57 リアさんの家庭事情!
【リア視点】
“バルシュミューデ家は男子が尊ばれる”
そんな薄情な事実に、私は物心ついた時には気づいていたのでした。
――男子は魔法士として名を上げ魔法協会の中枢へ。
――女子は名家の跡取りと婚姻を結び、人脈を広げる。
そんな分かりやすいほど古臭い価値観に囚われている家だったのです。
それもそのはず。この家はそうやって成り上がって行ったのですから。
代々受け継がれた伝統というのは抗いがたいもの。
それに流されてしまうのは仕方のないことでしょう。
「リア、これがお前の結婚相手だ」
学園に入学する前のお話。
お父様はどこぞの名家の跡取り息子の写真を見せて、私に結婚を強いたのです。
この瞬間を私は幼い頃から想像してきました。
いつかその日は来て、私の願いなど一切叶わない。
ただ、絶望だけがこの胸を埋め尽くすのだろうと、そう思っていました。
「……お目見えするのは、いつになりますの。お父様?」
ですが、空想と現実は違うもの。
その瞬間を迎えた時、私を突き動かしたのは強烈な怒りでした。
「リア、お前どういうつもりだ!?」
結婚相手とされた凡庸な男と下らない時間を過ごして家に帰ると、血管がはちきれんばかりに怒りを露にしたお父様が姿を現しました。
「どう、とは何のことでしょうか?」
「とぼけるつもりか!お前、魔法を打ち込んで相手を気絶させたそうではないか!!」
「はい。私の夫となる者が私より弱いだなんて話になりませんの」
「意味が分からないことを……!そのせいで婚姻は破談だ!どうするつもりなんだお前は!!」
――どうするつもり?
それは私の意思を確認する言葉。
常に決められた人生を送らされるバルシュミューデの女にとって、その言葉には歓喜すら覚えました。
「お父様はご存じないかもしれませんが、私には魔法の才能がありますの。はっきり言わせて頂きますがこの才を活かさず、凡庸な者の子を生ませるだけの存在に成り下がるなど私自身が許せませんわ」
幼い頃から好きでもない男子と結婚を強いられることを意識してきたせいかもしれませんが、私はいつからか根っからの男嫌いになってしまったのです。
それなのに、私がどこの馬の骨とも知れぬ男と結婚し子供を産む?
想像するだけで寒気すら覚えました。
「魔法士にでもなるつもりか……!?だが、それはお前の兄たちが担ってくれている。その役目は必要ない!」
お兄様方は既にアルマン魔法学園を卒業し、魔法士として活躍されていました。
けれど、その誰もがステラにはなれても首席として卒業することは叶わなかったのです。
「私なら主席で卒業してみせます」
「お前……本気で言っているのか?」
「ええ、それにお父様がどんな婚姻の話を持ってきた所で、私より強い者でなければ受け入れません。全員燃やしてしまいますわ」
私の宣言を聞いてお父様は頭を抱えていました。
「……リア」
「なんですのお父様」
「お前はママに似て美人だし、賢いし、魔法の才まであるらしい」
「存じています」
「しかも自信まである」
「もちろんですの」
「……パパ怖い、お前のその自意識の高さ」
「客観的事実ですわ」
「……うん。そういう所を言ってるのね」
これは魔法学園入学後に知った話ですが。
お父様は、才覚に溢れながらもどこが常識外れな感性を持つ私に、どうやら普通と呼ばれる生活を送って欲しかったようです。
殺伐とした魔法士の世界ではなく、女としての生活を送って欲しかったと。
ですが、それは余計なお世話。
私にあるのはこの不条理に対する怒り。
男なんかより、私が最強であるということを証明したかったのです。
期待されてこなかった私自身の人生を、私自身の手で塗り替えたかったのです。
――ですが、その目論見は入学してすぐに頓挫します。
「……この私が、次席?」
私は今まで誰かの後塵を拝することなどありませんでした。
女子は勿論、男子にもありとあらゆる分野で凌駕してきました。
それが最も重要な魔法でいきなり遅れを取ったのです。
これにはショックを隠し切れませんでした。
しかも、主席はギルバート・クリステンセンとか言う男。
よりにもよって男だったのです。
「あははは!そうしたらパパ、ギルバート君との婚姻の話を結んできちゃっおかなー?そうしたらリアも断れないよね!だって主席で最強になることが結婚しない条件だもんね?ねっ!」
そして、それを知ったお父様のこの発言が苛立ちを最高に助長してくれました。
「卒業までのお話です!!卒業時に私が首席であれば問題ないはずですがっ!?」
あまりの怒りに魔法を全開にしてしまい、リビングにある絵画をいくつか燃やしてしまったのを見てお父様は絶句してしまいました。
「あ、悪かった、パパが悪かったから!卒業まで見ないと分かんないもんねー?だから燃やすのはやめようねー?」
魔法が使えないお父様は私の暴走を見ると、冷や汗をかくようになっていました。
ですが、私が遅れを取ってしまったのは紛れもない事実。
その事実は他の誰でもない自分のせい。そう思うと苛立ちは募るばかりでした。
そんな怒りを堪えて迎えた入学式。
私の目の前に現れたのは、あろうことか魔法すら使えない
目を惹かせる金髪ショートの女の子、顔立ちは可愛らしいのに、その仕草や挙動があまりに自信なさそうにするせいで印象を下げているその子は、エメと呼ばれていました。
『
――ぽしゅっー。
適性検査でエメさんが披露したのは、鎮火して煙だけを上げる魔法とはとても呼べない代物。
『ぷぷっ、あははははっ!私、フレイムすらまともに展開できないお方は初めて見ましたわ!流石はラピス、抜群の説得力ですわ!』
募らせていた苛立ちもあったのでしょう。
今になってみればとても失礼な話ですが、私は笑い転げてしまいました。
誰かを見下げる事で、自分が上なのだと思いたかったのかもしれません。
『あ、あはは……そ、そうなんです。わたし、まだ魔法上手く使えなくて……』
そんなわたしの挑発も笑って済ませるだけ、なんてプライドのない方なのだと。これだからラピスはダメなのだと、そう思っていました。
ですが、その印象は徐々に変わって行きます。
『安心して下さい、アレはわたしが倒します』
ガーデンで迷い込み、エヴィルボアを魔眼を駆使することで打倒するエメさん。
『リアさん、次のお休みの日は何か予定はありますか?』
魔法古書を読み込んでまで、魔法を習得しようとお願いをしにくるエメさん。
『リアさんっ!ちょっと危ないですよ!!』
そしていつの間にか、私の本気の魔法を掻い潜った末に魔獣まで倒せるようになってしまったエメさん。
彼女はプライドがないのではありません。常に自分の弱さと真摯に向き合い、戦ってきただけなのです。そんなことにようやく気が付いたのです。
そして、時は今に戻ります。
「リアさん!こっちです!」
「え、エメさん……?」
「このままだと先生に怒られます!逃げましょう!!」
「え、あの……」
エメさんと一緒に、森の奥へと走り抜けていきます。
いつの間に……、いつの間に私は彼女からこんなにも距離を離されてしまったのでしょう。
ついこの間までラピスと侮っていた相手に助けられ、今では手を引かれている。
主席を目指す私にとって、これは耐えがたい屈辱です。
「ですのに……なぜ、どうして……」
だと言うのに、なぜ怒りの感情が一切湧いてこないのでしょう。
ですが胸は締め付けられるように熱いのです。
だけど、明らかに怒りとは違う何か。その正体は分かりません。
けれど、彼女の横顔と握られている手を見ているとどこか幸福感に包まれているのはなぜですか……?
私は今、生まれて初めの感情に戸惑っているのです。
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