第27話 神の意志
赤ん坊は皇居内の敷石の上をよちよちと
嵐が止んで、エラリーはアガサとクレイグを起こした。
「二人とも大丈夫?」
二人は困惑して
「今の何? まさか?」
「何が起こったの?」
混乱する三人の目の前にはフィルボッツの着ていた衣服がシャッターの下に転がっていた。それを見つけたクレイグは顔を
「何で!?」
フィルボッツの衣服を拾い上げ、半狂乱に叫ぶ。
「どうしてヴァーユが吹くの? あいつを倒したんでしょ?」
エラリーも事態を呑み込めない。
「分からない」
エラリーはその時不意に
エラリーは頭を振ってガレージの外へ出ると、街の方々から悲鳴と絶叫が聞こえてきた。今の風によって消された者の身内の声だ。
エラリーはギリギリと歯を食い縛った。
「どうして? なぜだ?」
エラリーは二人に振り返った。
「確かめてくる」
そう言って走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
アガサとクレイグも追い掛けた。
皇居の北にあたる
扉を開け、皇居へ入ってエラリーは
そこに
「やあ、エラリー」
ノックスは顔を見るなり微笑んだ。エラリーは戸惑って足を止めた。声も全く一緒だ。
「ど、どういうことだ? 死んだはずじゃ……」
ノックスは問い
「そうみたいだね」
ノックスは他人事のように答えた。
「ああ、前の僕から記憶を継いだんだ」とノックスは付け足した。
「前の僕?」
エラリーには何が何だか分からない。
それでも目の前のこの男がいる限り、平和は脅かされることに変わりはない。
エラリーは拳を握り、身構えた。
ノックスは後ろ手に組んで微笑んだ。
「エラリー、君は凄い子だね。一度でも僕に勝つなんて」
エラリーは腰を落とし、闘いの体勢に入った。
「次も倒してやるさ。何度生き返ろうと、お前がこの世界の脅威である限り」
ノックスは眉を上げた。
「それは困るな。神の意志に反する」
「神の意志だと?」
「そう、神の意志」
ノックスは天を見上げ、そしてエラリーに視線を戻した。
「君は僕のことを脅威と言ったね」
「だからなんだ?」
「この世界にとって本当の脅威は、君達だよ」
「何だと?」
「この僕を倒せばこの世界は安泰だと? 確かに『君達は』安泰だろう。けれど『この世界は』滅びてしまう。残念ながら」
「何を言っている?」
「エラリー、君は知らないだろう。この世界には数億もの人間が棲みついていた。それはこの世界を滅ぼす脅威であった。だからこそ僕はこの地に生まれた。いや、神によって舞い降りた」
「神の名を都合良く語るな! 自分の行為を正当化する方便だろ!」
ノックスは、極めて冷静な口調で語った。
「残念だがそうではない。僕は圭吾を知っている」
「ケイゴ?」
ノックスはエラリーに鋭い視線を送った。
「神の名だ」
**
圭吾は目を覚ました。
目に入る光景は数週間変わらないから、ここが病室だとすぐに理解出来る。
「あれ、起こしちゃった?」
ベッドの横で花瓶に花を生けていた桃葉が手を休めてパイプ椅子に腰掛けた。
「気分はどう?」
圭吾は寝ながら頷いた。
「まぁ、悪くないよ」
「そう……」
普段は元気な桃葉も歯切れが悪く、言葉がうまく出て来ないようだった。
「悪いな、締め切りに間に合わなくて」
圭吾は申し訳なさそうに
「何言ってるのよ。あんたは治すことだけ考えなさいよ」
「……ああ」
以前入院していた頃は極力人に会いたくなくて、両親以外の見舞いを断っていた。けれどこうして桃葉が
桃葉は花瓶を窓の縁に飾り、手に持った袋を圭吾に見せた。
「ほら、圭吾の好きな推理小説持ってきた」
圭吾はそれを受け取った。
「……ああ、サンキュー」
圭吾は中身を確認せずに手を止めた。
「ずっと……あの話の夢を見てた」
圭吾はそう呟いた。
「あの続き?」
「ああ」
「また見てたの?」
「ああ、ずっと続いてた」
「ホント気味悪いね。何なのかな」
圭吾は夢の続きを桃葉にかいつまんで説明した。きっと桃葉にだけは聞いて欲しい。こんな夢物語を重宝してくれる人間なんて他に居ない。
そう思うと桃葉には素直に喋れる。
「なんか奇妙な話だね」
「だよな。超古代文明とか色々考えたけど、違うよな、きっと」
「もしかしてデータの世界とか?」
「は?」
「ほら、彼らはアバターで、そのデータを次々消されてゆくみたいな」
圭吾は首を振った。
「でも通信機も小型化していない世界でそれは無理があるんだよなぁ。それを踏まえても未来の世界ってのも違うと思う」
「そっかぁ」
「やはり人間とは違う生命体なんだろうな」
「どうして?」
「成長の月日が
「確かに。人間ではないのかな」
「そうなんだ。そしてあの天子だ。あいつは何者なんだ?」
「天から舞い降りて、だっけ?」
「天から……。しかも俺の名前を言ってたような」
「何か圭吾と関係が?」
「さぁ。何で俺なんだ? 天子ノックス……」
その名前を口にした時、圭吾は何かが引っ掛かる感覚があった。それが何かは分からない。
「ノックス……」
もう一度
その時、歯車が噛み合わさるように思考がカチリカチリと動き出した。
圭吾は思わず目を見開いた。
「ちょっとそこの袋を取ってくれ!」
圭吾は桃葉に急に叫んだ。
「えっ、何?」
「それだよ、それ!」
「推理小説の袋?」
「違うよ、そこの白い袋だ!」
圭吾はベッド横のテーブルを指した。桃葉は慌てて圭吾の指差す袋を手に取って渡した。
圭吾はその白い袋を握り締め、手を震わせ呼吸を荒げた。
『内服薬 抗生物質(セフィム系) ノックス錠β』
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