希望の楽餓鬼

枯れ尾花

惨憺 01

 落書き。

 

 それは僕以外の人間にとってそうとしか捉えられないような内容であり、それがどのような内容であっても咎められる行為であり、ただの自己満足である。


 腐りきった性根で描かれた他人任せなそれはあまりに無責任で、あまりに厄介で、他人の良心を何とも思わずに抉る。


 その姿はまるで遠隔操作で人を殺すロボットのようにも見える。


 操作している僕の心はいつだって「僕じゃない。僕だってこんなことしたくない。本当なら僕だってみんなと同じように」


 今思えば、最初が彼女だったことは僥倖だったと手放しで喜ばなければいけなかったのかもしれない。


 




 ふらつく体で階段を下りる。


 手すりだけが僕の体を支えてくれる。


 静かな僕の足音は残念ながらこの家ではよく響く。


 嫌に響くその音に僕は相変わらず諦めに似た自己嫌悪に陥る。


 今日も始まった。今日が始まった。


 刻一刻と這い寄っているらしい悪魔は職務放棄を繰り返す。


 出会いが衝撃だっただけに拍子抜けするじゃないか。


 出会いってのはもっとドラマチックなものと期待していたんだけど?


 そんな疑問を持てば持つだけ僕の体はひどく重みを増すだけなんだけど。


 「あぁ、まぶしいなぁ」


 太陽は僕の真上で今日も鎮座している。


 僕を見下ろす光に僕は何度だって救いを求めたのに、傲岸不遜な光は僕のような少数派にはお構いなしと言わんばかりに、僕以外の誰かのために今日も今日とて今日を始める。


 嫌な奴だ。もしかしてツンデレ?


 それなら僕が気づくはずもない。


 僕にはそれに気づく経験も、器用さも何もない。


 あるのは壊れかけた人形のような体と、どんどん卑屈になる心だけなんだから。


 ・・・・と僕は自分自身というものを自分自身の中で開け放ち、自己分析を再度行うのと同時に、真昼の光を浴びながら玄関から数歩のポストを開け放つ。


 錆びを思わせる音と同時に僕はいつも通りの光景を目にする。


 中に入っているものを全て取り出し、僕は曙光から逃げるドラキュラのようにそそくさと家の中へ戻った。




 体を休め、落ち着きを取り戻し、そして落ち着きを失う。


 ポストの中のそれらは今日も変わらず僕を不快にさせる。


 そして沸々と怒りがこみあげてくる。


 当てつけか嫌がらせか。


 『同情』か?


 いや、それは違うな。


 僕を心配しているような声は聞こえる。僕に何かしてあげたいような声が聞こえる。


 それは確かだけど、そこに本物は感じられない。


 そう、言うなればやらされている感。


 このプリントの節々から仕方なくやっているという感情が伝わってくる。


 無論、全てが雑というわけではない。


 むしろものすごくきれいにファイルに整理されている。


 じゃあなぜそんなことが分かるのかと言われれば・・・・・・・・僕はこのプリントを、学校からのこのプリントを届けている人物がどこのだれかという事を知っているからだ。


 彼女の背景も、彼女とのつながりも、彼女の人となりも理解しているからだ。


 だが、正直そんなこともうどうでもいい。


 この怒りだって一時的なものだ。


 この瞬間の我慢だけで済むなら問題ない。


 それに、僕が待っているのは彼女じゃない。


 僕が待っているのは『運命』・・・・ただそれだけなんだから。


 「ん?」


 ぐしゃっとしたそのプリントの中に、少し肌触りの違う紙が混じっているのに気付いた。


 少し硬い。あのいつもの安っぽい紙なんかとは違う何かが。


 「・・・・なんだこれ?」


 異様に丁寧に封された、普段と違う材質の紙の表面には僕の苗字が書かれていた。


 『神宮寺様』


 ・・・・・・・・相変わらず嫌な苗字だ。


 僕には荷が重すぎる苗字であるとともに、僕には縁もゆかりもない神も宮も寺も入っている。


 1度としてお世話になった試しがないし、むしろ見放されているくらいなのに僕はどうしてか背負わされているんだから。


 もちろんこれは僕の勝手な思いであり、全国の神宮寺さんたちには申し訳ない限りなのだが、僕は自分の苗字があまり好きではない。


 つまり何が言いたいかというと・・・・まぁ今はどうでもいいか。


 この先も特に関係ないけど。


 閑話休題。


 僕は迷いに迷った末、その手紙の封を開けることに決めた。


 ある期待を胸に秘めて。


 『11月28日17時にてお尋ねさせていただきます』


 ・・・・・・・・えっこれだけ?


 僕が期待していた文面とは程遠いものだった。


 期待外れと言えば贅沢に聞こえるが、もっと過度に心配してくれているものや、文面から少々の焦りが感じられるものなんかを想定していただけに少しがっかりした。


 もしかすると見落としがあったのかもしれない。


 僕はメランコリックな気分を打ち消す希望を求め、もう1度ポストへと向かった。


 しかし、どれだけさぐっても、何度中を覗いてみても手紙の続きとなるようなものはなく、経年劣化や雨の影響で錆びた鉄の感触と、面倒だからと無視し続けた新聞紙の山しかない。


 ついでだと言わんばかりに僕は仕方なくたまりに溜まった新聞紙を手に取り、虚無感を拭う。


 けれど、だけど、1つだけ変わらない僥倖があった。


 風向きが変わった。


 今回こそは期待していいはずだ。今回こそ裏切られないはずだ。


 『惨憺』な境遇も『無聊』な日常をも覆す強烈で苛烈な『希望』が目前に迫っている。


 撒いた餌にようやく食いついた感触が体中に響く。


 僕は玄関に飾られているサンダーソニアをリビングの花瓶に移し替え、樟脳臭い部屋を少しでも良いものに変える。


 後は日が沈むのを待つだけだ。


 僕の落書きは今この瞬間、僕以外に意味を成す。


 確かな足取りで軽快に動く僕の足音は、やっぱりこの家ではよく響いた。


 


 


 


 


 


 



 


 


 


 


 

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