惨憺 02
静謐な部屋に僕の生きている証だけが鳴り響く。
ペンを走らせる音、ページをめくる音、うーんと唸る音、心臓の音。
やはりこの家では些細な音でもよく響くものだ。
空は未だ、青色に席巻されている。
ここから雨が降る予感はどんなでたらめな気象予報士でも予報しないだろう。
青い空を綿菓子のような雲が冷たい風に揺られながらのんきに旅をしていた。
無辜の存在である雲にすら僕は今感情移入をしてしまっている辺り、間違いなく僕は浮かれている。
・・・・・・・・雲だけに。
いささか雑のような気もするがこれは息抜きであり、独り言であるゆえに問題はないだろう。
そんな浮ついた心を少しでも落ち着かせるべく僕は勉強に精を出していた。
一応僕も受験生。
来年からは高校生になる予定だ。
受かればの話だけど。
ちなみに今のうかればは別に先ほどの雲とかけたつもりは微塵もない。
これは大マジである。
冗談の解説を大マジって・・・・・・・・1番恥ずかしいじゃないか。
これは言うなれば一世一代の大ボケを「どゆこと?」と返された時と同じ現象である。
・・・・・・・・分からないなら適当に笑ってくれよと僕は常々思うんだけど。
閑話休題。
まさに自明の理、火を見るよりも明らかなように僕はやはり勉強に集中できなかった。
猿も木から落ちるというんだから、僕が勉強に時々集中できなくなるのだってしょうがないよねと思う。
・・・・・・・・うぬぼれすぎか。
これから起こることに思いをはせていると、どうも集中力が別の方へそれてしまう。
そうならないように勉強をしていたんだから本末転倒も甚だしい限りだけど。
まぁそれも人間らしくていいじゃないと無理な角度から無理やり開き直り、今日だけはという免罪符を自ら捻出することで僕はノートと参考書を閉じた。
それにしても一体どんな人が来るんだろうか。
字の丁寧な感じといい、そもそも事前に手紙を寄こすという抜け目のない感じからして女性・・・・それも年は僕より上の社会人という推測が出来る。
まぁ、僕の主観100パーセントの推理だからあてにはならないけれど、あながち間違っていない気もする。
手紙が入っていたのは先週の金曜日というのもおそらく間違ってはいないだろう。
僕が手紙を見つけたのは今日、月曜日だからという理由は僕にしか理解できないか。
なら、土曜日曜は一歩たりとも外に出ないという、なんともみっともない事実をここでお披露目すればご納得いただけるだろうか。
僕は平日のそれも昼間にしかポストの中身を確認しないから(ご近所さんの目は怖いからね)、その手紙が入れられた時間帯もおのずと分かってくる。
つまり、夕方から夜中にかけてというのが推測できる。
そしてここまで丁寧な対応から鑑みるなら、この人はおそらくすべてを考慮し、土曜日日曜日を準備期間として空けてくれたと考えるとおのずと見えてくる。
以上の推理から僕はこの手紙が先週の金曜日、時間帯は夕方から夜中にかけてというのが妥当であると考えた。
しかし、僕がこの手紙を見つけたのは今日の昼間という事実が、これから来る訪問者の気遣いを全て無駄にしていることもこの瞬間理解した。
・・・・ってまた僕は自分から逃げてるな。
分かっている、僕の心に潜む不安の存在には。
勝手な、根拠も何もない理由をこじつけ、あくまで女性であると、そしてまっとうに社会で貢献している社会人であると断定し、あたかも自分に無害であることを自分自身で強調し、薄いベールのようなもので覆い隠すかのようにすることで見えないふりをしている。
これから来る相手が刃物を持った殺人鬼でもあれば詐欺師でもあるという事は、どれだけ危機感のない現代人でも容易に想像できるのにもかかわらず、そんなことはない、絶対にそんなことはないとまるで駄々をこねる赤子のように1人喚いていた。
見苦しいにもほどがある、みっともないにもほどがある。
僕はいままでの『惨憺』な境遇をいつのまにか勝手に美化していた。
ダイジェストで脳内放送していた。
あたかもすべてが解決しましたと、これは過去の話ですと言わんばかりに。
違うだろ。そうじゃない。
惨憺な境遇が生み出した負の連鎖は今もなお僕の生活に支障をきたしているじゃないか。
僕のこの浮かれた気持ちは、狂気的な悪徳宗教団体にのめりこみ、洗脳された人間の心情と何ら変わらない。
全てを疑ってかかると決めた、全てに殺意を向けると決めた。
僕はリビングのサンダーソニアを窓から青い空へ向かって投げ捨てた。
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