第20話 島のコテージ
ルブラン皇国は四方を海に囲まれた孤島になっている。数年前に本土とを結ぶ全長1.2kmの海峡大橋が架けられ、他国との交易が盛んになった。
それ以前は閉鎖的な独自の風俗があり、開国以降、異文化を
しかし豊富な海産物と天然ガス、そして観光業によって莫大な利益を国が得ることで、庶民は豊かになり、内紛はなくなったという。
国境、本土側の
警備隊はエラリー達に気付いて行く手を制した。
「この先はルブラン皇国である。御入り用か?」
四人はキックボードを降りた。
直立して行く手を阻む警備隊に、いち早くヴァンが戦闘態勢をとって身構えた。しかしそれをクレイグが肩を掴んで留めた。
クレイグは顔を輝かせて警備隊に近づいた。
「ここに天子様がおられると伺いましたものですから」
警備隊は眉をピクリと吊り上げて四人を順繰りに見回した。
「どこから来た?」
クレイグは作り笑顔を浮かべて答えた。
「はい、
「ほう、南東からか。珍しい。そこまで天子様の御
「はい、
警備隊は互いを見合った。幼いが警備隊という自負を持ち、口調も堅苦しい。
「たとえ都へ入っても
随分と
「それでも構いません。お
※拝眉=お顔を拝む、お会いする。
そもそもこの少年達は正規の警備隊でなく、見よう見まねでここに立っているらしい。クレイグはそれを瞬時に見抜き、
※矜恃=誇り
彼らは独自の判断でここを守っている。彼らが通行を拒否するとすれば、都への脅威を感じた時か、個人的に気に食わない時でしかない。
警備隊は少しの
「良いだろう、通れ」
海峡に伸びる大橋は五つの
キックボードで駆けると潮の香りが鼻を
道を塞ぐ車達を避けると、車上で
世界は美しい。そう改めて思い知らされる。
経由する小島は宿泊施設が並び、海水浴や観光によって繁盛していた昔を想像させる。人が居なくなりゴーストタウンと化しているが、
第三の島に辿り着いた時、四人はそこに人陰を見つけた。
青い海と白い砂浜に面した木造二階建てのコテージの前で、男はサーフボードにワックスを塗っていた。
四人はキックボードを止めた。男は手を止め、四人へと顔を向けた。
「こんにちは」
アガサが挨拶すると、男は微笑んだ。
「やぁ、こんにちは」
男は短パンにTシャツ、ビーチサンダルの出で立ちで、陽に焼けて浅黒い肌をしていた。
「ここで暮らしているの?」
「そうだよ。生まれた時からずっと」
アガサは周りを見渡した。彼以外に人の気配がない。
「ひとりで?」
男は海を眺めながら
「僕は海が好きなんだ。そしてこの地も」
そして男は四人に顔を向けた。
「君達こそこんな所でどうしたんだ? 都へ行くのかい?」
四人は素直に「うん」と答えた。
「そうか。良かったらうちで何か食べていくかい? 美味しい海の幸をご馳走するよ」
クレイグは両
「いいの?」
男は優しく笑った。
「
男はベントリーと名乗った。彼のコテージは元々海沿いの宿泊レストランとして営業していたそうである。
厨房にてベントリーは料理を手際よく作り始めた。
四人は海に臨む席に座った。海から吹く風が顔や髪を
「海って変な匂いがするんだね」
エラリーは鼻を動かした。
「知らないの? 潮の匂いよ」
クレイグも鼻を動かして確認した。
「しお? あのしょっぱい塩?」
「そうよ。海の水は塩辛いの」
「なんで?」
「えーと、確か陸地や岩石に含まれるナトリウムとかが溶けて海に流れ出したから、だったかな」
クレイグは説明した。
「さすがクレイグ。よく知ってる」
アガサが褒めるとクレイグはメガネを上げ、得意気に鼻を膨らませた。
「ま、常識よ」
ベントリーが四人の前に皿を置いた。
ホタテとカニがふんだんに入ったスープ、サザエのつぼ焼き、アジやタイ、キジハタといった魚の刺身や鍋料理まである。
「すごい! こんなにいいの?」
ベントリーは微笑んだ。
「久々に人に振る舞うから張り切っちゃったよ。ひとりだと腐らせちゃうし、遠慮せず食べて」
四人は我慢出来ず食らいついた。
加工していない食品を食べること自体久々な上、初めて食べる海産物の美味しさに、ただただ感動して腹がはち切れる程に食べ尽くした。
「ふぅ、幸せ。もう食べられない」
「ご馳走さま、ベントリーさん」
「いや、こちらこそ。良い食べっぷりで
ベントリーは皿を片付けながら満足そうであった。
「運動がてら海にでも行ったらどうだい?」
「あ、でも私達……」
「長旅だったんだろ? 少しくらい気晴らしも必要さ。サーフボードもある。好きなもの使っていいから」
四人は顔を見合った。
「どうする?」
「でも急がないと」とアガサは眉を垂らした。
「こんな時にヴァーユでも来たらシャレにならないぞ」とヴァンも否定的だ。
「ルブランはすぐそこだし」
クレイグもまた警戒を強めた。
ベントリーは皿を重ねて持ち上げた。
「なら少し浜辺でも散歩したらどうだい? とてもキレイなんだ」
「……そうだね、歩くくらいなら」
それならとアガサもクレイグも納得した。
ベントリーは両手に皿を抱え、浜辺の左側を
「あ、そこの浜は歩かないほうがいい。ほら、砂がボコボコしているだろ? カニの巣穴がたくさんあるから」
四人は白い砂浜を歩いた。先をずっと急いで来た四人にとって、こうして日中にゆっくり憩う時間はなかった。
「確かに落ち着く時間は必要ね。計画もなく闇雲に都へ突っ込むのは危険だし」
クレイグの意見にアガサも賛成だった。
「そうだね。都に着けば『黒い風』がすぐ解明出来るって思ってたけど、都に行ってからが肝心だった」
四人はここに立ち止まることで、冷静さを取り戻し、当初の目的に立ち戻ることが出来た。一息ついて頭もすっきりしている。そして『黒い風』への闘志もより
ふと安らぎを感じた途端、アガサは頭の視界が揺らいだ。そして膝に力が入らず体が傾いた。
「アガサ?」
エラリーはアガサの体を支えた。
「大丈夫?」
アガサは頭を押さえた。
「ちょっと立ち
四人は小屋へ戻った。エラリーはアガサの体を支えて歩いた。
ベントリーはアガサの体調を心配し、おでこに手を当てた。
「疲れが溜まっていたんだろう。ここいらは陽射しも強いから日射病かもしれない」
そしてベントリーは小屋の二階を指差した。
「もうすぐ日も暮れる。良かったら今夜はここへ泊まっていくといい。ベッドも人数分あるから」
「え、でも……」
「体調は万全のほうがいい。それに久々に人と会ったんだ。今夜だけでも」
ずっとひとりでいたベントリーにそう言われると断りきれず、四人は好意を受け入れた。
「……そうだね。ではお言葉に甘えて」
夕食時にエラリーは一階へ降りてきた。
「アガサは食欲ないって」
二階のベッドへアガサを寝かせ、ベントリーと三人は食事を
「アガサの分は残しておくから、先に食べよう」
ベントリーも食卓についた。
イカやエビの揚げ物、エソのあら汁、ヒラメの煮付け、タイのカルパッチョ。夕食も豪華な海の恵みを堪能した。
食事を終えて、エラリーはアガサの部屋へ上がっていった。クレイグとジャンは食卓で
「ねぇ、ベントリーさん」
クレイグは相対するベントリーに話し掛けた。
「ん?」
「都へ行ったことある?」
ベントリーは
「あるよ」
「どんな所?」
「そうだなぁ、かつてはとても栄えていたよ。人も多くて
「『黒い風』の後は?」
「いや、残念ながら」
クレイグは情報を得られず、少し表情を曇らせた。
「じゃあ、新天子のことは知らないの?」
「天子様が変わったことは知ってるよ。国境の子供達が教えてくれた」
「あの警備の子達が?」
「
「随分と
「彼らなりに国を思ってのことさ。大目にみておくれ」
「ベントリーさんは都へは行かないの?」
「ああ」
「どうして? 都には生存者がたくさん居るんでしょ? ここにいるより」
「僕はこの島が好きだから」
「だからここでひとりで?」
「ああ」
「寂しくないの? 怖くないの? 都にこんなに近くて。だって都から『黒い風』は吹くんでしょ?」
「怖くはないさ」
「どうして?」
「遅かれ早かれ人は死ぬ。僕は生きている。これは余った人生みたいなもんさ。だから好きなことをして過ごしている。この島で死ぬ日まで」
クレイグは眉を下げた。
「そんな……。この状況を受け入れるの? ベントリーさんだって家族や仲間が居たんでしょ? そんな人達が突然消されたんでしょ? それなのに……」
「君達は都へ復讐する為に行くのかい?」
「そういうことじゃない。ヴァーユ、『黒い風』が何かを知るためよ」
「それは生きるためかい? 死ぬためかい?」
「えっ?」
ベントリーは両肘をつき、クレイグを
「知ったら何か変わるのかい? 知ったら消えた人が戻るのかい?」
ベントリーの言い方にやたらと
「ベントリーさん?」
「解明したら、君は満足かい?」
「満足とか、そういうものじゃない。恐らく……消えた人は戻らない。けれど何も知らないで恐がって生きるより、私は解明したい」
「本当に? 本当にそう思う?」
クレイグは戸惑った。
「なんで……そんなこと……」
ベントリーは表情を変えず、仮面のような顔で淡々と喋る。
「希望とは
「ち、違う……」
「『黒い風』に消されたほうが幸せじゃないか」
「違う!」
「希望を持つから、絶望に呑まれるんだよ」
「違う!」
クレイグは頭を抱えた。
それを見て、我慢していたジャンはベントリーの胸ぐらを掴んだ。
「知ったような口をきくな!」
クレイグは震えている。ジャンはベントリーに顔を近づけた。
「好きで生き残ってる訳じゃねぇ! 残された者は誰だって必死で希望を見出だしてるんだ! それの何が悪い!」
激昂するジャンの威圧にもベントリーは顔色ひとつ変えなかった。
「僕は君達に嘘をついた」
ベントリーは浜辺を指差した。
「あの砂浜のボコボコは、お墓だよ」
ベントリーの瞳が冷ややかに輝く。
「生き延びた者達が希望に打ち砕かれた、成れの果てさ」
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