第4話 藪の中

 アガサとエラリーは西へ向けて川沿いの土手を歩いた。食糧調達以外は川を辿たどっている。街に文明を失った今、廃墟は雨風をしのぐくらいの価値しかない。『黒い風』も防いでくれればよいが、ビルだろうがテントだろうがすり抜けてくる。

 倒壊やガス爆発がいまだに起こる廃墟は、根城としては危険であった。



 数日が経ち、二人に疲労が溜まってきていた。キックボードは早々に手に入れたいが、なかなか見当たらなかった。

「あのキックボードって何処どこにあったの?」

 エラリーはアガサに尋ねた。

「あれはあの河川敷に元々あったんだって」

「そうなんだぁ」

「きっと誰かが土手を走っていた時に『黒い風』に遭ったんだね」

「もっと簡単に手に入るものだと思ってた」

「わたしも。意外と希少なのね」


 1台くらい河川敷から借りておけば良かったと少し後悔した。けれど残した三人が移動するにはひとり1台あったほうがきっと重宝するに違いない。

 早く生存者を見つけたい、そう思う気持ちが余計に徒歩の遅さを感じさせた。


 アガサはそれでも自分の直感を信じて川沿いを西へと進む。

 川沿いにきっと人は居る。

 川沿いには文明は作られる。先祖がそうしたように、そしてアガサがそう求めたように、人は水に寄り、水に帰る。

 そう信じて川をさかのぼっていった。



 向こう岸にも目を配り、誰か居ないか探し続ける。

「なかなか人が居ないね」

「うーん、もっと居てもいい気がするけど。わたしたちだって結果的に18人も居たんだし」

「生き残りのほとんどが、あの河川敷へ集まって来たのかな」

「まぁ、生き残り自体はもっと少なかったけど。それに当時も近辺は生存者探ししたから、もう少し離れないと見つけられないね」


 エラリーは廃墟の街並みを眺めた。

「人間っていっぱい居たんでしょ?」

「そりゃもう、うじゃうじゃ居たよ」

「へぇ、信じられないなぁ」

「落ちてる服の数だけ居たわけだからね。街中にも車の中にも家の中にも」

「それがみんな消えちゃったのかぁ」

「最初の『黒い風』が吹いた時に、ごっそりね。おそらく世界中同じように。もしこの地域、この国だけの現象なら、他の国の人達が助けてくれるはずたもん」


 初めて『黒い風』が吹いた時、アガサは街の人間がすべて消えていく光景をただ茫然ぼうぜんと見ていた。街の人間はみんな風船で、それが割れてしまったんだと思った。風が余りにも速すぎてアガサの目には視認出来なかった。今の『黒い風』は目視出来るが、その時は目で追える速度ではなかった。



「『黒い風』って何回吹いたの?」

「この間ので25回目だったかな」

「そんなに?」

「そう、25回も耐えられたなんて、それだけで奇跡だよね」

「生き残っていることのほうが奇跡かぁ」

「でもわたしたちだってあれだけの人数が生き残っていたんだから、絶対他の地域にも生き残りは居る。そして今も」

「そうだね」

「通信機がどこかにあれば情報も得られるんだけどね」

「ツウシンキ?」

「世界の人達とやり取り出来る機械」

「そんなのがあるんだ」

「ま、あってもわたしにはあんな機械、使いこなせないけど」



 土手は緩やかに勾配こうばいになり、小高くなったアスファルトの左側に雑草を踏みつけた道があった。やぶを下り、川原へと続いている。

 アガサとエラリーは水を求めてその道を下りていった。拠点ルルーと比べてれきはごつごつと角張っていて、だいぶ上流へとさかのぼってきたと分かる。


 水を汲みに川へ近づいた時、藪に隠れてテントが張られていることに気付いた。

「あっ、こんな所に!」

 思わずアガサが声を張り上げた。

 テントは密集して三張り、前にはき火の跡や吊るしたままの鍋もある。

「見つけた! 生存者だ!」


 アガサは歓喜に震え、テントをのぞいた。中には誰も居らず、寝袋が床に置かれているだけであった。

 辺りを見渡しても人の気配はなく、閑散としている。カワセミやダイサギが時折鳴き声を響かせ、川のせせらぎが聞こえるだけであった。

「出掛けてるのかな」

 川沿いを歩き回ってみても、釣竿や靴が放置されているだけで人影は見えない。

しばらく待ってみよう」



 二人は焚き火前に置かれた椅子に座って待つことにした。生活していた痕跡があるだけに期待も膨らんでいたが、時が過ぎてゆく毎に不安が募ってくる。たきぎには焦げた跡があるが、完全に炭になってしまっていて、新たにべ足した様子もない。鍋もカラカラに乾き、蓋の上にはうっすら砂利が積もっていた。



 アガサとエラリーは申し訳ないと思いつつ、待つかたわらでテントの中を物色して手掛かりを探した。

 テントは三つだが、恐らく三人以上が住んでいたことが見受けられる。ひとつのテントに複数の服が綺麗に畳まれて幾つも置かれていた。


 アガサもエラリーもそれが消えてしまった者の服を形見として置いているものであるとすぐに分かった。二人も散々経験したし、そうしてきたからである。

「ここで暮らしていて犠牲になったんだ……」

 アガサはやるせない思いに駆られた。

 テントに服を置き、そこを安置所のようにして消えた者達をとむらっている。

「やっぱりお墓を作る気になれないよね」


 病気や事故で亡くなった場合、その仲間に墓を作って荼毘だびに付してあげたいと思うけれど、突然消えてしまったことを『死』と受け入れることは出来ないのである。だから墓を作る気になれず、こうして服だけを保管するようになる。


 エラリーはアガサに尋ねた。

「どうしてルルーにだけお墓を作ったの?」

 河川敷にはルルーの墓がある。

 アガサは物色する手を休めずに答えた。

「特別な人だから」


 アガサがルルーを慕っていたことはエラリーも分かっていた。エラリーはそれ以上何もかなかった。



 他のテントは先程より広く、こちらで生活していた跡がある。寝袋の他に本やランタン、洗面用具、調理器具などもあった。安置された服はテントに比べて多めだが、元々五、六人ほどで住んでいたようだ。


 日用品の他に家の形をしたケージがあった。

「大きさからしてウサギかな。飼ってたのかな」

 中には何もおらず、吸い口の付いた給水ボトルがケージに付けられ、すのこには雑草とフンが転がっているだけであった。

「もしかしてこの子も……」

 エラリーが悲しそうに言った。

「でも人間以外は『黒い風』の影響を受けないと思うから、寿命で死んじゃったのかな」



 他を探してみたが、生存者の痕跡が見当たらなかった。

「やっぱり、みんな消えちゃったみたいだね」

 エラリーはテントの中で気落ちして座り込んだ。

「もう、せっかくテント見つけたのに!」

 アガサは残念そうに口を尖らせた。

「ったく、居るなら早く帰って来てよ!」

 そう愚痴ってアガサは寝袋に座った。

「痛っ!」

 アガサは声を上げ、お尻をさすった。

「どうしたの?」

「なんか中に硬い物が」

 アガサは寝袋に手を突っ込んで、それを取り出した。

「なにこれ、手帳?」


 分厚い朱色のハードカバー型手帳で、黒いゴムでくくられている。

「ここに居る人の日記かな」

 情報収集のため、アガサは躊躇ちゅうちょせずそれを開いた。

 それは日記というよりかは走り書きのようで、日々の思いをつづってあった。

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