2-2 慌ただしい辻占依頼
「ここがリストランテ・マイヤース? あの、食事ではなく辻占いを依頼したいのですが」
「はい、少々お待ちくださいね。今伺います」
私がリストランテ・マイヤースで料理を作りながら辻占いを始めて6年が経過していた。私の占いは必ず当たるわけではないけれど、それは普通の占い師でも同じ。だから当たるほうが多ければ、さほど文句は言われなかった。
それに私は修行を初めてたった6年。調理の技術もそうだけれど、まだまだ修行の途中の年齢だ。それも含めて、一般の占い師と比べれば、破格に安い値段で占いをしている。内容と調査の手間によっては最初に着手金をもらうけれど、あとは見つかったらお気持ちのお支払いということにしている。
見習いに安価で占いを依頼したのに当たっても金を払わないという恥知らずなまねは憚られるのか、踏み倒しには未だ遭遇していない。これも使徒が私が辻占いであると喧伝してくれて、街全体で新しい魔女様の定めた仕事を見守るという態勢になっているからだと思う。その慧眼を考えれば、あの人は本当に使徒にも向いているような気がする。
そう思えば、使徒には感謝すべきだと思うのだけれど、なぜだかそれは癪にさわるのだ。
そんなある日に依頼をしてきたのは、18歳ほどの青年だった。栗色の柔らかな髪に隠れる緑色の瞳はやや幼さを残していたけれど、全体としてはいかにも戦士という体つきだった。
その頃の私はいわゆる資料魔で、時間があれば各種ギルドに立ち入って過去のデータを漁りまくっていた。それらの資料のおおよそは秘匿と言うほどではないけれど部外秘だ。けれども私は使徒の喧伝から、新しい仕事なんて大変だねえという労りの言葉とともに好意的に閲覧を許可された。私の占いが彼らの商売を追随するもので、利害対立するものではないことも大きいのかもしれない。
だからその不揃いの装備から兵士ではなく冒険者で、首元にきらめくタグからおそらくまだ駆け出しの低級冒険者なのだろうと推測した。
まあ、駆け出しなのは見ればわかる情報だけれど、冒険者なんて縁のない普通の市民には、冒険者ギルドの内部で使用されるタグの色など知られてはいないのだ。
「近くの街の冒険者の方ですか? 最近こちらにいらしたのでしょう? ええと、フラウビーの蜜の採取でお困りですか?」
「すごい! どうしてわかるんだ?」
「一応辻占い師ですから」
「占い師に合うのは初めてだけど、すごいものだな。俺はディード・グラベルという」
「メイ・マイヤースです」
リストランテ・マイヤースはこの街ではそれなりに有名だ。だから店名を確認した時点で、この街の出身ではない。タグの色からはそれほど遠出はしないだろう。よくみれば装備もどこでも買える安価な汎用品。このあたりの地域でよく使われる形の剣。とすれば出身はこのあたり。
そしてわざわざ遠出をしてこの街を訪れたのは、この時期になればこの街から北東に進んだ森に生息するフラムビーという虫型モンスターが巣に蜜を貯めるから。けれども相手は素早く、毒を持っている。だから攻めあぐねる冒険者は多い。特に目の前のディードはそれほど、素早そうには見えなかった。
「俺はフラムビーを倒せるだろうか」
「既に挑戦はされましたか?」
ディードはかぶりを振った。
「偵察はしたけれど、太刀打ちできないと思って撤退したんだ」
その実直な言葉から考えると、きちんと戦況を見る目はあるのだろう。これができない冒険者は案外多い。特に駆け出しほど。
「お仲間はいらっしゃらないのですか?」
「それが、フラムビーは危険だといって賛成してくれなくて。だから俺だけ偵察に来たんです」
「フラムビーには毒があり、動きも素早いのです。少なくとも動きに対応できる者が複数いて、全員が目でその動きを捉えられる程度でなければ、人数が多いほど危険になります」
「多いほど?」
「ええ。フラムビーは賢いのです。危険だと思えば複数の巣で徒党をくんで対抗します」
「やはりそう、なのですか……」
けれどもこの程度の情報はクエストを受ける際に冒険者ギルドから説明があり、能力が見合わなければ受注ができないはずだ。ディードの眉間にはわずかに皺がより、逡巡するようにその瞳が左右に揺れ動く。
「あの、確かに俺単独では倒せないと思います。何か方法はないでしょうか」
やはり目の前のディードは自分の力と相手の比較が出来るのだ。フラムビーと戦うのは案外単純だ。そのスピードを凌駕する方法があれば駆逐できるけれども、そうでなければ全く敵わない。
確かにフラムビーの蜜は極上で、その報酬は割高だ。けれどもそこまで高いわけではない。採取地は街から日帰りができる便利な場所にあり、一定以上の冒険者にとっては危なげなく狩れる狩り場。だから希少性はそれほど高くない。つまり需要供給曲線上で、その報酬は高値までには至らない。
「どうしてもフラムビーのクエストを攻略しなければいけない理由でもあるのですか?」
「やっぱりわかるんですね」
「ええと、何か理由があることくらいは」
ディードははにかむ。本当はちっともわからないけれど、すっかりわかっているような表情で先を促す。なんだか熟練の詐欺師とはこういうものなのだろうかと思って、最近実は罪悪感が沸いている。
「お恥ずかしい話なのですが、直感なのです」
「直感……?」
どうしても断れない顧客がいる可能性、その蜜は薬効が高いから誰かに送る必要がある可能性、あとは彼女へのプレゼント。様々な可能性は思い浮かべてはいたけれど、そこにただの『直感』というものは含まれていなかった。
「その、俺のステータスカードには『直感』という能力の表示がありまして」
直感。始めて聞いた能力かもしれない。それは勘がいいとかそういうものなのかなとぐるぐると頭の中で想像していると、ディードの瞳がまっすぐと私の瞳を見つめていることに気が付いた。
「俺の直感が、今季のフラムビーの討伐クエストを受けろというんです。その、能力が足りないのは十分承知なのですが、俺の直感に従ってはずれたことがなくて」
ディードは少し困ったように眉を顰めた。なんだか大型犬っぽい。
「随分その能力を信用されているのね」
能力というのは必ずしも確実なものじゃない。
例えば私の適職の辻占いにもとづいて占いというよりは将来予測をしたとしても、それが必ずしも当たるわけではないように。
「それで俺は今、直感しました。きっとあなたが手伝ってくれれば、俺はこのクエストを完遂できる」
「えっ?」
「どうか俺をお助け下さい」
ディードはそう言って私の手を取った。私の勘やらなにやらはいつも通りちっとも働かなかったけれど、そのどこか情熱的な突然の視線に頭の混乱はすっかり極まっていた。
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