60 学生ゆえの無力さを痛感しています!


「ん~……」


 わたしは自分の部屋のベッドに腰を下ろし、今後の動きについて頭を悩ませていました。


 フェルスの場所は把握しました。


 後は行動にいつ出るかと、具体的な行動計画です。


 学園はあと二週間ほどすると冬の長期休みに入ります。フェルスに行くとしたらこのタイミングでしょう。


 旅先では宿泊することになるでしょうが、人が住んでいる範囲では困難はあまりないと思われます。


 ですが、そこから先の100kmほどは情報のない名もなき道を進むことになります。野営も2~3日ほどは覚悟しないといけないでしょう。


 何にせよ、先立つ物が必要です。


 これが問題でした。


「お小遣い……もうないです」


 空になっているお財布を眺めます。


 両親は平民で共働き、それでいながら二人娘を帝都で暮らす為の生活費と学費を負担してくれています。


 (まあ、シャルはステラなので一年分の学費は免除なんですけどね……。こういう意味でもラピスのわたしは肩身が狭いのです)


 決して裕福ではないフラヴィニー家。


 当然、お小遣いは潤沢ではありません。むしろ、あるだけ驚きな状態です。


 パパとママは一体どんな魔法を使ってこんなにお金を用意してくれたのでしょう。感謝です。


 ……ですが。


「やっぱり、ないものはないんですよねぇ」


 当たり前ですが黙ってお金が増えてくることはありません。


 ないのであれば、増やすことを考えなければいけません。


「……となれば、まず出来る事はこれですね」


 わたしは部屋を出て、隣にある部屋の扉に向かいます。


 【無断侵入禁止】【絶対にノックしろ、返事があるまで開けるな】と書かれた張り紙が貼られています。


 ……シャルの部屋です。わたししか来ないのに、何をそんなに拒絶しているのか意味が分かりません。


 ですが無視するわけにもいかないので、大人しくノックをします。


 ――コンコン


「シャルー?ちょっといい?」


 ……


 あれ、返事がありませんね。


 同じことを何度か繰り返しましたが、やはり返事はありません。


 寝てるんですかね?


 とにかくノックもしましたし、声も掛けました。これなら問題ないですよね。

 

 わたしはドアノブを握って回します。


 ――ガチャガチャ


 開きませんでした。


「……なにしてんのよ、あんた」


「うわっ!シャル、いたの!?」


 背後から忍び寄るように声を掛けてきたシャル。


 気配を隠していたみたいで驚いてしまいました。


「リビングに用があったのよ。……それより、勝手に部屋開けるなって言ってるわよね?」


 あ、まずい……シャルの額に怒りマークが。


 どうやら怒らせてしまったようです。誤解を解かなければ。


「違うんだよシャル、先にノックして声も掛けたんだよ?それでも返事がないから開けようとしただけで……」


「【無断侵入禁止】が読めないわけ!?入ろうとすんなって言ってんの!!」


「そんなに怒らなくても……扉は開かなかったんだから、いいじゃん」


「あんたがそういう勝手な行動に出るから鍵を閉めるようにしたのよ!」


「えー、なにそれひどい。お姉ちゃんへの信用なし?」


「よくこの状況で言えるわね!?」


 それにしたって鍵は閉めなくても……。


 逆にそこまでして隠したい事って何なのかなって思っちゃいます。


「ふーん。シャルがそういうことするなら、わたしも今度から部屋の鍵閉めるからねー?」


「好きにすれば?わたし、あんたの部屋に行くことないでしょ」


「……言われてみればそうだったね」


 どうして姉ばかりで、妹は来てくれないのか。悲しいです。


「……まあいいわ。それで、何の用よ」


 意気消沈したわたしの姿を見て怒りの溜飲が下がったのか、シャルは髪を掻き上げながら乱暴に聞いてきます。


 よし、本題はここからです。


「お小遣いの前借りって、ダメ?」


「駄目」


「躊躇ないね!?」


 瞬きよりも早くシャルは即答するのでした。


「ママから言われてるでしょ。“エメにお金もたせるとすぐに無くしそうだから、金銭管理はシャルロッテに任せるわ”ってね」


「知ってるよ?知ってるけど、お小遣いはいいんじゃない!?」


 それに無くしそうっていうママのイメージもよく分かんないですけどねっ。シャルの方がしっかり者なのは認めますけどっ。


「ダーメ。そうやってお金を借りるのが常習化した成れの果てが、借金まみれのクズ人間よ。わたしはあんたをクズにするつもりはないわ」


「お、大袈裟だなぁ……」


「大きなミスは、小さなミスの積み重ねから始まるのよ」


「わかるけど、わかるけどさぁ……」


 でも、それとこれとは違うじゃーん。


 でも口論でシャルに勝てるわけないしぃー。


 どうしたらいいのぉー、もうっ!


「……あんた、何むくれてるのよ」


「だって、シャルが意地悪するんだもん」


 ふんっ!と頬を膨らませてそっぽを向きます。

 

 わたしに出来る精一杯の反抗的態度です。


「えいっ」


 と思ったらシャルが人差し指でほっぺを突いてきました!


 ぷしゅー、と息が漏れてしまいます。


「なにするの!?」


「空気なんて膨らませちゃって子供みたいでかわ……うざかったから」


 シャルは笑いながら人差し指をクルクルしています。


 どうやらわたしをからかって楽しんでいるようです。


「分かった、理由によっては考えてあげるわよ。なんで前借りなんてしたいわけ?そんなこと今までなかったじゃない」


「ええと、それは……」


 “ゲヘナの本拠地があるであろうフェルスに乗り込むための軍資金がいるのです”


 なんて、言えるわけないですよね。心配を掛ける……どころか全力で止められそうです。


 オブラートに包みつつ、本当にやりそうな行動を言ってみましょう。


「……旅に出てみたくて」


「却下」


 シャルは冷たい視線でわたしを一瞥すると、無言で部屋に入ります。


 ――カチン


 鍵を閉める音が妙に反響していました。


        ◇◇◇


 夕暮れに染まる帝都の街並みを眺めながら散歩しています。


 居づらくなってしまった我が家からの逃避行ですね。


「ん~……本格的に困りましたね」


 頼みの綱は断たれました。


 こうなったら別の手段を考えるしかありません。


 頭に浮かんだのは御三家令嬢と呼ばれる三人の少女たち。


 真摯にお願いすれば、お金を貸してくれそうな気もしますが……。


「それは気が進みませんね……」


 自分が始めた行動ですから自分でどうにかしたいですが、どうすればいいのやら……。


 途方に暮れそうです。


 その時、ふと通りかかった街路地の壁面に貼られている用紙に目が向きます。


 “日雇いスタッフ募集中”


 と、大きく書かれた文字。その後には労働の詳細な条件が表記されています。


「こ、これです……!」


 そうです、ないのなら自分で稼げばいいのです。


 日雇いでお賃金をくれる仕事、これなら残り短い時間でもお金を稼ぐことが出来ます。その中でも羽振りのいいものを選べばどうにかなるかもしれません!


 お仕事をしてみましょう!

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