第12話 回顧録

『どうにか生き延びた私は、生存者を探すと共に倒壊した店を探し回った。そしてトロフェンをき集めた。これが『黒い風』を防ぐ唯一の盾だと信じていたのだ。

 しかしその希望ははかなく露と消えた。トロフェンは単なる衣服でしかなかった。けれど私は屈するわけにはいかない。村の者達の為に『黒い風』を解明し、彼らに安寧を与えたい。

 黒い風、この忌々いまいましい現象をどこかの国で『風の神』の意味を持つ『ヴァーユ』と名付けよう。



 私がまず取り掛かったのは情報の収集であった。消えてしまった人々、しかしそれは天災や隕石による滅亡でなかったことを考えると、まだどこかで通信機能が生きている可能性があった。


 当初世界全体が滅んだと思い込んでいたが、私の住むこの地域だけの消滅であるか、はたまたそれは全土に及ぶ厄災なのか、それすら分からないではないか。その情報を収集することが解明の一歩であるはずである。



 よし、辛うじて残る通信機を南南西の施設で見つけた! これで収集が出来る!

 私はそこから全世界に発信した。

 しかし音耗おんこうは一方通行で何の返事も返って来ない。『便りの無いのは元気の証拠』とうが、この状況において無反応は全土の滅亡を意味している。我々の地域だけの崩壊であればすぐに返信は来るだろうに、梨のつぶてということはそれは全土も同じ壊滅状況にあることを示唆する。

 私は絶望に打ちひしがれた。



 しかし諦めきれず何度も何度もメッセージを送り続けた。来る日も来る日も足繁あししげく施設へ通った。


 そんな折りに一通のメッセージが突如届いた。まさしくそれは大海の底から釣り針を見つけたような歓喜だった。


 そこへ各地域から生存者のメッセージが続々と届いた。機器は破壊されているわけでなく、通信が断続と復旧を繰り返す不安定な状態のため、通信速度が極めて遅い中で辛うじて繋がったようである。


 そこから各地の生存者と容量を抑えて短いメッセージを交換し合った。

 そうして途切れ途切れの情報提供により、大まかな経緯を私は知ることが出来たのである。






 改暦016年5月8日、突如地上を覆う大爆発が起こり、全土にそれは広がった。人類はその衝撃の渦に巻き込まれ、そのほとんどが消滅に見舞われた。

 推定では全人類の99.918%が消滅、つまりわずか0.082%の生存率とされる。これは第一波を受けた時点での大凡おおよその統計であって、現在の生存率は恐らく0.03%程度だろう。かつて世間を騒がせた『神隠し風』と現象が似ているが、それどころの比ではない。



 爆発中心地はおよそ30~50c㎡、そこから爆風が全土を一気に襲ったとされる。全土を覆うまでに約30分、秒速にすると10,000m/sほどであるが、爆心地から遠ざかるほどに減速するため、初速は更に高い数値だったであろう。現在のヴァーユの風速は100m/sほどであるから、いかに第一波が強烈だったかがうかがい知れる。



 不可解なのは爆心地付近であっても無傷の者が存在することである。

 ある仮説では爆風に有毒ガスが含まれ、その耐性を持つ者のみが生き延びたのではないかというが、硫化水素などの有毒ガスに抵抗できる人類など存在しえない。


 何より特筆すべきは、人間以外の生物には何の影響も及ぼさなかったという点である。生物はおろか建造物や通信機器、その他全ての無機物にも影響を及ぼしていない。つまり人間だけがこの爆風によって消滅したのである。

 これが最初のヴァーユが起こった日(『黒い日』と称す)の可能な限りつまびらかな情報である。



 その爆心地であるが、北西の第17地区とされ、原因は急激な地殻変動による膨張爆発ではないかとされるが、どうも疑わしい。


 17地区は元々ノックス皇国の統治下にあったが、生存者の証言によると、禁中ならびに後宮、その他宮殿共々もぬけの殻。皇族、貴族、高官、女中、近衛このえ兵、門番に至るまでごとごとく消滅したとのことであった。

 つまりノックス皇国の陰謀によって全土を攻撃したわけではないということだ。ただ何かしらの実験時に起きた爆発事故である可能性は拭えない。



 ノックス皇国のきな臭さを後押しする動向がうかがえるのは、爆発が起きてわずか数日後に新しい天子が即位したことである。あまりにも迅速で周到であるが故に、何らかの措置が取り急ぎ行われた疑念が募る。


 しかも生存者の推轂すいこく(※)によって、皇族の血を全く引かない一市民の幼児が登祚とうそ(※)したようだ。

 それが現ルブラン皇国の天子ノックスである。

 ※推轂=人をある地位に推薦すること。

 ※登祚=天子の位に即位すること。



 各地からの観測によると、黒い風ヴァーユはこのルブラン皇国の都(都市名もルブランと称している)から今も吹いている。

 現在までに16回、威力、速度共に次第に弱まりつつあるとされるが、それでも被害者は今も絶えない。辿たどり着いたこの村でも毎回数名が消滅している。村の者の恩に報いるためにも、ヴァーユを解明し、克服する術を得たいのだがいまだに叶わない。


 願わくばルブラン皇国へ出向き、その正体を究明したい所存である』



 クレイグは書物を閉じ、エラリーに言葉を添えた。


「チェスタトンはこののち、まさにルブラン皇国へ向かおうとしていた。しかしそれは烏有うゆうしてしまった。ヴァーユの瘴気しょうきにやられ、志なかばで消えてしまった。さぞ無念だったと思うよ」


 クレイグは再びエラリーの手を取った。

「エラリー、あなたなら真相に辿り着ける。ルブラン皇国に答えがあるはずよ」



 **



「しかし不思議ね、夢の続きが見られるなんて」

「はっきりしすぎてる。夢にしては漠然としてないし。夢って支離滅裂な展開になるだろ? そういったことがないんだ」

「つまりそれは夢ではないってこと?」

「夢にしてはストーリーじみてる」

「じゃあ、何なの?」


 圭吾は腕を組んで頭を傾けた。

「俺、考えたんだよ。これは誰かの記憶なんじゃないかって」

「誰かって?」

「それは勿論もちろん、そのエラリーってヤツの」

「じゃあ、実在するってこと?」

「でもこの現代とは違う。所々食い違う部分もあるし」

「別の惑星の物語とか?」

「それも考えた。けど、余りにもヒトに近いし、文明も地球に近い。スマホとかは無いようだけど。

 だから俺、思うんだ。あれはこの地球の過去なんじゃないかって」

「は?」


「過去の記憶だよ。この地球の過去の記憶。超古代文明って聞いたことあるか?」

「ああ、はるか昔に今以上の文明が栄えてたっていう都市伝説の?」

「そう。その先人の記憶と繋がっているのかもしれないって思うんだ」


「でも何で圭吾が繋がるの?」

「それは……分からない」

「つまりこのエラリーって子は超古代文明時代の子?」

「そんな気がするんだ」

「突拍子もない結論ね。でも面白い。面白いけど……」

「けど何だよ?」

「だとしたら、だとしたら悲しいね」

「悲しい?」

「だってそうでしょ。末路が分かってるんだから」

「…………」


「彼らは滅びる運命にあると我々は知っているんだから」

 圭吾はそれを拭い去るように頭を振った。

「滅亡せず実は生き残りがいて、その遺伝子を受け継いでいるとか」

「圭吾が?」

「まぁ、それこそ荒唐無稽な話だけど。でも他人のように思えないんだ。勿論もちろん彼らが生物である以上寿命で死ぬ運命にあるけれど、彼らが事を成し遂げて平和を手にするかもしれない。その後何らかの事故や災害で滅んでしまったとか」


「まぁ、確かに彼らが滅亡するとは限らないか」

「何かそういった繋がりがあるんだよ、きっと。あれは夢じゃない。実際にあったことなんだ」

 圭吾は熱くたぎるものがあった。

「彼らには幸せになってほしい。何故かそう思うんだ」



 彼らはきっと自分に何かを伝えようとしている。それがとても重要なことのように圭吾は思える。



 圭吾は使命のような高揚を感じて漫画研究部の椅子から立ち上がった。

 すると急激な立ちくらみが襲ってきた。突然立ったからかと思ったが、瞬間に体内に激痛が走った。

「うう!」

 圭吾は思わずうめいてうずくまった。

「圭吾?」

 圭吾は膏汗あぶらあせを額にびっしりとかいてもだえた。

「ちょっと圭吾!」


 桃葉の声が渦のように波打って頭の中を通り過ぎる。グワングワンと声が反響し、眩暈めまいと共に暴れ回った。

 圭吾は腹を押さえ、そのまま床へ倒れ込んだ。

「圭吾!!」


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