25 わたしと魔眼と魔術の限界です!
「どうしたんだい、エメ君。もう終わりかい?」
ヘルマン先生の魔法を前に、わたしはどうすべきか答えが見出せません。
「先生の防御魔法には綻びが見えません……」
「僕も驚いたよ、まさか魔眼を保有する人間がいるだなんてね。君の眼はきっと魔力を見通すんだろ?」
「知っていたのですか……?」
「予測の一つとしてね。確かにその能力を持ってすれば並みの魔法士なら君の魔術には歯が立たないだろう」
「ですが、先生の魔法には敵いません……」
「そうだね。それが君の限界の一つだよ。君はまだ本当の魔法を知らない、真に魔法に長けた者ならば、綻びなんてありはしないんだよ」
知りませんでした……。
完璧な魔法などこの世にないと思っていたのです。
「君は確か……スぺス村の出身だったよね。決して栄えた土地ではないと聞いたことがある。恐らく周りに魔法士などいなかっただろうから、これは仕方ないとも言える」
「魔族は先生くらいの魔法構築は当たり前に出来るのでしょうか……?」
「魔獣はともかく、魔人なら当たり前にやるだろうね」
魔族は大きく分類すると二つ。
獣の姿をした魔獣と、人の姿をした魔人。
魔人は知能を有し、魔獣を統べ、圧倒的な力を持っていると言われています。
「それと君の限界はもう一つ――
先生の詠唱によって、空間上に鋭く尖った氷の欠片がいくつも展開されていきます。
「せ、先生……!?これは防御魔法を突破すれば良かったはずでは!?」
先生が攻撃を仕掛けてくるなんて聞いてません!!
「進級試験はね?今回のは課題の提示だよ」
ええ!ムチャクチャですっ!!
「さあ、避けてみなよ。得意の魔術でね」
――ガガガガッ!!
氷の雨が降り注ぎます。
四方八方を埋め尽くされるその魔法を前に、魔力の流れが見えた所で何の意味もありません。
物理的に避ける方法しか持ち合わせないわたしには、空間を埋め尽くされては成す術を失うのです。
「む、ムリですっ……!!」
わたしは思わず目を閉じて、被弾を覚悟します。
どうか命だけは……!!
「
「……え?」
氷の弾はわたしの前で停止したまま、溶けて消えていきます。
「まさか、先生が生徒を傷付ける訳ないでしょ」
やれやれ、とヘルマン先生は肩をすくめて防御魔法も解除しています。
今回の実技は終わったということでしょう。
「で、ですが……本気で怖かったです」
「そりゃ君の限界を知らせたんだからね、怖いだろうさ」
「うっ……」
先生の言葉は未だ痛い所を突いてきます。
「ダメじゃないか生命線である目を閉じちゃ。魔力を見通すにも、物理攻撃を仕掛けるにも、君の能力は視覚に依存しているだろうに。それを封じちゃおしまいだろ?」
ううっ……確かにそうですが。
「ですが、打開策がわたしには思いつきませんでした」
「魔術しかできない君の限界だね」
「そう、なんですか……?」
「ああ、君がこれから相手にする魔族は魔法を駆使し、幾つもの魔獣が一斉に襲い掛かっててくる。僕がグラキエスバレットを無数に展開したのは、その疑似再現。君の能力は各個撃破を前提にしすぎているんだ」
「そうかもしれないですが……」
「まあ、魔術自体が多数を相手にできるようなモノじゃないからね」
確かに身体機能を高めるだけの魔術では一人・二人の相手ならともかく、一斉砲火を浴びては成す術がありません。自分の身を守る事すら出来ないのです。
「一人で数多の敵を一掃できるから魔法の価値は高いんだ。魔術がこの時代に流行らない理由はそこにある」
「魔族を相手に戦う今だからこそ……そういうことですね」
「うん。今の君は、このお行儀の良い守られた空間で魔法士見習いが相手だから力を発揮出来ているに過ぎない。きっと戦場では約に立たないだろうね」
「……そう、ですか」
それは、わたしにとって何よりも辛い一言です。
成績がどうのこうのよりも、魔族を倒す力をないと言われることが最も歯痒いです。
それだけが目標で、わたしはここにいるのですから。
「だから、エメ君は魔法が使えるようになること。最初から言ってるけど、それが出来なきゃ話にならないよ」
「はい……」
そうして、先生の課題提示は的確な部分だけを言い当てて終わるのでした。
◇◇◇
【シャルロッテ視点】
「……ああ、アイツなにやってるのかしら」
わたしは妙に時間の掛かっているお姉ちゃんが何をしているのか、若干気になっていた。
アホのマルコもなんかやつれて帰ってきてたし、お姉ちゃんは何事もないといいんだけど……。
――てくてく
あ、来た。
お姉ちゃんの足音に気付いて、入り口に視線を向ける。
……予感的中。何とも冴えない顔をしている。
いや、そんなモノじゃない。ラピスを手にした時だってお姉ちゃんはあんな顔はしなかった。
あの表情には見覚えがある。
自分に絶望している時の、そんな最悪な心境に見せる顔だ、アレは。
お姉ちゃんは力なく、次の生徒に順番を告げている。
なるほど、随分こっぴどくやられたという事だけはよく分かった。
しばらくして、わたしの順番が回ってきた。
大急ぎで第1演習室へと向かう。
その先にはクラウス・ヘルマンが伸びをしながら呑気に待っていた。
「あ、次はシャルロッテ君か。それじゃこれからなんだけど――」
「
――バシャッ!!
何かを言っているようだったが、魔法の展開音で最後まで聞き届けることは出来なかった。
「……っと、僕まだ話してる最中だけど?」
ヘルマンは防御魔法を展開し、アクアを防いでいた。
思ったより反応速度も展開速度も速い。
「さすがにこれだけ時間が経てば何をしているのかは話が伝わっています。説明は不要です」
「だからって出会い頭にいきなりは……」
「意表を突くことで、防御魔法の構築に粗が出る事を期待しました。これは戦略です」
「ああ、なるほど。そういう論理で来るのね」
ヘルマンは特段気にした様子もなく“ま、それもそうか”と頷いていた。
その余裕な感じも今では腹立たしい。
「それにしても意地の悪い試験ですね」
「そうかい?」
「ええ、先生の防御魔法を破るなんて一年時に出来るとは思えませんが」
「いやいや、ちゃんと初級魔法にしてあるよ?」
馬鹿を言え。
一年は初級魔法が扱えれば御の字なのだ。それを洗練された魔法士の防御魔法を突破など出来るわけがない。
出来るとすれば、それは中級魔法を扱える者か、ヘルマンの上を行く魔法士という一部の人間だけの話だ。
「そう見せて、どう創意工夫するのかを見ているでしょう?」
「んー、どうだろうね?」
ほんと、含みのある面倒くさい男だ。
「これならどうです――
アクアによって、ヘルマンのマジックウォールは濡れていた。
水分をそのまま氷結させる。
「……これで突破できると?」
「いいえ、先生自らその大仰な盾を解くんですよ」
後は時間の問題だ。
わずかな沈黙の後、ヘルマンはわたしの意図に気付く。
「ああ、なるほど。寒い」
そう、どれだけ外層を厚くしようと氷漬けにされれば気温は下がる。
人の身である限り、その気温の変化には耐えれられない。
「んー、いいね。一年で水と氷属性を扱えて機転も利いている。もう既に合格レベルだよ」
「そうですか」
何とも心躍らない合格発表だ。
「君の姉も、これくらい魔法が扱えて機転が利くといいんだけどねえ。なんせバカ正直だよね」
――ああ、こいつウザいな。
「
――ゴオオオオオオ!!
氷漬けから一転、その全てを燃やし尽くす。
「ええっと、シャルロッテ君……?もういいよ、終わったよ?」
「いいえ、先生の防御魔法はまだ破られていません」
「や、大丈夫。君の言ったとおりそれが全てじゃないから。現時点ではシャルロッテ君に言う事なし!」
「はい、ありがとうございます」
――ゴオオオオオオ!!ゴオオオオオオ!!
更にその炎を大きくしていく。
「あれ、止めてくれないの?」
「まだ自分の実力を出し切ってないので」
このまま焼き焦げてしまえ。
「いや、十分十分!エメ君と違って君が大変優秀なのはよく分かったよ!三属性も扱えるなんて先生知らなかったな!」
「姉の話はやめて下さい」
――ゴオオオオオオ!!ゴオオオオオオ!!ゴオオオオオオ!!
「ええと、怒ってる……?」
「怒ってません」
「あ、もしかして殺意じゃない?これ?」
「なんのことでしょう」
そうか、この感情を“怒り”と表現するには生ぬるいと思っていたが、これは“殺意”だったのか。
さすが先生、勉強になる。
「ええと、もしかしてエメ君のことを引き合いに出したのが勘に触った?」
「いいえ、関係ありません」
そうだ、いかにお姉ちゃんがポンコツでアホでマヌケだとしても。魔眼と魔術しか使えない魔法士の成り損ないだとしても。
それを罵倒していいのはわたしだけ。お姉ちゃんのことを傷付けていいのはわたしだけ。
だから、わたし以外がお姉ちゃんに手を下したならば……そいつらは全員敵だ。
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