ギルドマスターを辞められない

「マスターおはようございます!」

「ざーす!」


 朝のギルドは活発だ。

 依頼が朝方に張り出されるというのもあるが、Sランクの冒険者以外は基本的に朝、パーティー単位で集まり1日の活動方針をギルドホールへ集まって食事をしながら決める。

 だから僕は必ず朝にギルドホールを訪れ、ギルドメンバーの様子を見にくることにしていた。

 ちなみにだが、Sランクの奴らは個々が規格外すぎてパーティーメンバーを必要としない。

 彼らは1人でそれこそ小国ぐらいであれば滅ぼせる力を持つ。

 だからこそ邪魔となることの方が多い。


「ギルマス、Bランクぐらいのダンジョンへ潜れる魔法使いを探してるんだが心当たりはないか?」


 あれは確か最近伸びてきているとエマさんから聞いた夜鷹の旅団か……。


「それなら確かこの前うちに加入してくれたミリシアって子がパーティーを探してた気がする。また声掛けとくよ」

「了解だ。ギルマスいつもありがとうな! パーティーメンバーに伝えてくる!」


 いつもありがとうか。

 その言葉に僕は少し胸が痛む。

 僕はただギルドを大きく繁栄させてサラを影から支えたい。

 ただそれだけの為に動いているというのに。


『ただいまから【銀灰の英雄】サラ様によるお言葉を頂戴致します』


 そんな僕の密かな心の支えがギルドホールに置かれた念写機に映る。

 さっきまで冒険者達の喧騒で騒がしかったギルドホールが静まり返った。

 それほど【銀灰の英雄】であるサラの言葉は冒険者達にとって意味を持つものだ。

 少しの沈黙の後、サラが口を開く。


『皆さんお久しぶりです。突然ですが、私サラ•マリベルは本日をもって、Sランク冒険者ライセンス及び【銀灰の英雄】の二つ名を返上しようと思います。急な報告となってしまい、応援したくださった方々には大変申し訳ないと思います』


 ……聞き間違いだろうか?

 サラがあの【銀灰の英雄】が冒険者をやめる? 

 嘘だろ……? 


『また今回引退を決意した理由は公表しないこととします。冒険者の皆さんどうかまた私のような英雄が誕生した際には同じように祝福をしてあげてください。これを私の【銀灰の英雄】の最後の言葉とします』


 サラがそう告げると念写機が役割を終えたように画面を写さなくなる。

 【銀灰の英雄】が引退……。

 ギルドホールの話題は瞬く間にパーティーの行動方針の話からサラの引退の話題へと切り替わる。


「マスター大変です! 銀灰の英雄様が……!」


 サラの引退を知ったエマさんが僕の元へ駆けつけてくる。

 当たり前だろう。

 彼女が引退したことによる冒険者全体へのダメージは計り知れない。

 これからのことを考えると頭が痛くなってさえくる。


「あぁ、みたいだね。ちょっとティナ含めSランク冒険者達を至急、執務室へ呼んでくれるかい? 大切な話がある」

「は、はい!」


 ギルドホールを慌てて出て行くエマさんを眺めながら僕は改めて考える。

 僕はもうギルドマスターをやめてもいいんじゃないだろうかと。

 


 ◆◆◆



「マスター急に呼びつけてどうしたの? それに【剣聖】アルフレッドと【旋風演舞】ラカンまで呼び出して……」

「そうだぜギルマス。俺達も【銀灰の英雄】がやめるっていう話題を聞いてから暇じゃないんだが」

「それは百も承知だよ。ただ1つだけ伝えねばならないことが出来たんだ」


 僕の言葉に部屋にいる3人の世界最高峰達が息を呑む。

 恐らく僕がまた何か無理難題な依頼を押し付ける。

 多分彼らはそう思っているのだろう。

 【聖女】アルティには常に治癒は不可能といわれるほどの治癒の依頼を、【剣聖】アルフレッドには世界最強種と言われているレッドドラゴン討伐を、【旋風演舞】ラカンには人類では敵わないとされるグリフォンの討伐を。

 僕はいつだって彼らに報酬金という金とギルドマスターという立場で無理難題な依頼を押し付けてきた。

 だが今回は残念ながら依頼の話ではない。


「突然だけど僕、ギルドのマスターを辞めようと思うんだ」


 エマさんを含む、全員が微動だにしない。

 それは当たり前か。

 散々利用するだけしてきて、はいさようならでは筋が通らないだろう。

 ここは筋を通して少しでもSランク冒険者達の心象を少しでも良くしておくべきだ。

 彼らが本気になれば僕なんてそこら辺の塵と同じように簡単に吹き飛ぶだろうから。


「勿論、僕は君達に依頼面で悪いことをしたとも思っているんだ。だから僕が稼いだお金は一部を残してすべて君達に分配しよう。ギルドマスターの地位もここのうちの誰かへ譲ろう。これでどうにか許してもらえないかな?」


 これが今の僕にできる最大限だ。

 だが困ったことに誰1人として言葉を発さない。

 困ったな……。

 僕としてはなるべく穏便に早くギルドマスターを辞めてサラを追いかけたいのに。


「待ってよ、マスター」


 長い沈黙を破ってティナが口を開く。


「マスターが辞めたら誰が王都を守るの?」


 ティナの口から意味の分からない言葉が発せられる。

 僕が王都を守る?

 君らみたいなSランク冒険者達じゃなくてただのしがないギルドマスターの僕が?

 皆もそれがさぞ常識かのように頷いている。


「あの、えーと……僕は」

「言わなくてもわかっています。他ギルドのSランク冒険者達の動向を探っていらっしゃったのも全ては王都の存続の為。しかし【銀灰の英雄】が辞められ、王都を存続させることが不可能に近くなった。そうですね?」


 全然そうじゃねぇーよ!

 なんでみんなそれが正しいだろうみたいな顔してんだ!?

 僕はただ幼い頃、約束したサラが元気か気になって頻繁に聞いてただけだ!

 サラだけだと関係に気が付かれるかもしれないから他のSランク冒険者の動向も同時に聞いてた。

 ただそれだけだ!


「今や王宮でもマスターを持ち上げる声は多くあります。全ての依頼を適材適所に振り分け、Sランク冒険者達全てを掌握しているのではないかという話すら出ています」


 えーと僕はいつの間にそんな凄い人になってたんだ?

 確かに最近、王宮に呼び出されることは増えてたけど、どうせティナ辺りの功績だろうと全て断っていた。

 

「僕は別に……」

「マスター謙遜は美徳ですが、時に嫌味にもなりますよ」


 それは僕じゃない。

 僕はただSランク冒険者やギルドのみんなに適切に仕事を振ってただけだ。

 しかもギルド外のSランク冒険者なんてサラ以外に知り合いなんていないはず。


「いやだから本当に知らないんだって。そもそも僕は冒険者としてはBランクだよ? そんなやつがSランク冒険者達を掌握なんてしてると思う?」

「はぁ……。わかりました。今はその解答で満足しておきましょう」


 なんで仕方なく折れたみたいになってるんだ?

 僕は自分のことを正しく評価して正しく伝えただけなのに……。


「それで今ギルドマスターを辞められると王都に見込みが無くなったと全ての冒険者から判断され、セストリア王国の王都に冒険者が居なくなりますが……」


 ちょっと待て。

 なんで僕がギルドマスター辞めるとそんな大事になるようになってるんだ!?

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