Ignition_3 八百万の神

 魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの世界ほしでは、誰もが自分なりの生きる術を持っている。


 師となる神への信仰心を厚くし、一つの道を極めようと高みを目指すうちに尖った専売特許かみわざを確立するのだ。例えばアスクレピオスに師事した者は医術士に、弁財天ならば芸術士に、ヘルメスであれば錬金術士といった風に。

 それはという看板でもある。


 だから俺のようにあえて『八百萬の神やおよろず』を選ぶ奴は変わり者らしい。〈萬術士まじゅつし〉はし、看板にはならないからだ。

 しかも何も信じない奴だと、何かを極めるなど到底不可能だと軽視される。


 別に否定はしない。

 俺はあらゆる現象の根底しくみに興味があるだけだ。


 森羅万象の神威いとに耳を傾けると、知らずのうちに〈糸〉を授かることになる。その糸口を辿って表層にある〈具象〉から深層へ潜れば、〈抽象〉という架け橋から別世界の〈具象〉へと渡ることができる。


 だが、それは少々複雑で、どこか掴みどころのない話らしい。

 そして入り組んだ話はあまり好まれない。


 でも俺はあまり人が寄り付かない、その深く静かな場所が好きだ。

 だからそこで、糸を織り合わせて自分だけの地図を描くことにした。それはもちろん、この世界の構造図に他ならない。


 糸が増えるほどに精細な地図となり、未知なる道にも自然と想像が及ぶ。そしてそれ自体が類似性を読み解き応用するすべとなる。

 だから〈萬術まじゅつ〉というものがあるとすれば、それは地味で地道で、永遠に途上だ。


 そこに美学がある。


 地図を洗練させるべく、できるだけ色々な糸が欲しい。

 その想いがいつしか俺を傭兵に仕立て上げた。


 ひと処に留まらず、直接利害に関与せず。

 世界を渡り歩く生き方は道のりが長く、負荷も大きい。

 不思議がられこそすれ、羨まれたことは一度もない。だからといって「何故そうなってしまったのか」と勘ぐるのは、流石に余計なお世話だ。


 俺だって、を信じたいけれど。


 他者の物差しに引きずられ、自分という存在が揺らぎそうになった時、俺は過去に還ることにしている。



 このグラスグリーンの糸は、俺が『草の根調査団』に居た頃に繋がっている。

 その糸口を辿れば、神とは別に、俺が師と仰ぐ老ドワーフと過ごした時間が蘇る。

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