念なお知らせだったのです。


「ですが、ゲヘナの本拠地があると噂されている場所は知っています」


「え、そうなんですか!?」


「“フェルス”にあると言われていますわ」


「……ふぇるす?」


 初めて聞く地名です。


「帝都から離れた未開の地。魔族の領地にも近く、魔獣もそれなりにいるそうです。ゲヘナは反魔法士組織とは言え、大した規模ではありません。そして実害もかなり少ない為、そこに労力を割くような余力が今の人間わたしたちにはないのです」


 魔族との戦争を続けているがゆえに、小さな抵抗勢力を相手にしている余裕がないということですか。


 でも、それなら余計にわたしがやるべき理由になりそうです。


「わかりました!ありがとうございます、リアさん!」


 リアさんのおかげで進展できそうです。


 嬉しくなってリアさんの手を取り、ぶんぶんと上下に振ります。


 感謝の気持ちを表現したかったのです。


「……」


「リアさん?」


 リアさんがフリーズしていました。


 わたしの手をじーっと見つめたまま動かないでいます。


「……エメさん」


 その口調はいつもより、ゆっくりとしていました。


「なんですかリアさん」


「一つ、お聞きしてもよろしくて?」


「え、あ、はい。別にいくつでもいいですけど……」


 リアさんの視線が泳いで、少しだけ間が空きます。


 ですが、すぐに視線をわたしの目に合わせます。


 それはどこか意を決したような覚悟が伝わって来るようでした。


「貴女、恋人はいらっしゃいますの?」


「……へ?」


 聞き間違い、ですよね?


「ですから恋人です。将来を近い合った関係や婚姻相手でも構いません、そういった方はお決まりですの?」


「リアさん!?実はさっき頭打ったりとかしたんですか!?」


 話が180°変わりすぎて、何か良からぬ異変がリアさんに起きたとしか思えません!


「なっ……人が真面目に聞いていますのに!茶化さないで下さいな!?」


「リアさんの真面目がその質問!?やっぱり頭変になってますよ!?」


「失礼なことを仰らないで下さい!私は至って正常ですわ!」


「いやいや!絶対おかしいです!リアさんの口からそんな浮ついた話が出て来るわけないです!!」


「わっ……私だって、たまには浮ついたことの一つや二つ考えますわ!勝手に決めつけないで下さらない!?」


「そんなのリアさんじゃありません!」


「ですから、どうして貴女が決めつけますの!?」


 わたしの心配をよそに、リアさんの暴走は留まることを知りません。


「……隠して、隠していらっしゃいますのね!?本当は結ばれている人がいますのね!?」


「なんでそうなるんですか!?」


 いきなりの展開について行けなくて、二人で顔真っ赤っかですよ!


 リアさんは自分から言い出したのにですよ!?絶対おかしいです!!


「いいですのよ!いるのならいると、そう仰ってくれれば!」


 リアさんも引かないですねぇ……!分かりました、分かりましたよ!


「いないですよ!いるわけないじゃないですか!!」


 なんでこんな悲しいことを改まって言わなきゃいけないんですか!?


「……なるほど」


「えっ!?どうしてそこで落ち着くんですか!?」


 うんうん、とリアさんは納得しながら頷いています。


 ダメです。やっぱりリアさんおかしいです。


「ちなみに私もいなくてよ」


 キリッ、としながらそんなことを教えてくれます。


 全然キメる場面ではないですし。


 ……それに、さすがにそれはないですよリアさん。


「リアさん……。嘘は良くないです」


「え、ちょっと……どうしてそう受け取りますの?!」


「こんなに綺麗で賢くてお姫様みたいなリアさんに相手がいないなんて有り得ないですよ!バカなわたしでもそれくらい分かります!」


「……嫌ですわ、エメさん。いきなりそんな……」


 こ、今度はリアさんが何かイジイジしてるんですか……。


 感情がほんと読めません……。


「な、なにかしたでしょうか……」


「私の事をそんな風に見ていらしたの?」


「えっと……“リアさんに相手がいないのは有り得ない”って話ですか?」


「違います。その前ですわ」


「……“綺麗で賢くて強いお姫様みたいなリアさん”?」


「そう、それですわ!」


 満面の笑みを浮かべるリアさん。


 こんなに喜んでいる表情を見るのは初めてかもしれません。


「それに私に相手がいないのは本当ですわ。婚姻の話はいくらでもありましたが、全部断ってきましたから」


「す、すごいですね……」


 さすがは御三家令嬢……住む世界が違います。


「ええ。何百という男に賞賛はされてきました。ですが、どれも空虚で私の心に刺さることはありませんでした。その中で唯一、エメさんの言葉だけが歓喜に値する賛辞でしたわ」


「そ、そんなにですか……?」


 リアさん、褒められすぎてアホのわたしじゃないと喜べなくなったのでしょうか……?


「いずれはその意味が分かる日が訪れますわ!」


「は、はぁ……」


 後で保健室に連れて行きましょう。

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