第6話 ずっと一緒に

 出発して既に一週間ほどが経過していた。その間『黒い風』は幸いにも吹いていない。ただ人間の姿も見かけなかった。

「やっぱり誰も居ないのかなぁ」

 エラリーは弱気になっていた。疲労も重なり、士気も下がる。それでもアガサは出発時から変わらず前しか向いていない。

「居るよ、絶対。わたしたちがそうしたように、ここら辺の人達も何処どこかに身を寄せているはず」


 足取りの重くなったエラリーをよそにアガサは全くへこたれずに希望を持っていた。何もせずその日暮らしをしていた頃に比べ、目的を持って前進する今のほうが生きている実感があった。一歩進むごとに希望ある未来へ近づいているようにアガサには思えるのだった。



「食糧調達してくるよ」

 エラリーがアガサに言った。

「どうしたの、急に。わたしも行くよ」

「アガサは土手から見回して。僕は街に行ってみる」

「ひとりで?」

「うん、調達がてら街も探索しようかなって。川沿いだけじゃなくて街にもまだ人が居るかもしれない」

「そんなことして、もし『黒い風』が吹いたら?」


 エラリーは黙った。確かに離れた隙に『黒い風』に遭ったらアガサを守ることが出来ない。二手に別れて生存者を探すほうが効率的だが、危険も伴う。


 そんなエラリーの葛藤を見抜いてアガサは微笑んだ。

「わかった、少しだけだよ」

 川沿いにこだわって街中をおろそかにしていることはアガサも気に掛かっていた。エラリーの気持ちも汲んでアガサは承知した。

 エラリーもアガサの気持ちをおしはかり、手を振って駆け出した。

「ありがとう、すぐ戻るから!」



 エラリーはスーパーで食糧を急いでリュックに詰めた後、街を散策した。

 何か生存者の手掛かりになるような物が無いか、声が聞こえないか、辺りを見回した。

「誰か居ませんかぁ!」

 叫んでみても返ってくる声は無かった。


 エラリーは諦めてアガサの所へ帰ろうとした時、歩道に見慣れないあとがあることに気付いた。しゃがんで確かめてみる。

「これは……血?」


『黒い風』の被害の場合、体が傷つくことは無く、従って街中に血痕があることは珍しい。大抵は他の動物が倒壊などの犠牲によって出血したものであり、少量の場合は雨によって流される。

 人間の血も雨に流されてしまうが、エラリーには歩道に付着した血液をはっきりと確認することが出来た。


 引きったような痕が歩道に続き、反対側はすぐそばの家屋の階段へと繋がっている。エラリーはその階段を駆け上がった。



 それはアパートの二階の一室で、八畳ほどのワンルームだった。だが天井が完全に倒壊していた。部屋の中は瓦礫がれきや家具の残骸が散らばっている。

「ここで怪我けがをしたのか?」

 倒壊の被害に遭い、住人はって階下へと抜け出したようである。部屋は散乱している。残された衣類や家具の色合いを見る限り、男性だったことが推測出来る。



 エラリーは階段を下り、歩道に続くの血痕を辿たどった。血痕は歩道から車道を渡り、50mほど進んだ一軒家へと続いていた。

 白い壁の小さな二階建ての家、倒壊はしていない。

 血痕はその家の玄関へ続き、ドアを開けた痕跡もある。そして階段を這って登っている。


 しかしその血痕はそこで途切れた。階段の途中で血のついた服が落ちていた。チェックのシャツとジーンズ、靴は無い。残された服が階段を登る形のままに残っている。

「ここで『黒い風』に遭って……」

 エラリーは心を痛めてしゃがみ込んだ。


 エラリーは階段を上がり、その先にある部屋へ入った。

 部屋は綺麗に整頓され、中央に大きなベッドがあった。枕元にはぬいぐるみがたくさん置かれている。

「女の子の部屋か」


 ベッドの右側には止まった心電図の機械があり、左手には階段昇降可能の車椅子が置かれてあった。

 ぬいぐるみと共に、男性と写る彼女の写真があった。彼女が上半身を上げてベッドに座り、男性が寄り添っている。顔を近づけ二人は親密そうに笑顔を浮かべている。


 エラリーは布団をめくった。

 ピンクのパジャマが寝たままの形で残されていた。



 エラリーは状況を悟って大粒の涙を流し、床へへたり込んだ。


 自室の倒壊で傷つきながらも、とこせていた女性のために、男性はここまで這って来たのだろう。

 彼らがいつ『黒い風』の被害に遭ったか分からない。どちらが先に消えたのか、同時だったのか。それさえも分からない。


 ただ残された服が語るのは、

 最期に二人は会えなかった、ということだけである。



 エラリーは男性の服を拾い、彼女のベッドへ寝かせた。二人の服が写真の時のように仲むつまじく寄り添っている。

「もう離れることはないよ……」



 エラリーは涙を拭い、全力で駆け出した。



「あ、エラリー、もういいの?」

 川沿いを歩くアガサがくと、エラリーはうなずいた。

「……うん」

「誰か居た?」

 エラリーは声を上擦うわずらせた。

「……誰も居なかったよ」

 目の赤いエラリー。

「どうしたの、何かあった?」

 エラリーは首を振った。

「何もないよ」

 アガサはそれ以上何も尋ねなかった。




「やっぱり一緒に探そう」

 エラリーはアガサに向かって微笑んだ。

「いつもそばに居るよ」

 エラリーは自分に言い聞かせるように呟いた。

「ずっと傍に」



 傍にいてアガサを守っていきたい。


 もし消えてしまっても、その時は二人寄り添っていたい。




 エラリーは片時もアガサから離れないことを誓った。



 アガサは照れていたが、エラリーは構わずにアガサに寄り添って土手の道を歩いた。

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