第8話 麓の村

 にらみ付けるエラリーに相対し、三人の中心にいる小さい少年がガムを噛みながら悠然とエラリー達を見据みすえていた。エラリーより背丈は低いが、威圧感がある。

「そこは俺の店だぜ」

 生き残りを見つけて歓喜も動顚どうてんもせず、至極平静にエラリー達を眄視べんし(※)していた。

※眄視=横目で冷ややかに見ること。


「分かったんなら食糧を置いてきな」

「別に君達の店ではないだろ?」とエラリーも食い下がったが、少年は無下に返してきた。

「『俺の』店だ」

 縄張りを荒らされたといった荒々しい口調だ。

「別に僕達は奪うつもりはない」

「なら盗んだものを置いていけ」


 アガサも居る手前、エラリーは渋々ながらもリュックからカップ麺を取り出して少年に投げた。少年はそれを受け取ってもなおエラリーに要求した。

「リュックの中を全部見せろ」


 少年を囲む二人が抵抗するエラリーからバッグを無理やり奪った。

「何するんだ!」と叫ぶエラリーをよそに二人はバッグを物色し、食糧を全て奪った。

 そして更に奥にしまってあった物まで取り出した。

「なんだ、これ。汚いゴーグルだな」

 砂まみれのゴーグルを一人がつまんだ。

「やめろ!」

 エラリーが叫ぶ。

「どうする? もらっておくか」

 そう言ってポケットに入れようとした男は手をつかまれた。先程までアガサと共に入り口の前に居たはずのエラリーがその男の腕を握っていた。

「やめろ……」


 少年達に従っていたエラリーの形相が一変している。目を吊り上げ、額に血管が浮き出ている。

「あれは……ドロシーの……」

 アガサはひとり呟いた。


「うぎゃあ!」と男は苦しみ出した。男の掴まれた手がエラリーの握力で潰されてゆく。男は耐えかねてゴーグルから手を放した。それをエラリーは手に取り、男の腕を放した。



 中央の少年はそのエラリーの姿を唖然あぜんと見つめていた。一瞬、エラリーの体が何か禍々まがまがしい邪気をまとっているように見えた。


 エラリーは男からバッグを取り返し、アガサの元へと帰った。

「行こう」

 アガサにそう言うエラリーの背中を少年は見つめ、エラリーに声を掛けた。

「お前ら何処どこから来た?」


 苛立いらだちを抑えていたエラリーは、しばし沈黙してから「東のほうからだ」と答えた。

「ほう、東部にまだ誰か居たとはな」

 少年をわずらわしく思ったが、エラリーはアガサと目が合い、目的を思い出して少年へ振り返った。

「僕らは人を探しに来ただけだ。生存者を見つけて、『黒い風』の原因を探るために」

「黒い風? あぁ、ヴァーユのことか」

「ヴァーユ?」

「俺らはそう呼んでいる。チェスタトンが名付けた」

「チェスタトン?」


 エラリー達がこの近辺出身でなく、ひどく無防備な服装であることが少年は気になった。

「それよりお前達、そもそも今までどうやって生き延びたんだ?」

 遠出してきた割に荷物も少なく軽装で、危機感がまるで伝わらない。

「どうって、テントにこもったり、野宿したり」

「テント? それはトロフェン製か何かか?」

「トロフェンって?」

 少年は着ている黒い服を掴んだ。

「これだ」

 全身を覆い、フードもある。ビニールというよりナイロンに近い素材でレインコートのように見える。

「さぁ、店にあった普通のテントだと思う」

「それで生き延びてきたのか?」

 エラリーは素直にうなずいた。


 少年はいぶかしくエラリーを睥睨へいげい(※)した。

「なら、例えば今ヴァーユが吹いたら、お前はどうする?」

「どうって……、こうやって」

 エラリーはアガサを包み込むように抱いて『黒い風』を防ぐ素振りをした。

「それで全部しのいできたのか?」

 エラリーは首肯した。

※睥睨=にらみつけること。


 少年は考え込んで黙った。先程からの睨み付ける眼光が和らいでいる。

「生存者を探していると言ったな?」

 エラリーは真っ直ぐな目で「ああ」と答えた。鋭い眼差し、揺るがない決意、それらが伝わってくる。


 少年はガムを吐き捨てて、エラリー達にあごで指図した。

「ついて来な」

 少年はきびすを返し後方へ歩き出した。先程のネコも少年についていった。

 少年はネコを見下ろし、ボソッとつぶやいた。

「俺に手柄をくれたのか? 賢いな、お前は」

 ネコは言葉が理解できたのか、少年の脚にじゃれて寄り添って歩いた。取り巻き達も慌てて少年を追い掛けた。


「おい、ヴァン、いいのか?」

 横の一人が痛む腕を押さえながら少年に尋ねた。少年は面倒くさそうに首を振った。

「大丈夫だ」

「あいつが大丈夫? 見ただろ、あれ」

「ああ、見た。だからこそクレイグが会いたがるだろうと思ってな」

「またクレイグのためかよ」

「うるせー」


 歩いてゆく三人の背中を見つめ、エラリーはアガサにささやいた。

「どうする?」

 アガサは躊躇ちゅうちょせず静かにうなずいた。

「行ってみよう」




 少年ヴァンに追随して行き着いた場所にエラリー達は圧倒された。ショッピングモールから車道を西側へ突っ切り、そこから二股に分かれた川の北側へ抜けると、四、五十程のテントが密集した河原へと到達した。西側には緑豊かな丘陵がそびえ、川はその山間やまあいから流れている。そのふもとにテントが川を挟んですだくように張られ、そこは一端いっぱしの村落と化していた。


「うそ……、スゴい……」

 エラリーとアガサはその規模と人の数に驚いていた。自分達しか居ない世界で長らく生きてきて、これほどまでの人間が生存しているとは思いもよらなかった。



 行き交う人々は少年達と同じ黒いレインコートのような服を着込む者が大半で、それは異様な武装集団に見えた。この者達が『黒い風』を製造でもしているのか、悪の巣窟そうくつにでも連れてこられたのかと思ってエラリーは思わず身を構えた。

 ただ、見た目の印象とは違って皆の表情は無邪気に明るい。服装は特殊だが、単なる民衆の集まりといった様子に見える。



 彼らはそれぞれ役割分担を任され作業に勤しんでいた。土を掘り起こして畑を作り、豚を飼育し、ジャンク品を修理したり、足場を組んで小屋を建設している者も居る。幼い子供に勉強を教えている者もいた。


 ここに見た目ほどの邪悪さを感じるものはなかった。むしろ穏やかでとても人間らしい生活をしている。それはただその日暮らしに生きながらえるのではなく、未来を見据みすえた復興のようであった。


 エラリー達はそれに最も驚いた。彼らは『黒い風』を生み出そうとなどしていない。

 そして暗澹あんたんとするでなく、希望に爛々らんらんとしている。消えゆく日までいたずらに過ごすのではなく、『黒い風』の支配にあらがい、未来を作り出そうとしていた。それはまさしく村の再生であった。



 ヴァンは無言のまま麓の奥までエラリー達を先導した。麓の一部は断崖となっており、その中央がえぐれている。そこに掘っ立て小屋が設けられていた。

 ネコにとどまるよう指示してからヴァンが扉を開け、エラリー達をうながした。


 中に入ると、青い髪をした赤いメガネの少女が机に向かっている姿があった。白衣の袖をまくり、半田で何やら電子基板の溶接をしていた。


 少女は気配に気付いて顔を上げた。

「あら、ヴァン、どうしたの?」

 ヴァンは目だけで会釈した。少女はエラリーとアガサに目を移した。

「あれ、新規の子達?」

 ヴァンは「ああ」とうなずいた。


 アガサは一歩前へ出た。連れて来られた先が少女と分かって今までの緊張が一気に和らいだ。

「わたしはアガサ、彼はエラリー。よろしくね」

 先程のいざこざをすっかり忘れたようにアガサははしゃいでいた。


 ヴァンはメガネ少女にいきさつを説明した。

「へぇ、東部から?」

 少女は興味津々に鼻を膨らませた。そしてエラリー達をめ回すように見尽くすと、手を差し伸べて近づいた。

「私はクレイグ。チェスタトンの遺志を継いでヴァーユの研究をしている美少女よ」


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