37 魔獣には絶対に屈しません!


「おらぁ!ミミア、俺の言う事を聞く気になったか!?」


 ゲオルグさんがフェンリルと呼ばれる魔獣の背後から叫びます。


「誰が……あんなヤツの言う事なんて聞くもんですか」


 隣に立ったミミアちゃんは不愉快そうに表情を歪ませます。


 笑顔以外の表情を見るのは初めてです。


「すごい執念ですね……ですが、ゲオルグさんはどうして魔獣を従えているのでしょうか」


「分からないけど……だけど、フェンリルなんて魔王軍幹部が飼っている魔獣だとは聞いたことあるけど」


 何にせよ魔獣を従えているなんてことは、あってはいけないのです。


 魔族に対抗するために存在している魔法士わたしたちが魔族側に立つなど許されません。


「ゲオルグさん!やめてください!自分が何をしているのか分かっているんですか!?」


 怪我人が出る前に、こんなことはやめさせるべきです。


「お前みたいな出来損ないが俺に指図するんじゃねぇ!俺は御三家令嬢と呼ばれるヤツらを全員ぶちのめすんだ!!」


「な、なぜそんなことを……!?」


 ゲオルグさんの目的が分かりません。


「それはお前らには関係ないことだっ!だがミミア、お前だけは特別に許してやってもいいぞ、俺の言いなりになるならなっ!」


 自分の立場の方が上だと言わんばかりに、ゲオルグさんは下卑た笑みを浮かべています。


「しつこいなぁ!あんたの言う事を聞くくらいなら死んだ方がマシだからっ!」


 ミミアちゃんの完全なる拒絶、さすがのゲオルグさんもその一言で自分の思いが成就する事はないと気付きます。


「あっそう。なら分からせてやるしかないな……!フェンリル!」


「グアーッ!!」


 ゲオルグさんの声に呼応するようにフェンリルは駆け出します。


「エメちゃん!ごめんだけど手伝ってくれる!?ミミアたちがここで食い止めないと他の人たちに被害が及ぶだろうからっ!」


「分かってます!」


 それにどんな理由があろうと、魔獣を使って人を傷付けるなんて黙っていられません。


「ミミアは大丈夫だから、エメちゃんは自分のやり方で間合いをとってね!」


「はい!駆動ドライブ……加速アクセラレーション


 突進してくるフェンリルの横合いに飛び、突撃を避けます。


 ミミアちゃんは大地の壁アースウォールを展開し、再びフェンリルの激突を防御します。

 

 ――ミシミシッ


 盛り上がった土の壁には亀裂が走っていきます。


「ははっ!そんなチンケな魔法じゃフェンリルの攻撃は防ぎきれねえぞ!!」


 フェンリルが体を丸め、後ろ脚を強く引きます。再び体をぶつける為の前動作です。


 再度、突撃されればミミアちゃんの防御魔法が崩されてしまうでしょう。


「この、バカ力……!」


 ミミアちゃんが唇を噛み締めますが、それが限界を物語っています。


 わたしも強く大地を蹴り、フェンリルの側腹部に迫ります。


力強化ストレングスアグメント!」


 がら空きの胴体に全力の拳を叩き込みます。


 ――グニュッ


「ええっ!?」


 しかし、わたしの腕はフェンリルの体毛に威力のほとんどを吸収されてしまいます。


 胴体部に届いても、これではダメージにはなりません。


「フェンリル相手に物理攻撃と舐めてんのかラピス!」


「グゥ……」


 フェンリルはわたしを払いのけようと右脚を振るいます。


 咄嗟に腕を構えて身をかばいます。


 ――ブンッ!


「あぐっ……!」


 糸も容易くわたしの体は吹き飛ばす。


 一秒にも満たない刹那、洞窟の岩壁に背中が衝突します。


 ――ベキベキ


 聞きたくない音が背中から鳴ります。


「エメちゃん!?このっ……!!」


 ですが、そのおかげで一瞬の隙が生まれました。


 フェンリルの意識がわたしに向いたその一瞬を、ミミアちゃんは見逃しません。


「風よ、刃となりて眼前の敵を切り刻め――旋風ヴェルテックス!!」


 ミミアちゃんの詠唱によって風が吹き荒れ、その風は鋭利な刃となり明確な意思をもってフェンリルへ襲い掛かります。


 そこに至る過程で岩壁や地面は次々と切り刻まれて行きます。


 ――フッ……


 けれど、フェンリルの前ではそよ風に落ち着いてしまいます。


 毛並みが揺れる程度で、傷付けるに至りません。


「あっははは!その程度の魔法なんかフェンリルが纏っている魔力で相殺させちまうぜ!」


「うそっ……そんなのアリ……?」


 魔力を纏う……?


 それは魔力を放散させていると言うことでしょうか?


 そんな無尽蔵な魔力をどこから……。


 わたしはバレるのを覚悟で眼に再び魔力を通します。


「……!!」


 恐ろしいことに、フェンリルは全身の一切余すところなく光輝いています。あの生命体そのものが魔力の渦と化しているようです。


 アレでは巨大な魔力のプール。魔法を掻き消してしまうのも頷けます。


「ははっ!最初から俺の言う事を聞けば良かったのによ!!行くぞフェンリル!!」


「ガアアッ!!」


 いけません、フェンリルの体内に渦巻いていた魔力が開口した部位に集中し始めています。


 魔法を使う気です……!


 わたしは軋む背中を無視して、再度足に魔力を流します。


 痛みを無視し、地面を蹴り上げミミアちゃんの元へ。


「グアアアアアアアアアアアアア!!」


 フェンリルの咆哮。


 口元からはどす黒い禍々しい魔力が球体となり、膨張していきます。


「――貪り食う者グレイプニール


 ゲオルグさんの詠唱が合図。


 魔力の渦が破裂する臨界点を超えようとした時、球体は光線となって放たれました。


「ミミアちゃんっ!」


「えっ、エメちゃ……ぐふぁっ!?」


 ――ガシッ


 わたしはミミアちゃんを抱いて脇目もふらず走り抜けます。


 背中が焼けただれるような熱さと、大地を抉り取る轟音が鳴り響いていましたが気にしません。


 何とかフェンリルの魔法を避けきると、わたしはそのままバランスを崩してしまいました。


「あぐっ!」「うぐっ!」


 固い地面に二人で倒れ込みます。


「ご、ごめんなさい……!ミミアちゃん痛かったですよね……!?」


 しかもわたしがミミアちゃんを抱えていたので、覆いかぶさるような形になってしまいます。


 は、早くどけないと……!


「やだ、エメちゃんったらこんな所で……?意外に大胆なんだね……」


 ぽっと頬を染めるミミアちゃん。


 ちょっと意味が分かりません。


「え、ええと、それは……?」


「あはは……冗談、冗談。ありがとうね、間一髪だったよ」


 二人で立ち上がり、背後を見ると地面には大穴が空いていました。


「ほんと……あんなデタラメな魔法を見せられたら冗談も言いたくなる、みたいな?」


 いや、本当にそうなのです。魔法の威力が尋常ではありません。


「それにエメちゃん、その眼は……?」


「ああ……いや、あまりお気になさらず」


 とうとうエメちゃんにまでわたしの魔眼が見られてしまいました。


「あっはははっ!運良く逃げ延びたようだが、次はそうは行かねえからなぁ!!」


 再びフェンリルが魔力を搔き集めていきます。


「え、エメちゃん、アレまた来るけど……どうしよう!?」


 わたしもミミアちゃんも満身創痍、魔力はあっても純粋に肉体が限界に近づいています。


「――あんた達、なにしてんの!?」


 聞こえてきたのはわたしの良く知る妹の声。


 別の入り口から金髪ロングの女の子がこちらを覗いています。


「あっ!シャル、ちょうどいいところに!」


「ちょうどいいって……これどういう状況!?あいつ何してんのよ!?」


 シャルはゲオルグさんとフェンリルを見て目を丸くします。


「ちょっとあの先輩がやり過ぎてるから、お姉ちゃん懲らしめてあげるんだ。シャルには申し訳ないんだけど、他のクラスメイトさんたちがここには来ないように動いてくれない?」


「いや……それよりあんたはどうするのよ!?」


 シャルはわたしの身を案じて、こちらに乗り込もうします。


 けれど、今はそれは必要ありません。


「大丈夫だからっ!」


「……!!」


 わたしの声にシャルは足を止めます。


「大丈夫って……あんた怪我して……」


「大丈夫って言ったら大丈夫、わたしの目を見たら分かるでしょ?」

 

 そうしてシャルを見ると自然と笑顔になりました。


「……」


 シャルはわたしから一切に視線を反らさずに凝視します。


「……信じて、いいのね?」


「うん」


「くそ……その目はずるいのよ」


 何かぶつぶつ言いながらシャルは踵を返そうとします。


「ミミア!あんたちゃんと見といてよ!そいつすぐ無理するからっ!!」


「あ、うん。ミミアに出来る範囲でがんばるねぇ」


「あー……不安だ不安だ不安だ不安だ……」


 何やら呪詛のようなものを唱えながらシャルは引き返して行きました。


「ひひっ……いいのか、数少ない味方を帰らせて?」


「ええ、何とかなりそうですから」


「けっ!馬鹿女がっ!やれっ、フェンリル!!」


 フェンリルの体が揺れ、魔力が溢れ始めていきます。


「ミミアちゃん、どうにか一瞬だけでもあの魔法を止めることは出来ませんか?」


「えっ……ほんとに、ほんと~に一瞬だけなら止められると思うけど。でもその後は防御魔法崩壊しちゃうと思う。アレ喰らったらミミアたち多分マズいよね?」


「安心してください。その一瞬で勝負は決します」


「ほ、ほんと……?」


「ええ、信じて下さい」


 不安そうなミミアちゃんですが、その目にがまだ闘志が宿っています。


「わかった……元はと言えばミミアがエメちゃんにお願いしたことだもんね。お安い御用だよ」


「はいっ!」


「なにゴチャゴチャ言ってんだ……!状況わかってんのかてめえらっ!」


 まだ希望を捨てていないわたしたちに苛立ちを覚えたのでしょう、ゲオルグさんが激昂します。


「やれっ!フェンリル!」


「グアアアアアアアアアアアアア!!」


 二度目の咆哮。


貪り食う者グレイプニール!!」


 その詠唱と共に、黒い光が放たれます。


魔の壁マジックウォール!!」


 ミミアちゃんの純粋な魔力で練り上げた壁が展開、グレイプニールと衝突します。


「うぐっ……!!」


 ――バギバギッ……


 マジックウォールにはすぐに亀裂が走り、その防壁はすぐに崩れ去りそうです。


 ですが、その一瞬で十分です。


 わたしは手をかざします。


「え、エメちゃん……!?まさかとは思うけど、ここで魔法使う気!?」


「はい!これで倒してみせます!」


 ミミアちゃんの目が点になります。


「ちょぉ~っと待ってくれるかなぁ!?ミミア知ってるよ?エメちゃん魔術は得意だけど、魔法はと~~~~っても苦手だったよね!?」


「はい、苦手です!」


「ひえ……」


 ああ、ミミアちゃんが昇天してしまいそうです。


 でも安心して下さい。わたしには確信があります。


 古書によって魔法の工程、経路の再学習が功を奏したのか、わたしの魔眼に異変が起きていたのです。


 元々、魔力の流れが見えるわたしの眼。


 それがフェンリルの魔法を見た時は違ったのです。


 その魔力、工程、経路、構築、質、元素。


 魔法に至るその過程を全て可視化し、理解してしまったのです。


 この身はその魔法を宿しました。


貪り食う者グレイプニール


 わたしの魔力によって生まれた黒い閃光が、フェンリルを穿つのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る