第21話 絶望と希望の狭間

 ベントリーに続いてクレイグとジャンは浜辺を目の前にした。夜になって風は冷たさを帯びている。

 浜辺はコテージの灯りを受けて、闇の中に寝そべっている。そこにはたくさんの盛り上がった砂山があった。


「この者達は『黒い風』を生き延びた者達だ。それを幸運だったと思う者はひとりも居なかった。

何故なぜ自分だけ残されたのだ。何故仲間と一緒に消えなかったのだ』と。

 生き延びた者は絶望しか残らない。ここを通る者達もまた、絶望に勝てない」


「あなた、まさかここを通る人達にそう惑わせて追い込んでるの?」

 ベントリーはポケットに手を突っ込んで浜辺を見ていた。

「惑わせてなんかいない。真実を伝えているだけだよ。絶望に負ける程度の希望なら、はなから持たないほうがいい」

 クレイグは怒りを覚えた。

「そんなことあなたに言える権利なんてない! 生き残った人達は必死で生きようとしている! だから『黒い風』を解明して、次の世代へと繋ごうとしてるの!

 怖くない人なんて居ない! けど、それでも希望に向かうの!

 ミルンの人達だってここを通ったでしょ? 彼らだって国のために……」

 ベントリーの視線が砂浜に落ちたままだ。

「まさか……、ここの人達って……」


 クレイグはベントリーの腕を掴んだ。

「彼らに何を言ったの? どうして追い込むようなことをしたの! 国王様は彼らを信じて待ってる。それなのに!」

 クレイグは泣き叫んだ。ジャンはその体を支えた。

 クレイグはベントリーを涙混じりの瞳でにらむ。

「私は負けない! どんなに絶望に呑まれようと希望を捨てない! 消えてしまった人の遺志を無駄にしない!」


 ベントリーは夜風に身を預けながら、クレイグに顔を向けた。

「その遺志が『黒い風』の解明かい?」

 夜のとばりにベントリーの顔が青白く浮かぶ。

「たとえそのことで、多くの犠牲を払ってもかい?」

 ベントリーはクレイグに問い掛ける。

「君達は多くの者を犠牲にする覚悟はあるのか? その命の代償を負う覚悟があるのか?」


 クレイグはベントリーの腕から手を放した。

「あなた、もしかして『黒い風』が何か知ってるの?」

「…………」

「ねぇ、『黒い風』を知ってるの?」

「……ああ」

 ベントリーは静かに答えた。

「『黒い風』は何?」

 ベントリーはゆっくりと瞬きをして答えた。

「絶望の兵器さ」


「兵器? やはり人工の兵器なの?」

 ベントリーは言葉を濁した。

「……広義としてはそうだ。ただ君達の知識が及ばない次元の」

「どういうこと?」

「残念ながら僕は言える口を持っていないんだ」

「どういうこと? 口止めされてるの?」

「……僕はそういうものに生まれただけだ」


 クレイグはベントリーが何を言っているか分からない。

 理解出来ずにいるクレイグに構わず、ベントリーは迫った。

「『黒い風』はそんな人智の及ばない存在だ。それでも決意は変わらないのかい?」

「変わらないさ」


 背後から声がした。振り返るとエラリーとアガサが立っている。

「アガサ! 大丈夫?」

 クレイグが身を案じると、アガサはうなずいた。

「大丈夫。ちょっと視界がぼやけただけ」

 四人はそろってベントリーに意志を示した。

「わたしたちはそれでも『黒い風』に向かう!」




 ベントリーは四人の鋭い決意を眼光に感じ、深く息を吐いた。

「合格だよ」


 ベントリーは表情を和らげ、微笑んだ。

 先程までの冷酷な顔つきが急に笑い顔に変わった。

 四人は呆気あっけにとられた。

「あ、僕は嘘をついた」

 ベントリーは浜辺を指差した。

「この盛り上がった砂は、単なるアサリを探した後だよ」


 四人は言葉を理解できずに固まった。

 ベントリーは無邪気な笑顔を四人に振り撒いた。

「僕は君達の決意を知りたかっただけだ」

 それでも四人はベントリーの言葉に理解が追いつかなかった。

「なんでそんなこと?」


 ベントリーは眼差しを強めた。

「生半可な決意ならば、ここで引き返すほうがいいからね」

 ベントリーは四人を見つめた。

「都へ行って帰ってきた者は居ない。それでも行くのかい?」


 それは四人にとって戦慄の言葉。

 けれどエラリーは揺らぐことなく即答した。

「行くさ」


 ベントリーは四人をひとりひとり見つめ、深く息を吐いた。

「そうか……。

 国境の少年達の威圧を突破し、僕も越えるほどの希望なら、きっと君達は屈しないと信じるよ」







 朝焼けに照らされて、四人はキックボードにまたがった。

「行ってきます」

 ベントリーに手を振る。ベントリーもまた四人に手を振った。


 漕ぎ出す足を止めて、クレイグは振り返った。

「ねぇ、あなたは今、希望を持ってるの? 絶望を持ってるの?」


 ベントリーは寂しそうに笑った。

「僕は元来、絶望を振りく存在さ。だけど、君達には希望を持っている」


 クレイグは髪を耳に掛けた。

「あなたもきっと、希望を求めているのよ」


 クレイグは微笑み、手を振ってキックボードを走らせていった。





 ベントリーは四人を手を振って見届けた。

 そしてひとりつぶやいた。

「僕は君達の帰りを待とう。罪をあがない、干乾ひからびて死んでしまう、その日まで」


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