第30話 風の構造
「エラリーが……天子の子?」
クレイグは度肝を抜かれて思わずエラリーを見つめた。エラリーでさえ、アガサの言うことを理解出来ずに茫然としている。
ノックスだけは少し笑っていた。
舞い降りた者『天使』は人間を滅ぼすためにこの地へ生まれる。人間と同じ姿をし、見た目では判別出来ない。唯一異なるのは人間を消す能力を持ち、その使命を生まれながらに帯びていることだ。
しかしその能力に
そして生物の本能に
またある者は海辺でレストランを営んだ。
彼もまた、人間を少なからず殲滅した罪悪感を背負い、そして干乾びて死ぬ日を待っている。
そしてある者は人間を消す本懐を失い、河川敷で集落を築き人々と暮らすことを選んだ。
アガサは
『どうしてルルーにだけお墓を作ったの?』
アガサは答えた。
『特別な人だから』
舞い降りた者の能力は有限であり、使い果たすと体は干乾びて死滅する。
ルルーは自分の遺伝子を残したのち、自らの能力を故意に使い果たして力尽き果てた。つまりルルーの死は自殺であった。
彼らは『黒い風』が何であるかを知っている。
自分と同じ『天使』の力であることを知っていた。
けれど彼らはそれを口にすることは出来ない。
したくても出来ない。
そう作られている。
ルルーはエラリーが誰の子であるかを知っていたに違いない。けれど彼はエラリーを他の子と分け隔てなく育て過ごした。アガサを含め、誰もが皆『天使』の子であるから、エラリーだけ特別な存在と思ったことはない。
ノックスにおいては、子を作ることは戦略の一環でしかなかった。
しかし子を
ノックスはアガサの話をじっと静聴していた。
そして途切れた時、
「長々と考察をありがとう」
そう言って拍手を送った。
「僕にも解りかねる
「ひとつ質問していいかな?」
ノックスはアガサに言葉を投げた。
「君は、僕の放つ風の構造が見えるのか?」
アガサは静かに答えた。
「見えるよ、今は」
ノックスは目を見開いて、長大息を吐いた。
「なるほど。それで
クレイグは「えっ?」と思わず声を挙げた。エラリーもまた動揺していた。
アガサは自分の腹を
「そうね、あなたの孫ということになるかな」
エラリーもまた、風の構造が実は見えている。ただ生まれながらの能力の為、自分の視界が特別であるとは思っていない。
『黒い風』を色的に『ヴァーユ』と呼ぶほうがしっくりくる、と言ったのも、
エラリーを
『視界も何だかおかしくて』
アガサもまたエラリーの遺伝子を体に宿し、特殊な視界になっているようである。
『急に視界がぼやけただけ』
エラリーが『黒い風』の際に常にアガサに覆い被さっていたのは、反射的なものだ。いちいち『黒い風』の構造を読み取っていてからでは遅いと判断してのことである。
もう少し読み取る能力が早いのであれば、ドロシーを消さずに済んだのだが、それは結果論である。エラリーは、迫り来る風が彼女を消してしまうことを悟り、慌てて『伏せろ!』と叫んだ。
しかし無情にも彼女は消えてしまったのである。
ノックスは眉間を
「君達の成長は実に早すぎる。そして繁殖力も。それもまた脅威なる
ノックスはそう言いながらも顔は笑みを浮かべていた。
「ただ、君がどんなに知識を
アガサも斬り返すように笑う。
「本当に? エラリーを一瞬で消すことが出来るの? なぜそうしなかったの? 父性でも芽生えた?」
アガサは達観した境地で
「エラリーはあなたの風では消せない」
アガサは
「エラリーを消す手立てはあなたには無い」
エラリーの外膜を破壊したとしても、エラリーは『黒い風』を吸収する。
つまりノックスはエラリーを消すことは出来ないのである。
エラリーの子を宿し、『黒い風』の構造すら見抜いたアガサにはもはや恐れるものはなかった。
未知であるからこその恐怖、それが
「ひとつ、君の熱弁に苦言を呈するとしよう」
けれどノックスもまた、
「何?」とアガサは聞き返した。
ノックスは右手の親指から曲げていき、数え始めた。
「1、2、3……」
5まで到達し、指を伸ばした。
「6、7……」
そして8で止まった。
けれど数はそこで終わらず、人差し指を最後に伸ばした。
「9」
そしてノックスは再び笑みを
「僕は8番目ではなく、9番目だよ」
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