26 大人の話をしているみたいです!
【クラウス・ヘルマン視点】
放課後の薄暗くなった廊下を歩く。
今回ので、一通り皆の実力を推し量ることは出来た。
現時点で合格レベルに達しているのはごく少数だったが、提示した課題に向かって取り組んでくれれば試験までには間に合う子が大半だろう。
おおよそは大丈夫だと踏んでいる。
ステラの子たちに関してはさすがと言うべきか、全員が合格レベルに達していた。
その中でも一番に驚かされたのはシャルロッテ・フラヴィニー。
いや、実力も大したものなのだが、それ以上にあの執念には正直肝を冷やした。
合格だと伝えているのに攻撃の手を止めようとしない生徒なんて初めてだったのだ……。
それにあの目……。およそ教師に向けるものではない。まるで僕を魔族か何かだと思っているのかではないのかと疑いたくなるほどの狂気を孕んでいた。
そうして今日起きた出来事を頭の中で整理している内に、各教員に用意されている部屋に辿り着く。
木製の扉に金属で出来た取っ手を回す。
――ガチャ
「はあ……それにしても全員を一気に相手にするものじゃないな。さすがに骨が折れる」
いくらまだ魔法士見習いと言えど、このアルマン魔法学園の門を叩いた者たち。才覚に優れた者達の集まりなのだから、その全力を何十人に渡って耐え凌ぐのは楽なことではない。
「――へえ。仕事中に溜め息だなんて、随分ご立派になったね」
「っ!?」
部屋に突然、女の声。
その声の主は、僕が普段使用している椅子に深く腰掛け、デスクに足を乗せるという大変不遜な態度を取っていた。
だが驚かされたのはそこではない。
教員は部屋に必ず結界を張っている。それゆえに侵入を許すことはなく、また許したとしても結界の破損で相手を察知することが出来るのだ。
だが目の前の女は結界を超え、しかも破壊することすらなく僕の部屋に侵入したのだ。
そんな常識外れの力を持つ者は、僕の知り合いでは一人しかいない。
「……イリ―ネ。君はもっと普通に登場することは出来ないのか?」
「なら、普通に登場しないといけないように魔法士としての腕を上げて欲しいね。あんな結界じゃ通ってくださいと言わんばかり、道案内されているのかと思ったよ」
イリ―ネは銀色に輝く髪を無造作に束ね、左右非対称な前髪は右目を隠している。黒のローブを身に纏い、背は高く、肢体もしなかやかに伸びている。
よく見れば整った顔立ちなのに、その高圧的な態度と、口元だけを吊り上げさせる笑い方のせいで、今一つ美人だという印象を残さないのがイリーネ・アナスタシアだ。
「馬鹿を言うな、そんな芸当出来るのは君だけだ」
「あははっ。それでも栄えあるアルマン魔法学園なの教員なのかい?もっと魔法士としての矜持とやらを見せて欲しいね」
「うるさい。魔女と呼ばれる君に、矜持なんて大層なものを持てるか」
そう言うとイリ―ネは分かりやすく目を丸くした。
「おやおや、まさか同期にまでその名で呼ばれる日が来ようとは。皆との距離が開く一方で私は悲しいよ」
「言っとくけど、君が一方的に皆を置いて行ってるんだからな。被害者みたいな言い回しはやめろ」
イリ―ネは肩をすくめておどけて見せた。明確な返答は寄越さない。
「それで、今日は一体何をしにきた?」
元々、イリ―ネとはこの学園の同期であるが、卒業してから何度か顔を合わせた程度。むしろ教員として勤めているここ数年の方が彼女とは会う機会が多くなったくらいだ。
「決まってるだろ。あのタヌキオヤジに用があって来たんだよ」
「お前さ……頼むから学園の敷地内で学園長のことを“タヌキオヤジ”呼ばわりは止めてくれ。誰かに聞かれたら僕の首が吹っ飛ぶ」
「理由があるのさ」
「学園長を変な呼び方をする理由などない」
「協会が私を取り込もうと躍起になっててウザいったらありゃしないんだよ。私が顔出しちまうと向こうの奴ら、がん首揃えて面倒くさいことになりそうだから。それよりは協会に顔が利く学園長様にお願いして、断ってもらった方が確実だと思ってさ」
「……いや、知らないよ」
突っ込みたい所はいくらでもある。
魔法協会の役員として呼び出しがあるなど前代未聞。皆がその内部にどうにか潜り込み、熾烈な権力争いをしていると言うのに。そしてそれを面倒くさそうに煙に巻いているこの女も謎。
そして、それを我らが学園長にして魔法協会ですらその名を恐れると言わしめるディートフリート・アルマンその人に私用を頼むなど……。常識知らずというか、恐れを知らなさ過ぎてこっちが寒気を覚える。
「名案だと思って、こっちに来たわけ」
「それで学園長の返事は?」
「“勝手にやってろバカ女”だってさ。ムカつかない?」
「いや、僕もそう思ってる……」
「はあ~。皆冷たいね、こんなか弱い女を守ってくれる甲斐性のある男はいないのかい」
悪いがそれは間違いだ。
断言するが、この女に一ミリたりともか弱さなど無い。彼女の魔法士としての実力は抜きんでている。
「それで用もなく僕の所に来るなよ」
「せっかく来たんだ、旧友に会いに来て何が悪い?」
「旧友ねぇ……」
正直、イリ―ネにとってどうかは知らないが、少なくとも僕は彼女にそこまで親近感は持っていない。
学生の頃、常に前にそびえ立つイリ―ネの背中はあまりに遠く、自分の凡庸さを嫌というほど味合わされた。若い頃の僕にとってイリ―ネは尊敬と畏怖の対象だった。
今でこそ、大人になって諦めもついたから何とも思わなくなったけどね。
「そんな君に聞きたいことがあってね」
「僕に……?君が知らないようなことを僕が知っているとは思えないけど」
「いいや、クラウスだけが知っている事だ」
くくっ、とイリ―ネは不敵に笑う。
「フラヴィニーという姉妹に覚えはないかい?」
「フラヴィニーって、エメ君とシャルロッテ君のことかい?」
「ああ!やっぱりお前だったか!」
二人の名を聞いて、イリ―ネは態度を一変。顔を綻ばせ、デスクから足を下ろした。
「やっぱりって……なにが?」
「防御魔法を張っていたのはクラウスだろ?それに攻撃を仕掛けていく生徒の魔力に覚えがある奴があったんだよ」
……この女、さらりと言っているが。この部屋から演習室まで何メートル離れていると思っている。
それを魔力で感知し、識別すらしているなんでどんな芸当だよ。
エメ君の魔眼だって視界に届かない範囲の魔力は見えないというのに。
「うんうん、あの子たち。ちゃんとアルマンに入れたんだね、偉い偉い。あのバカオヤジ、老いぼれても人を見る目だけはまだあるようだね」
「なに、知り合いなの?」
「昔ね、彼女達には魔法を教えていたことがあるんだよ」
「嘘だろ……?」
あの破天荒で無鉄砲なイリ―ネが弟子をとっていただなんて。
それは驚かずにはいられない。
「それでどうだい?ちゃんと化け物に育っているかい?」
化け物……?イリ―ネにそう言わせるとは大したものだが……二人で言うならば、もちろん妹の方を指しているのだろう。
「シャルロッテ君かい?彼女は大変優秀で将来有望だとは思うけど……」
それでも僕の目の前にいるイリ―ネという化け物に比べれば、シャルロッテ君は人間の粋からははみ出てはいない。
少なくとも現時点では。
「ん?いや違うよ。わたしが言っているのは姉、エメの方だ」
「は……?エメ君?」
よりにもよってあの魔法を使えないエメ君のことを、イリ―ネは買っているのか?
「いや、シャルロッテの才能に疑いの余地はないよ?彼女は魔法士として大成することだろう。でも私がその才能を図り知れないのはエメの方だ」
「……君が計り知れないだって?」
稀代の天才と称され、魔女とまで呼ばれるようになったイリ―ネが計れない……?それはどんな存在だ?
少なくとも、僕の防御魔法すら突破できない存在であるわけがない。
「ああ、あの子は底が知れない。一体どれほどのモノになるのか、実に興味深いよ」
「それは魔眼のことを言っているのか……?でも彼女は魔術しか使えない、中途半端な存在だよ」
「ふふっ……ああ、なるほどね。クラウス、君はまだあの子が何なのか見抜けていないんだね?」
途端にイリ―ネは意地の悪い表情で僕を嘲笑う。
「いいかいクラウス、お前は表面的なことをなぞるのは上手だけどね。いつまで経っても中身を食わないその芯の無さは問題だよ。私とお前に差があるとしたら、そこだね。魔法士としても、教員として生徒を育てるにしても、もっと本質を見ろよ」
……と、稀代の天才様は凡人の苦労も知らないで上から言ってくる。
これだから天才は、もっと分かるように話して欲しいね。
「ま、クラウスが先生で安心したよ。エメとシャルロッテは任せたよ」
とか言いながら、どんどん透けていくイリ―ネ。
なんだよその魔法、見たことないんだけどそれ。
「会ってはいかないのかい?」
「それはもうちょっと先かな。魔法士としてまた会おうって約束してるからね」
イリ―ネはそうして嬉しそうに笑ったのを最後に、その場から影も形も残さず消えていくのだった。
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