第29話 天使の子

「わたしたちは天使の遺伝子を複数持っている」

 アガサは広げていた両手をゆっくり閉じた。

「あなたの能力もようやく解明できた」




『天使』は生まれた瞬間に、人間の細胞組織を破壊する微粒子を世界中にばら撒く。それはヒトゲノム配列に対してのみ特化して作用する微粒子であり、他の生物には付着せず透過する。

 それは透過性の非常に高い電磁波の性質を持ち、鉄やコンクリートすら通り過ぎ、人間の化学結合を破壊し、分解する。


 ノックスにおいてもそれは同じであるが、その力は桁違いに強烈であった。人の目には黒く見えるほど強固な微粒子の集合体は、実に99.9%以上の人間を消滅に至らしめた。

 人々はそれを『黒い風』または『ヴァーユ』と呼び、その恐怖にうち震えた。

『黒い風』に耐えた0.1%の人間は体に特に強い耐性を持ち、外膜でこの風を弾いて生き延びた。それが『天使』の遺伝子を併せ持つ者達である。



 ノックスは残り0.1%の人間を殲滅せんめつする手立てを失うはずだが、彼には更に特異な能力があった。



「あなたは警護の人やジャンをわたしたちの前で消した。フィルボッツもそれを目撃したと言っていた。

 つまりあなたは、耐性を持とうが持つまいが、自分の意思で特定の人間を消すことが出来る。瞬時にその人の細胞組織の構造を見抜き、その耐性を破壊する風を生み出すことが出来るのね」



 耐性を持つ者も個体差があり、ノックスはそれに準じた風を生み出すことで、その者を消すことを可能とする。見た目は一緒だが、『黒い風』は毎回違う構造をしていたということである。それに近い発想をクレイグは赤いリンゴでたとえている。

 ある特定の者を消すための風が作られ、その者はそれに消される。その風はそこに留まらず世界中へ流れてゆき、同じ特性を持つ者がその被害に遭って消えていた。



「そしてあなたはその力でこの国の天子となった。ルブラン皇国という見せかけの都市を築いた。成り下がって人間のれ事の真似をしているだけかと思ったけど……」

 アガサはノックスをにらみ付ける。

「あなた……、誘き寄せていたのね」



 ノックスの特殊能力は非常に脅威だが難点がある。個人の構造を見抜くためにはある程度の距離まで近づく必要があることだ。この世の人間を完全に殲滅するためにはしらみ潰しに生存者を探さなければならない。


 その手間を省くために取った手段が通信による情報操作であった。各国の情報を集め、爆心地であるルブラン皇国を宣伝し、生存者を誘い込んだのである。現に各国からこの伏魔殿を訪ねる者が絶えず、その者達はノックスによって消されてきた。


 隣国ミルン王国の生存者達もそうしてこの国にやって来て消されている。彼らは第10区の通信機によってその情報を掴んだ。国王には黙っていた。



 ノックスの能力を明るみに出せば、人は寄って来なくなるため宰相により秘匿にされた。都の者達は拝謁はいえつの際に個人の構造を知られている為、逃げられない状況に置かれて強制労働させられ、虚像の皇国を作らされていたのである。



 ただひとつノックスにとって誤算だったのは、エラリーの存在であった。

「エラリーの体は『黒い風』を弾く耐性に加え、吸収し体内に取り込むことが出来る。つまり、あなたの放つ生気を吸い取って、それを自分の体内へと取り込むことが出来る。なんでこんな特異体質を持っているのか」


 ノックスは何も言わず黙ったままだった。



 二羽のスズメがこずえさえずり出した。

 もうすぐ陽が昇る。



 アガサは勝ち誇ったように笑った。

「あなたも所詮しょせん人間ね。子を残して、身を滅ぼすなんて」

 クレイグは意味が解らず、戸惑いながらアガサに訊いた。

「どういうこと?」

 アガサは悟った顔で静かに答えた。



「エラリーは彼の子よ」


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