36 ダンジョンを攻略するようです!


「じゃあ、今日はこれからダンジョンを攻略してもらいたいと思います」


 魔法実技が始まる開口一番、ヘルマン先生はそんな不穏な課題を提示してきたのです。


「先生!危なくないですか?」


 マルコ君が挙手でシンプルな質問を投げかけます。


「大丈夫、ダンジョンと言っても魔獣は低級のみ。君たちの実力なら初級の防御魔法を使えば怪我をする心配はない」


 ……あれ、その前提条件だと防御魔法を使えないわたしはどうしたらいいんでしょう。


「達成条件は中央部にある魔石を持ち帰る事。でも本当に危険だと判断したら戻って来てくれていいからね、無理はしないで」


 最初は何やら不穏な空気を感じていたわたし達も、これなら安全そうだと胸を撫でおろします。


「一学年とは言え中間試験も終わり、次は進級試験。そろそろ実戦的な訓練もしていかないといけないからね」


 説明が終わり、先生が案内してくれたのはガーデンにある一角。


 大きな洞窟が姿を現します。


「入り口は8つある、皆に一斉に行かれても評価できないから、均等に分かれて時間差で入って行ってね」


 今回の実技は一人で乗り越えなければいけないようです。


 わたしは一番最後にダンジョンへと乗り込みました。※我先にと入る自信は一切ありません。


「……何も見えません」


 まず、当たり前ですが洞窟なので明かりがありません。


 みなさん炎魔法を用いて道を照らしているのでしょうが……。


「ファイア」


 かざした手から炎が燃え広がります。


 ――ポシュッ


 ですが、その炎はボールくらいの大きさまでは燃えていきますが持続できずに鎮火しまいます。


 やはり、魔法としては未だ不完全であることに変わり有りません。


「……なぜでしょうか。かなり基本に忠実な経路で魔法は展開できています。速度は遅くなりますがその分、正確な構築が出来ているはずなのに……」


 もう一歩、という所で完成に至りません。


 その手掛かりがまた分かればいいのですが……。


「何はともあれこのままじゃ何も見えませんね……」


 次にわたしは眼に魔力を通します。


 魔力を可視化するこの眼は、魔力の残滓も光となって視覚化させます。


 先に炎魔法を展開して進んでくれていったクラスメイトのおかげで、道しるべが出来ています。


 助かりました……。


 暗い道を光を頼りに進んで行きます。


「ブゴッ!!」


 と思ったら、何やら魔力を帯びて突進してくる物体が……!?


 しかも、この鳴き声と動きには覚えがあります……!


 わたしは横に避けて、その突進を躱します。


「ボグッ!!」


 ――ガンッ!!


 わたしが避けるのは想定外だったのでしょうか、自分で洞窟の壁に激突しています。


 ぽてっと、横たわる音が聞こえてきます。


「……やっぱり、エヴィルボアでしたか」


 イノシシ型の小さな魔獣。


 魔力を帯びて突進を仕掛けてくるので、この暗闇でも対処できました。


「ですが、ガーデンの第2エリアで見た時のよりも随分と単調な動きでしたね。体力も少ないようですし」


 恐らく同じ魔獣でも、一年生の難易度に合わせてかなり弱いものにしているのでしょう。


 このレベルの魔獣でしたら確かに防御魔法で自分を守れば問題はないように思えます。


 今のように激突して意識を失いますから。


 わたしの問題はこの魔眼がいつまで維持できるか、ですね……。


 更に奥へと進んで行きます。


        ◇◇◇


 その後も何体かエヴィルボアは出てきましたが、同じように対処することは出来ました。


「これならわたしでも何とかなるんじゃないですか?」


 そんな自信が沸き起こってきました。


 だってほら、大きな空洞が見えてきました。しかも誰かが照らしてくれているのでしょう光があるのです。


 魔力もかなりそこに集中し始めています。きっとクラスメイトや魔石があそこにあるに違いありません。


 意気揚々とわたしはホール状の空間に飛び出します。


「――グルルルル!!」


「……へ?」


 あれ……おかしいですね。


 目の前にいたのは黒い毛に覆われた巨躯。


 四肢の先には鋭い爪が尖り、その眼は血に飢えるように瞳孔を光らせています。


 見た目で言えばそれは狼、ですがそのサイズがわたしより遥かに大きいです。


 どう見ても魔獣、しかもとても低級魔獣には見えないのですが……。


「ガアアアアッ!!」


 そして咆哮、その前足を振るい鋭い爪先をわたしに向けてきます!


大地の壁アースウォール!!」


 ――ガガガガッ!!


 その爪を防ぐように展開されたのは大地の柱。


 わたしを守ってくれるかのようにそびえ立ったその壁は、狼の一撃で簡単に粉砕されます。


 ですが、その一瞬でわたしは距離を空けることが出来ました。


「……あ、危なかったです」


「エメちゃん大丈夫!?」


 わたしを守るように魔法を展開してくれたのはミミアちゃんでした。


「ミミアちゃん!これは一体どういうことですかっ!?」


「わたしも分かんない!でも来た時にはコイツがいて、先に来てた皆には逃げてもらったの!」


「で、ですよね……?これ明らかにおかしいですよね!?」


「うんっ!本当は逃げたい所なんだけど、エメちゃんみたいにこれから来る人もいるだろうから、このままにしておけなくて……!」


 た、たしかに……。


 入り口が一つならまだしも八つもあるということが災いしています。


 一つのルートだけなら引き返せば伝えられますが、八つはそうはいきません。


 大きな魔力の本体はどうやらこの狼にあったようで、クラスメイトの魔力は微々たるもの。


 きっとまだ大勢の方が辿り着いていないでしょう。


 そんな所にこんな魔獣が暴れたりしたら……誰かが怪我をしてもおかしくありません!


「でも、この魔獣はなんですか?先生、初級の防御魔法があれば大丈夫って言ってましたよね!?」


 ミミアちゃんの防御魔法を腕の一振るいで破壊するとか、全然大丈夫じゃないですよね!?


「ミミアに言われても!?」


 わたしとミミアちゃんは軽いパニック状態ですっ。


「――そりゃあ、これがかの有名な魔獣“フェンリル”だからだよ。低級魔獣なんかと同じにするなよな」


 突然、狼さんの背後から男の人の声が聞こえてきます。


 しかも、それは以前に聞いたことのある方の声です。


 暗がりから、その姿が露になります。


「……ゲオルグ!ここで何しているの!?」


 それは二年生でステラホルダーの一人、ゲオルグ・バルシュタインさんなのでした。


「てめえがいけないんだぜミミア、俺の言う事を聞かないからこうして力づくになっちまったんだ……!」


 短髪の少年は血走った眼をミミアちゃんに向けながら、怪しく笑うのでした。

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