2-1 ニュースタイル辻占い

 十歳の誕生日、私がステータスカードを受け取った翌々日から、私はリストランテ・マイヤースの厨房見習いになった。けれどもそれは仮の姿。私は辻占いになる、らしい。そういうことになっていた。

「メイちゃん、その、辻占いというのになると聞いたんだけど、そうじゃなかったのか? 魔女様のご指示だろ?」

「うん。でもすぐになれるわけじゃないでしょう? モレルさんだって一人前の漁師になるには随分かかったって言ってなかった?」

「おう。そうだなあ、普通にやれば一人前まで十年はかかるぞ。俺は八年で一人前になったがな!」


 ガハハと笑うモレルさんは古くからの常連さんだ。私のことも小さい頃からよく知っている。私が『辻占い』という聞いたこともない仕事を魔女様から指示されたと聞いて、たくさんの常連さんが代わる代わる心配しに来てくれる。

「辻占いっていうのはとても珍しい仕事なの。だからすぐにはなれない」

「そうか。やっぱどんな仕事も修行がいるもんな」

「うん。そのうち立派な辻占いになるから応援して!」

 そんなわけのわからない言葉と一緒に笑顔を振り向けば、みんなよくわからないなりに激励してくれる。辻占いという言葉の意味がわからなすぎて、誰も何も突っ込んでは来たりはしない。


 けれども辻占いになるということは私にとっては既定路線で、だからその方法はその方法で探らなければならなかった。いきなり道路に店を構えるのは流石にハードルが高すぎる。だから私に何ができるか、あるいは何ができないのか、リハビリを兼ねていろいろ試してみる必要がある。

 そして私にはリストランテ・マイヤースといういい実験場があった。

「父さん、母さん。私の中の辻占いというものを試してみたいの。だから少し、好きにやらせてもらってもいいかな」

「その、ここは父さんの店なのだが」

「けれども私は辻占いにならないといけなくて、でも私にその方法を教えてくれる人は誰もいないでしょう? だから私が自分で研究しないといけないの。そのためにはどうしても協力してほしいの。この間も占い、当てたでしょう?」

「あれはまぁ、でもあれは占いなのか?」

「鍵が見つかる未来を予想して、その通りにして当てたんだから、占いで当てたんだよ」


 混乱する父さんは不承不承といった感じで了承してくれた。

 私はこの間、父さんの鍵の在り処を占いで当てた。

 厳密に言えば、困っていることはないかと尋ねれば、最近予備の鍵をなくしたと言われた。

 探偵の基本は聞き取りだ。店の鍵のスペアキー。それがどんなものかを聞き取る。形は当然オリジナルキーと同じ。オリジナルと違って青のタグがついている。従業員が急遽必要になる場合に備えて納屋の特定の場所に置いてある。

 誰か心当たりが無いか、従業員全員に聞いても持ち出したものはいない。母さんや従業員に鍵がないといって随分一緒に探したけれど、見つからないそうだ。


「いつからないの?」

「いつからかな。最後に使ったのは3ヶ月ほど前だと思う。みんなに探してもらったんだけど見つからなくてさ」

「鍵は納屋にかけてあったの?」

「いや、黒いポーチに入れてそれを吊り下げてるんだ。そこから取り出して従業員に渡してる」

「出して? ポーチのままじゃなくて?」

 聞けば、ポーチが二重底になっていて、その奥に鍵が入っているらしい。

 それなら鍵ではなく黒いポーチを探すべきなのだ。思い返せば私も何回か納屋にポーチがかかっているのを見たことがある。あの中には搬入物のチェックのためのマイヤースの頭文字が掘られた印が入っているから、てっきり印鑑入れだと思っていた。

 そうすると従業員は鍵の状態しか見ていない。ポーチの中にまさかあると知りもしないのだ。それなら青のタグの鍵を探してもポーチを探すはずがない。だからそもそも、探すものの認識に齟齬がある。違う形状のものを探しても見つかるわけがない。

 そういえばここしばらく、あの黒いポーチを納屋で見ていないと気がつく。そしてそのポーチは今、搬入口の入り口にかけられているのを私は知っていた。食材の搬入の際の認印入れとして使われている。搬入口に置いておいた方が便利だから。食材は従業員が管理しているから、父さんはそこに移動されたことに気がついていない。

 探すものを勘違いしている。そういうことは、失せ物探しにおいてよくある基礎的な勘違いなのだ。

 だから私はそのポーチを搬出口からもってきた。

「あれ? どこにあったんだ?」

「搬出口にずっとあったよ。鍵は別に管理したほうがいいわ」


 前世のテクニックを色々と試す。

 それは意外と応用できることがあった。占いとして使えそうな失せ物探しはその人間の動線や行動パターンを調べることによってある程度は浮かび上がる。

 一方で未来の傾向というのは大枠のところは統計資料であたりがつく。いつ頃どんなものが輸入されるか、どんなものが売れるかは商業ギルトの商売の履歴を見れば自ずと浮かび上がってくる。それよりは使徒に聞いたほうが精度は遥かに高かった。恐らく使徒には圧倒的な商才というものがあったのだ。だからきっと、ステータスカードを受け取る前は誰も商人になることを疑いもしなかったのだろう……。同士という言葉の闇が深い。


 商人というのはそういう知識を経験則でそれを知っているけれど、統計データとしてみれば、経験せずとも浮かぶのだ。それはあたかも魔法の占いのように受け止められた。

 それから将来の予測。一番当たる、というのも語弊があるけれど、それは未来の恋人はどこにいるのかというぼんやりとした占い。そんなものは好みの異性をそれとなく聞き取り、出会いを求める男女を勝手にマッチングし、特定地点で出会うように行動を指定して仕組めばいい。グレーの服を着ている人が相性がいいと片方に伝え、もう一方にはグレーの帽子が幸運を導くと告げる。そうすると勝手に程よい異性が見つかる。


 そしてリストランテ・マイヤースに協力をお願いしたのはマーケティングだ。この街ではどのようなレイアウトが、どのようなメニューが、どのような味が、そしてどのようなカラーリングが流行るのか。そんな様々なマーケティングをこの店を使って行った。

 だからこの店で商売が流行る方法を占うことは、比較的容易になった。

 この占いという名の、前世でいうところのコンサルティングや出会い系の元締めのような活動はそれなりに成功していた。大きな商会や組合を相手にする占い師と対比して、安価で小規模な事件を扱う占い師として街で個人や小商店を相手に占いをする『辻占い』という職業が爆誕した瞬間である。

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