56 適性検査からしばらく経ちましたよね!
「リアさん、本当にやるんですね?」
開けた空間、生い茂るのは地面の雑草程度で障害物は何もありません。
これが吉と出るか凶と出るか……。
「ええ、エメさん遠慮はいらなくてよ。その魔眼、出し惜しみなさらないように」
「……いいんですか?」
正直、この力をクラスメイトに使うかどうかは躊躇いがあるのですが。
「全力でやらなくては意味がないでしょう?それもエメさんの能力なのですから」
「……わかりました」
リアさんにはわたしの魔眼のことは知られていますし、隠す必要もないですし。
それにこうでもしないとわたしでは戦いにすらならないかもしれません。
闇魔法はさすがにちょっと危ないですし、怪しい技なので隠しておきますが……。
眼にも魔力を通すと、リアさんの体が発光して見えます。
魔力が露になります。
「こうして対峙するのは入学式以来ですわね」
「そう言えば……そうですね」
適性検査だと言われて、リアさんの前で不出来な炎魔法を展開したのが懐かしいです。
……いえ、というか炎魔法まだちゃんと出来ないんですけどね。
変な方向性で伸びている気がしてならないのですが。今それには目をつぶりましょう。
「最初はどれだけ才能のない方が入学されたのかと笑ってしまいましたが、それは早計でした。この学園に無能が入学できるはずはないのですから」
「……いえ、わたしまだ魔法ちゃんと使えませんけどね」
「学園の基準でしたら貴女は確かに劣等生でしょう。ですが、こと戦場においてはその限りではありませんわ。そして重要視されるべきは箱庭での評価でななく、魔族への脅威に成り得るか。貴女にはその実力があるはずです」
「あ、ありがとうございます……」
嬉しい様な、気恥ずかしいような。
滅多に褒められないわたしが、リアさんに褒めてもらっていると思うと、感情が暴走しそうになります。
「――ですからね?」
空気が変わる。
というか燃えています。大気が燃焼されて、熱量を生んでいきます。
「そんな貴女を圧倒して、私は自分の実力を確信したいのです」
メラメラとリアさんの瞳が燃え上がっています。
本気のようです……!
「
――ボオオオ
炎の塊が飛んできます。
ですが、この程度なら肉眼でも避ける事は容易いです。
「――単純ですわね」
「え?」
ですがリアさんの余裕の表情は一切崩れません。
「降り注ぐ火炎に打たれよ――
――ブオオオオ!!
え、音が、燃え上がっている音が聞こえてくるんですがっ!
でも炎はどこにも見当たりません!
リアさんの魔力の残滓はフレイムに使ったもの残っているだけ……って、違います!
フレイムで展開した魔力に紛れ込むように、上空に伸びている魔力の経路。
「上ですか!?」
見上げると、空中に大量の炎の塊がまるで雨のように降り注いできています。
直撃一秒前って感じです!
「あわわわっ!!」
急いでバックステップを踏み、リアさんから距離を取ります。
降り注ぐ炎の塊を避けて行きますが、これは眼で見えているとかいないとかの問題ではありません。
圧倒的物量によって制圧されてしまいます。
「あづづっ!熱いです!!」
所々、避けきれずわずかですが被弾します。
学園の制服には多少の耐魔力が付与されており、燃えることはありませんがそのダメージが伝わってきます。
肌が焦げてしまうんじゃないかと思うほど熱いですが、何とか直撃だけは避けます。
「あら……多少かすめただけでしたか。相変わらず素晴らしい身体機能ですわね」
「リアさんの方こそ、魔法に紛れて別の魔法を仕込むなんて……そんなことする人いませんでしたよ」
「魔眼と聞くと身構えてしまいますが、詰まる所は視覚情報。視覚に頼るということは死角があるということ、それを突けばいい事ですわ」
なるほど、しかもさっきの
初級魔法が使えれば進級できる一年生でありながら、既に中級魔法を習得済みだなんて……末恐ろしい人です。
「ふふっ……エメさん、私知っているんですわよ?」
「え……何をですか?」
急に不敵な笑みを浮かべるリアさん。
「貴女、この前の洞窟ダンジョンでの授業の際に魔獣の中でも最上位と呼ばれるフェンリルを打倒したのでしょう?」
「え……なぜそれを」
それは一部の生徒だけが知り、しかも表向きは先生方が対処したと伝えられているはずですが……。
「私の情報網を甘く見ないで頂きたいですわね」
「リアさんは何でも知っていますね……」
「何でもは知りませんわ」
「あ、はい……」
当たり前のように否定されました。
「そんな大業を可能にしたのは、魔法古書などを読み、その実力を磨き上げた結果なのでしょう。その努力と研鑽は賞賛に値します」
あ、でも嬉しい……。
リアさん何だかんだ、わたしのことたくさん褒めてくれます……。
「ですから、そのエメさんを打倒しなければ私自身を許せませんわ!」
「ええっ!どうしてその結論になるんでしょうか!?」
前言撤回!やっぱりリアさん怖いです!
内から湧き出る炎のようなリアさんのやる気の源泉がわたしには分かりません!
「私は誰にも負けるわけにはいかないのです!全ての魔法士に打ち勝ち、その頂きに立つ者なのですから!」
リアさんが手をかざします。全身の魔力がもう大爆発を起こしています。
なまじ魔力が眼で見える分、なおさら怖いです!
――ブオオオオオ……ブゴブゴッ!!
ん……?
リアさんが展開している炎魔法の燃焼音に紛れるように、別の音が聞こえてきたのは気のせいですか……?
そうまるで、子豚さんのようなイノシシさんのような鳴き声……。
「さあ、燃えてしまいなさい!降参するなら今の内ですわよ!」
「リアさん、後ろ!後ろ見て下さい!!」
何と背後にはエヴィルボアの群れ!!
リアさんの魔法に気付いて寄ってきたのかもしれません。
「私に過去を振り返っている無駄な時間などありませんわ!」
ああ!炎のように熱いリアさんのやる気が悪い方向に……!!
「そういう情緒的な話じゃなくてですね……!後ろに、後ろにエヴィルボアがいるんですよ!!」
「そんな古典的なフェイクに騙される愚か者だと思っていますの!?」
「本当ですって!!」
――ボオオオオ……『ブゴブゴッ!!』
ほんと、いい感じに燃焼音に紛れますね鳴き声!!
ですが、本当にピンチです。リアさんに突撃していくエヴィルボアの群体。
このままではリアさんが怪我をしてしまいます。
「喰らいなさい!――
もうリアさんの底なしの魔力量!
プールの水を考えなしに放水する感じは才能の塊です。
気付けば、視界は真っ赤な炎の海。
ですが、距離をとった今なら多少なりと被弾はしても致命傷には至らず避ける事が可能でしょう。
ですが、それではリアさんが危ないです。
わたしはこの炎の海を掻い潜り、なおかつエヴィルボアを討伐しなければなりません。
それを可能にするには……。
「やるしかないですねっ!……
ゲヘナの人から習得してしまった黒い魔法障壁を展開します。
――ガガガガッ!!
炎の塊の直撃を受けますが、黒い壁は貫通を許しません。
その熱だけが伝播して妙に熱いですが、それは我慢です。
「エメさん、貴女いつの間に魔法を……!?いえ、しかしそれは一体……!?」
闇魔法を知らないリアさんは驚きに声を震わせます。
わたしは
「リアさんっ!ちょっと危ないですよ!!」
「ま、まさか私がエメさんに……!!」
虚を突かれ全身を強張らせているリアさん。
わたしはそのリアさんの横を通り抜けます。
「……え?」
状況を理解できずに声を上擦らせるリアさん。
わたしはそれには目をくれず、目の前に迫りくる魔獣の群体を前に手をかざします!
「危ないじゃないですか!――
――ギィイイイイイイン
黒い閃光が空間を走り抜けます。
『ゴビャアアアアアアア!!』
横なぎに一閃し、エヴィルボアに照射。
阿鼻叫喚の鳴き声が木霊します。
――バガアアンッ!!
爆発音が反響し、一掃し終えるのでした。
「……ふう。間一髪でした」
額にかいた汗の雫を拭います。
「エメさん……私の事を助けて下さいましたの?」
「え……あ、はい。危なかったので……」
顔をうつむかせるリアさん。
「か、完敗ですわ……」
紅い髪が垂れて、その表情は読み取れません。
「先生!なんか結界が破裂した音しませんでした!?」
「え……?いやいや、だからねキミたち。上級魔法じゃないと破壊できないようにした……って、マジじゃん!!え!!誰、あんなことしたの!?この規模の結界展開するのにどれだけ僕がサビ残したと思ってんの!?」
……あ。マズいです。
遠くでクラスメイトと先生のお話が聞こえてきました。
冷静に考えると
察するにわたしが結界を破壊してしまったみたいです……。
「なんか奥からリア様とエメさんが二人で叫んでたのは聞こえてたんですけどね?」
「またあの二人!?何なの!?ガーデンのエリアに来たら結界を破壊するルールでもあるの!?」
はっ!?先生が近づいて来ています!!
わたしはリアさんの手をとります。
「リアさん!こっちです!」
「え、エメさん……?」
「このままだと先生に怒られます!逃げましょう!!」
「え、あの……」
呆気にとられるリアさんでしたが、わたしが手を引くと困惑しながらも付いてきてくれます。
その手は炎のように熱く……ではなく、ほんのりと暖かいのでした。
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