第7話 生存者
二人は変わらず西へと向かってゆく。足の裏にできた
そんな二人が歩む土手の先にしゃがみこむネコの姿があった。道のど真ん中で
「カワイイ!」
アガサは小走りになって近寄った。その足音にも動じずネコは二人を見つめていた。茶色い体に黒い虎柄、首だけは白い。
エラリーも近寄ってゆく。
「人に慣れてる。飼いネコかな」
アガサはそのネコを抱きかかえた。瞬間、ネコはアガサの腕を引っ
「イタッ!」
ネコはアガサの腕を逃れ、軽やかに着地した。そしてアガサを
「どこが人に慣れてるのよ!」
アガサが腕を
「急に抱きかかえるからだよ。見てて」
エラリーはそっと忍び寄り、四つん
「ほら、おとなしいよ」
とエラリーが顔を寄せた瞬間、ネコはエラリーの顔を両手で激しく引っ掻いた。そして街のほうへと走っていった。
エラリーはヒリヒリする傷だらけの顔を押さえた。
「……元気で何より」
アガサは溜め息をついた。
「あーあ、逃げちゃった。ったく、何やってんのよ」
エラリーは照れ笑いしながら立ち上がった。
「もう少しだったのに」
「どこがもう少しよ」
「しかしネコはやっぱり居るんだね」
「まぁ、『黒い風』の影響は人間だけなのは間違いないね」
「何で人間だけなんだろうね」
アガサはネコに引っ掻かれた腕を無造作に擦った。
「さぁ、神の怒り……かもね」
アガサは西の彼方を見つめた。
「増えすぎた人間への」
二人は食糧やキックボードを求めて街のほうへと進路を曲げた。大きな交差点には動かない車が列を成して放置されている。動かない車が動かない信号機をいつまでも待っているようで滑稽に見える。
その交差点の横断歩道を悠々と渡る姿があった。
「あ、さっきのネコ!」
「待って、また逃げちゃうよ」
「大丈夫よ。あの子はそんな繊細じゃないから」
手を振りほどいて行こうとするアガサをエラリーは制した。
「でも、もし飼いネコなら近くに人がいるかもしれないよ」
アガサは駆け出そうとする足を止めた。
「……確かにそうね。じゃ、尾行しましょ」
二人は物陰に隠れ、ネコについていった。ネコはふらふらと脇道へ入っていった。二人も音を立てずに跡を
二人も慌てて走り出した。ネコは大通りを越えて走ってゆく。
「あれ見て!」
アガサは走りながら指差した。
街道沿いに大きなショッピングモールの看板が見える。大きな駐車場の向こうに一階建ての平べったい建物が潰されたブロックのように鎮座していた。
「あの子、まさかここの招き猫かな」
二人は駆け寄って店の前で立ち止まった。アガサは自動ドアの異変に気付いて指差した。
「これ、ドアが開かれてる」
巨大な自動ドアが半開きになっていた。ただこれだけでは人工的に開かれたかは判別出来ない。
ネコの姿は見当たらない。
「まさかあの子が開けたわけないよね。ここはわたしたちがまだ開けてない。つまり他の誰かが開けたのかも。入って確認しましょ」
アガサはドアに体を押し込んで店内へ入っていった。
だだっ広いフロアに食品が整然と陳列されている。以前は繁盛し、この地域の者達が
アガサはエラリーに振り返って叫んだ。
「ほら! 誰かが持っていった跡よ!」
暗がりの中でアガサがはしゃぎ、ライトが揺れた。狂乱して飛ぶ蛍の光のようにエラリーには見えた。エラリーも食品棚を確認し、確かにネコやネズミや害虫といった類いの仕業ではないと見てとれた。
「近くに人がいる!」とアガサは
エラリーは自分達の食糧を数個リュックに詰め込んで、手を
エラリーは前を駆けるアガサを気遣って何も言わなかった。食糧が無くなっていることが人間の生存を証明するとは限らないということを
これまで『黒い風』は数回吹いてきたわけで、食糧を確保した後に被害に遭えば、生存者が居ないことも充分あり得る。
肝心なのは食糧が無くなっていることではなく、いつ無くなったか、である。たとえ直近まで生きていたとしても、ひとたびの『黒い風』で全滅に至ってもおかしくない状況なのである。
そしてもうひとつの懸念もあった。
それでもエラリーはアガサと共に走った。アガサが希望を持って走っているのだから、自分も一緒に意気揚々と走っていたかった。もしかしたら頭の切れるアガサのことだから、そんな
エラリーの手を掴んで走るアガサ、出入り口へ向かう途中、ガラスの向こうに動くものを見つけた。
「あ、さっきのネコ!」
そしてアガサは間髪入れず叫んだ。
「人よ!」
ネコ以外に明らかに大きな何かが視界を横切った。アガサの希望が
それはまさしく人であった。アガサの見立て通り、人間がそこにいた。
アガサは興奮してエラリーから手を離し、自動ドアを破壊する勢いで外へ出た。エラリーもまたドアを抜ける。
そこに居たのは
アガサは
「ああ、本物の人間よ! やっと会えた! はじめまして!」
アガサは手を差し伸べて近付いた。
その瞬間にエラリーはアガサの手を引っ張って目の前の人間から遠ざけた。そしてアガサの前に立ち
驚いたアガサはエラリーの背中に叫ぶ。
「どうしたのよ、急に!」
エラリーは答えなかった。
エラリーの懸念。
眼前の少年達の
そう。
たとえ生き残った人間に会えたとしても……
それが良い人間とは限らない。
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