第22話 黒い都

 四人は最後の小島でキックボードを置き、もしもの為の拠点を民宿に築いた。

 ここからは『黒い風』の起こる地へと足を踏み入れる。入ってしまえば退路を絶たれる覚悟をしないといけない。


 エラリーを先頭にアガサ、ヴァン、クレイグが縦に並んで歩いてゆく。最後の橋は約300m、ルブラン本土の境に再び警備隊が待機していた。国境は頑丈な遮断機が下り、厳重に行く手を阻んでいる。



 前々から元ノックス皇国は軍事施設建造の噂が取り沙汰されていた。鎖国時代に世界を脅かす程の兵器が秘密裏に造られたのではないかと、まことしやかにささやかれたものだ。

 しかし本土の現地調査の結果、そういった脅威は見つかっていない。その際、皇居だけは神域として立ち入りを禁じ、調査の手が及んでいなかった。

 そして今、ルブラン皇国となり、新天子は皇居に座しているとチェスタトンは記している。

 やはりその神域こそ、『黒い風』の生まれた場所に違いない。そう四人はにらんでいる。



「ようこそ」

 警戒している四人が肩透かしを食らう程に入り口の警備隊はあっさりと通した。

 固く閉ざされていた鉄の扉の様な遮断機が錆びた鈍い音を鳴らして開いた。


 漏れる光と共に扉の先が視界に広がってゆく。



 黒い都、ルブラン。



 四人の目に飛び込んで来たのは、陰謀渦巻く暗黒の街……


 ……とは程遠い、華やかににぎわう都の姿だった。



 所々に廃屋が見えるが、それを除けばかつて栄えていたであろう都そのままの姿であった。人々は活気よく行き交い、忙しなく荷を運び、物を売り買いしている。時間が巻き戻ったように、『黒い風』など元々無かったかのように、人々は社会を形成して暮らしていた。



 四人は呆気あっけにとられていた。

 想像するこの地は最も荒廃し、死の匂いしかしない毒沼で、人々は絶望にあえいでいる悲惨な爆心地だった。もしくは『黒い風』を生産する工場が建ち並ぶ汚染地帯と思っていた。

 しかしここはあまりにも普通の、かつて普通に機動していたままの活気ある街並みであった。


「これが……ルブラン皇国?」

 思わずエラリーは声を漏らした。



 ここが絶望の出生地であり、ここから今も『黒い風』ヴァーユが吹いているなんて考えられない。クレイグも目を見張って都の盛況ぶりに感心していた。

「彼らはヴァーユを恐れていない?」

 人々は特別な着衣を身に付けているわけでもなく、警戒する気配もない。

「この地にヴァーユは吹かないのか?」

 ヴァンは誰にくでもなくそう呟いた。それにクレイグは答えるでもなく答えた。

「いや、吹いているはず。今も」


 現にこの地の皇族は全て消滅したとされているし、この都だけでも数百万人は消えているはずである。この都も被害に遭っているのは事実だ。

「少しリサーチしてみましょう」

 クレイグはそう提案し、街中を歩き回った。



 車道には乗り捨てられた車も一切なかった。わずかな廃屋も修復作業が進められ、しばらくすれば元の都の状態に完全に戻るのではないかと思わせる。


 クレイグは通りすがる者に尋ねてみた。

「随分とにぎわってますよね」

 街の者は急ぐ足を止めて答えた。

「新参者か?」

「はい、来たばかりで」

「そうかそうか」

 街の者は気さくに応対した。

「もう粗方あらかた、復興も片付いたしな。じゃあな」


 話の途中で急にその者は去っていった。

 突然絶たれた会話にクレイグはしばし戸惑った。急いでいる者を呼び止めたからなのかもしれないが、随分と不自然な終わり方だった。


 クレイグは気を取り直し、他の者にも話し掛けてみた。

「どちらへ行かれるんですか?」

「木材を運ぶ準備をするんだよ。じゃあな」

 その者もあっさり話を切り上げて去っていった。何だかやたらと忙しなくしている。


 その先も同じような対応だった。

「良い天気ですね」

「そうだな。じゃあな」

 誰に話し掛けても応対はしてくれるが、すぐに話を切り上げて行ってしまう。異文化の違いなのだろうか。


 これでは何の成果も得られずじまいになる。取るに足らない話柄から始めると根幹に辿たどり着かない。クレイグは挨拶抜きに核心に迫る質問を投げた。

「『黒い風』について……」

 すると今度は会釈すらしてくれずにその者は行ってしまった。

 クレイグはいぶかしんだ。

「『ヴァーユ』という言葉はチェスタトンが名付けたものだから通じないのはわかるけど、『黒い風』は何を指しているかわかるはずだよね。それを無視するように通り過ぎるってのは不自然だね」



 その後も誰に訊いても、それは同じ反応だった。

「誰も言いたがらない。やっぱり何か隠している。禁忌に触れたように立ち去っていく」

 四人は互いを見合った。

「彼らは『黒い風』が何であるかを知っている」


 賑わっている街は活気あるように見えたが、今では嘘っぱちの空元気に見える。からくり人形達がカタカタと発条ぜんまいだけで動いているようだった。



 四人はどうすべきか途方に暮れた。新たな作戦を練り直す必要がある。

 そんな最中さなかひとりの男がクレイグの腕を掴んだ。

「あまり街中で詮索するな」

 突然のことでクレイグは驚いた。

「どういうこと?」

 クレイグは脅えながらも男に尋ねた。

 ずんぐりとした体型であごと口周りに髭を蓄えている。ヴァンがすかさずその男の手を振りほどいた。男と一触即発の緊張感が走る。しかし男は争う様子はなく、クレイグに顔を寄せた。


「……ここでは御法度なんだ。聞き回るのはよせ」

 クレイグはすぐに尋ね返した。

「どうして? 私達はヴァ……『黒い風』のことが知りたいの」

「……知ってどうする」

「知る権利はある。それは同時に生きる権利なんだから」

「……希望じみた物言いだな」と男は嘲笑の含む溜め息を深くついた。

 クレイグはさげすまれて腹が立った。

「希望を持っちゃ駄目なの? この街だって希望の為にみんな頑張って復興してるんでしょ?」


「……そう見えたのならいいが」と男はまた重く吐き捨てるようにつぶやいた。

「どういうこと?」

 男は辺りをキョロキョロと見回し、クレイグに耳打ちした。

「とにかく今は目立つ行動は控えろ」

 アガサも黙っていられず男に敵意を表した。

「何で? わたしたちは真実を知りたいだけよ」


 クレイグのみならずアガサも加わり、男は気圧けおされて黙った。そしてとざしていた口をしばらくして開いた。

「なら、日暮れまで待て。この先、11番地のガレージに来い。赤い屋根の隣だ」

 そう言い残して男は去っていった。




 ガレージのシャッターは開いていた。灯りが点るその中へ入ってゆくと、4WDの車や大型バイクの他に、カヌーが壁に掛けられてあり、その奥のテーブル前で先程の男が三本脚の椅子に座っていた。


 男は立ち上がり、神妙な顔つきで四人を見つめた。

「来たか、いまだに希望を持つ者達」

 クレイグはすかさず直言した。

「『黒い風』はいったい何? 新天子は何者? 皇居に何があるの?」

 男は矢継ぎ早なクレイグの質問を手で制した。

「いっぺんには喋れない」

 クレイグは手を添えて口をつぐんだ。

「ごめんなさい」

 男は恬淡てんたんと椅子に腰を下ろした。

 そして静かに語り出した。

「まず俺の身の上から話を始めよう」


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