将来を誓い合った幼馴染の世界最強冒険者は引退するようです~彼女と一緒に僕もギルマスを辞めて一緒に田舎で暮らそうと思います。え?ダメ?~

aoi

いつもの平穏な日常

 冒険者になろうよ。


 そう誘われたのは何年前だったか。

 腕の立つ幼馴染の女の子だった。


 男の僕よりもずっと強く、2人で世界最強を目指し、ゆくゆくは結婚をして田舎でゆっくり暮らそう。

 そんな誓いも密かに立てていた。

 冒険を始めた僕ら2人は色々な依頼を成功させるうちにどんどんと仲間もお金も集まっていった。

 仲間の集めてくれた資金や構築できた人脈のお陰で大きなギルドも設立でき、名実共に世界最強の冒険者として彼女は有名になっていった。

 そう、は。


 才能のない僕では世界最強の冒険へついていくことができなかった。

 世界最強への道を飛び級で目指していく彼女を尻目に僕の存在は段々と表舞台からフェードアウトしていった。



 ◆◆◆


「ギルドマスター起きてもらえませんか?」


 大きな天窓から入る春特有の温かな陽射しを浴びた僕はどうやら仕事中に寝てしまっていたらしい。


「エマさん、僕は起きていましたよ」

「いえ寝ていましたよね?」

「そんなまさか。ここは世界最高峰のギルドである最高の仲間達キャマラッドですよ? そのギルドのマスターである僕が寝るなんてこと……」

「寝ていましたよね?」

「ハイ……」


 前々から薄々思っていたが、僕は秘書であるエマさんの有無を言わさぬ笑顔には叶わないらしい。

 毎日昼寝をしては彼女に起こされこんな問答をしている気がする。

 にしても何故今更昔の夢なんか……。


「そういえば彼女はもう帰ってきてますか?」

「ギルドマスターの言う彼女というと【銀灰の英雄】サラ様のことですか?」

「そうとも言います」

「本日お昼辺りに帰られるそうですよ。そういえばですが、ギルドマスターはサラ様を随分と気にかけていらっしゃいますよね」


 僕は一瞬ビクッと肩が跳ねる。

 僕とサラは昔立てた誓いや作り上げた関係を決して誰にも話さないという約束をギルド設立時にしていた。

 その方がお互い生きやすいと納得しているからだ。

 ただ僕は彼女との約束に対して負い目もある。

 だからこうしてギルドマスターになった今でもこっそりと影からサラを支えているつもりだ。


「ま、まぁセストリア王国3大ギルドの一角を任されているからにはSランクの冒険者全員を気にかけることも仕事の1つですから」

「そうですか。確かに言われてみると双璧のベンベルト兄弟や星屑のメアリー様の動向もいつも気になさってましたね」


 僕はなんとかエマさんが誤魔化されくれたという安心感から溜め息を吐く。

 あんな約束は決して僕とサラ以外が知ってはいけない。

 だって王国を救った英雄であるサラと僕みたいな落ちこぼれが同じ道を歩くことなんて決して許されないから。


 ◆◆◆



 そんなことを考えていたのも束の間、唐突に執務室の扉が勢い良く

 比喩でもなんでもなく一瞬にして扉だったものは消し飛び破片が僕の元へと飛んでくる。

 最近では見慣れた景色だ。

 ギルドメンバーが元気なのはいいことだ。

 そんなことをこちらへ飛んでくる扉の破片を回避しながら考えていた。


「どうやら腕はまだ鈍ってないみたいで安心した」


 扉を吹き飛ばしたであろう張本人が何故か偉そうに、そして満足したという顔をして僕の前に現れる。

 エマさんの方をチラッと見るといつも通り額に青筋を立てている。

 これはまたエマさんの雷が降るんだろうなと思い、僕はそーっと執務室を抜け出そうとした。


「レオン、折角私が来たのになんで逃げようとするの?」

「うん、そうだね。まずは自分がやってしまったことを見てから言ってみようか」

「えーと……扉を吹き飛ばしただけ?」


 何故だかわからないという風に小首を傾げる黒髪の少女。


「【聖女】なんて二つ名のあるSランク冒険者のティナにとっては大した額ではないかもしれないけど、この扉って高いんだよ。それを吹き飛ばされちゃうと僕が後でエマさんに怒られちゃうんだよね」

「なるほど。合点がいった。次からは扉でないもので試すとしよう」

「いやそれもできればやめて欲しいんだけど……」 

「でも私はマスターの腕が鈍ると困る」

「なんでさ?」

「マスターを散歩と称してダンジョンに連れて行けなくなる」

「できればそれもやめて欲しいんだけどな……」


 ティナは散歩と称してよく僕をAランク冒険者クラスでないと突破できないダンジョンへと無理矢理連れていく。

 まあ尤も横に聖女なんて二つ名のあるSランク冒険者が隣にいたらなんてことは絶対に起こり得ない。

 仮に僕が死ぬなんてことが起こったとしても僕はものの数秒で蘇生されるだろう。

 Sランクの冒険者というのはそういう化け物の集まりなのだ。


「それでティナ何か用事があったんじゃないの?」

「あっそうだった。マスター銀灰の英雄が帰ってくるらしいから獅子のライオンズアイへ喧嘩を売りに行きたいんだけどダメ?」


 獅子のライオンズアイは現在、サラが所属しているこの国トップのギルドだ。

 最高の仲間達うちとは違い、ダンジョン全制覇という大層な目標を掲げ、日々頑張ってくれている。

 僕としてはそのまま獅子のライオンズアイに頑張っていて欲しいところなんだけど、どうもうちのSランク冒険者達はそれが気に入らないらしく……。

 少女特有のキラキラと輝いた目を此方へと向け、物騒なお願いをしてくる。

 身内贔屓でいってもティナはかなり可愛い部類だ。

 もう数年もしたら引く手数多の美人さんになるだろう。

 そんな少女のお願いを聞いてあげないのは男としてどうなのか?

 無論、それは男が廃るというもの。

 ここは一丁ティナの為に一肌脱いで……。

 

「マスター? わかっていますよね?」


 そんなしょうもないことを考えていると隣から、今まで見たどんなSランク冒険者よりも怖い空気を纏ったエマさんが目に入る。


「い、いや勿論、わかってますとも」

「それならいいのですが……。マスターは少々女性のお願いに弱すぎる節がありますし」

「ダメ?」


 エマさんの圧を感じても尚、お願いしてくるティナを僕はため息を吐きながら諭す。

 これ以上は僕がエマに怒られてしまう。


「ダメだ。第一うちはこの国では2番手だが、向こうは世界で見ても5本の指に入るかってぐらい大きいギルドなんだよ? 喧嘩なんか売ったら最高の仲間達キャマラッドの仕事がなくなっちゃう」

「じゃあ仕方ない……」

「仕方ないではありません。ティナ様、今すぐここに正座をするか私に雷を落とされるかを選んで頂いてよろしいでしょうか?」


 完全に扉の件を忘れていたティナが、エマさんに捕まる。

 そのままティナはズルズルと引き摺られ連れて行かれた。

 恐らくあの怒り具合からすると5時間ぐらい正座をさせられるだろう。

 まあ自業自得か。

 俺はそう思い帰ってきたエマさんに怒られないように仕事を再開するのだった。



 明日まさかサラがあんなことを言い出すなんてまだ誰も考えてすらいなかった。

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